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切り裂き魔の出る街 イエローチャペル 6

 その晩は、街の特産品であるハーブ料理を口にした。鶏肉の料理だ。肉汁がパンやマッシュポテトと絡み合って、とても美味しい。


「やっぱり、この街は料理が美味しいな。ほんとしばらくの間、滞在しよう」

 リシュアは鶏肉の料理を口に頬張る。


「そうですね。料理が美味しいですし、景色も綺麗です。街の人も優しい。此処は本当に良い街です」

 エシカは楽しそうだった。


「切り裂き魔の件に関しては、やはり警察の方に任せます。私達がしゃしゃり出ては悪い結果にしかならないかもしれませんし」


「ああ。それがいいと思う」

 リシュアはスープを口にする。

 濃厚な味が口の中に広がっていく。


 ラベンダーは柔らかいパンが気に入ったのか、パンを沢山注文して口にしていた。


 やがて、食事を終えた後、三名は宿の寝室に向かう。歯磨きを行い、着替えを済ませた後、二人は無造作にベッドの上に寝た。ラベンダーも毛布に包まれて横になる。


「楽しい旅だな、エシカ」

「はい、リシュア。とても楽しい旅です」

 二人は笑い合った。

「此処の窓は本当に星が綺麗だ」

「はい」

 二人はしばらく語り合っていた後、気付けば深い眠りに付いていた。


 深夜の事だった。


 宿の外で大きな悲鳴が聞こえた。


 リシュアとエシカは起き上がる。

 二人は外套を羽織って、悲鳴が聞こえた場所へと向かう事にした。


 現場には多くの人だかりが出来ていた。

 切り裂き魔が九人目の犠牲者を出したという話だ。

 死体は見るも無残だった。


 犠牲者の遺体は布で包まれている。

 全身をかなり損傷していたらしい。


 街の警察達が現場検証をしていた。


 リシュアとエシカが野次馬から顔を出そうとしている中、後ろから声を掛けられる。


「被害者は教会の修道女のエレヴァさんという方だそうです」

 振り返ると、占い師のティアナが立っていた。

 まるで全てを見透かしているかのような表情をしていた。


「ティアナさん? なんで此処に………………」

 エシカは驚いた顔をしていた。

「予兆があったからです。とても嫌な予感。そう言えば、エレヴァさんも私と同じように警察の方に容疑者の一人として疑惑を掛けられていたみたいですね。容疑を掛けるのではなく、彼女を保護していれば、こんな事にはならなかったのに」

<その口ぶりだと、お前は自分が容疑者の一人として警察に疑われている事を知っているな?>

 ラベンダーが口を挟む。

「はい。何度も私のお店に警官達がやってきましたから」

 ティアナの瞳は澄んでいて、何処か遠くを見ているかのようだった。



 三名は宿に戻って一度着替えた後、ティアナのお店で一夜を過ごす事になった。


「私は色々なものが見えるのです」

 ティアナは物憂げに言う。


「それは人の死も予見出来るのか?」

 リシュアは訊ねる。


「はい。とても悲しい事に」

 ティアナの表情は重々しそうだった。まるで彼女は神から託宣を貰う巫女のようだった。ティアナが言うには持って生まれた力で、占いの道具を手にする事によって、よりその力が鮮明になっていったらしい。


 切り裂き魔の事件も、一人目の犠牲者が出る前から予見してしまっていた。

 被害者の苦しみも悲しみも、全てが見えてしまう。

 ある種、それは呪われた運命なのではないか。


 エシカとはまた別の形の呪われた人生。


 ティアナは笑う。


「もしかして、みなさん、この切り裂き魔の事件を解決していらっしゃいますよね? 警察に捕まる前に、切り裂き魔はもっと多くの人を殺します。これ以上、犠牲者が増やさない為に、切り裂き魔のいる場所に向かいませんか?」

 占い師の女は、三人にそう告げた。


「元々、そのつもりだけど。俺達が介在して運命は変えられるものなのか?」


「変えられると思います!」


「そうか。じゃあ、是非、運命を変える為に動くとするよ」

 リシュアは笑う。


 そして四名は、切り裂き魔の居場所である、教会付近にある写真屋へと向かった。写真屋の明かりは点いていた。

 ラベンダーは鍵が掛かっている入り口の錠を叩き壊す。

 リシュアから中を見た。


 血の匂いが充満している。

 事件の資料によれば、何処かで生きながらバラバラにされた後、一目に付く場所に置かれたとの事だった。生きながら手足を削がれ、内臓を引きずり出される。それは悪夢のような殺され方だろう。


 リシュアとラベンダーの二人は記念撮影を行った場所へと向かう。

 ラベンダーはゆっくりと、地面の折り目をなぞっていく。

 蓋が開いた。


 地下室への入り口が見つかった。


 リシュアは辺りを警戒しながら、罠が無いか周りを見回しながら掌から魔法で小さな明かりを放って地下へと続く階段を降りていく。

 心臓が高鳴っているのが分かる。

 明らかに、ローゼリア達と討伐したネクロマンサーの老婆の方が強力だった。だが、それでも理解が出来ない異常者に対して得体の知れない恐怖を感じてしまう。


 ポケットから拾った木の枝を取り出す。

 切っ先から光が放たれて、松明のようになり、辺りが露わになっていく。


<これはすごいな…………>

 ラベンダーは嘆息する。


 大量の医療器具や、刃物の類が並べられている。そして、何よりもおぞましかったのは、壁には大量の写真が貼られていた事だ。被害者が苦しみ、亡くなるまでを記録した写真。被害者の腕や脚が生きながら切断され、顔面のパーツが削ぎ落され、内臓が露わになる。医者としての技術の賜物なのだろう。おそらくは、数時間、あるいは数日間も生かしながら、被害者をバラバラにして、人の眼に見える場所に飾っている。


「腐れ外道だな……」

 リシュアは呟いた。

<ああ。早く捕えよう>


 上の方で、ばたん、と。人が倒れる音がした。

 リシュアとエシカの二人は階段を駆け上る。


 そこには地面に倒れて、後ろを縛られて気絶しているエシカとティアナの姿があった。


 写真屋のジェスターが立っていた。その顔は醜く歪んでいる。


「来るなよ。招かれざる者とも。このわたしは、二人を一瞬で刺し殺す事も出来るのだぞ?」

 背後から刀身の柄か何かを頸椎にでも当てて、一瞬にして二人を気絶させたのだろう。


<出来ると思うのなら、やってみろ>

 ラベンダーが少し嘲笑するように言った。


「女二人を人質に取っているんだぞ! この刃物が見えないのか!?」

 ジェスターは声が裏返りながら、エシカの背中のドレスをつかんで刃物を突き立てようとする。


 それよりも早くリシュアは懐から短刀を取り出していた。

 短刀の切っ先から光の刃が伸びて、ジェスターの刃物を持っている手首を切り裂いていく。真夜中の街の一角に悲鳴が走った。


 しばらくして、警官が何名もやってくる。


「どうされました?」

 警官達はリシュアに訊ねる。


「地下室を見て欲しい。見れば、惨状が分かる」

 そう言って、リシュアは縛り上げたジェスターを一瞥すると、エシカとティアナを起こして、その場を去る事にした。

 警官達は、地下室を見て、大の男が悲鳴を上げたり嘔吐しそうになっているみたいだった。ネクロマンサーなどの件で慣れていたが、あんなもの、普通の人間が見ていいものでは決してない…………。



 次の日、リシュア達が泊まっている宿に、占い師ティアナと薬剤師である兄のシャクラがやってきた。


「もう、この街を出て行かれるのですか?」

 ティアナは三名に訊ねる。


「そうだな。陰惨なものを見た後だ。もう少しゆっくり出来る場所を探してみるよ」


「それでは、此処から更に北に進んだ場所に、大神殿の街があります。そこなどいかがでしょうか? 観光名所としては一級品の場所ですよ」

 ティアナは笑う。


「もちろん、妹の言う事だ。そこで何か重要な人物と出会えたり、重要な出来事が起こるのかもしれないけどな」

 シャクラは茶化すように言った。


「まあ、俺としては何も無い事を祈るんだけどなあ」

 リシュアは苦笑する。


 そして、三名はイエローチャペルの馬車に乗り、大神殿の街へと向かう事にした。



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