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切り裂き魔の出る街 イエローチャペル 3


 翌朝、ラベンダーはこの街で続いている事件について調べてきたみたいだった。


<お前らが興味を持つかと思ってな>

 ラベンダーはラベンダーで、きっちりと動いていたらしい。そう言えば、ルブラホーンの時も夜中に抜け出して街の情報収集を行っていたみたいだった。


<この街で続いている切り裂き魔の事件だが。犠牲者は八名。容疑者も大体、八名くらいに絞られているらしい。興味があるか?>


 エシカは興味津々といった顔をしていた。


「それは、ラベンダーが独自に調べてきたものですか?」


<この街の警察の調査による資料を漁ってきた>


 ラベンダーは資料の束を床に置く。

 このドラゴンは、おそらく夜の間に警察の資料を無断で持ち出してコピーを取ってきたのだろう。ムチャクチャな事を平気でする奴だ。リシュアは相変わらずな性格だなと少し呆れた。


 エシカはラベンダーの破天荒とも言える行動を気にせずに、まるでそれに無頓着であるかのように資料の束を紐解いた。

 資料の中には写真が混ざっていた。写真には名前と職業が記載されている。


・男性


ヨースター 農民


コルヴォ 農民


アラヴェル 行商人


ジェスター 写真屋


トーヴォル 鍛冶屋


・女性


ティアナ 占い師、民間薬剤師


ヨガサ 酒場の女将


エレヴァ 修道女


『事件の詳細』。

切り裂き魔による最初の事件は十字路にある橋にてバラバラ死体が置かれる。被害者は十代の女性。以後、十代から二十代の若い女性を狙い、計八名の女性がバラバラにされて死亡されている。犯行現場に犯人の体液は無し。魔法による痕跡も無し。



資料のコピーには犯行現場の写真が添付されていた。


「お前、どうやって、こんなもの作成してきたの?」

 リシュアは悲惨な現場写真を見て、目を逸らしながらも首を傾げた。


<実はそういった魔法が使える。俺の使える魔法は稲妻だけではないのでな>

 ラベンダーは飄々とした態度で答える。


 このブルードラゴンには謎が多い面がある。ただ本人は語りたがらない。もしかすると、いつか自ら教えてくれるかもしれない。


 エシカの方は、容疑者の写真を一枚一枚眺めていた。


「この人、会えませんか?」

 エシカは二人に一枚の写真を見せる。


・ティアナ 占い師、民間薬剤師


 エシカには、どうやらその人物が気になって仕方が無いみたいだった。


「何か分かるのか? エシカ」

 リシュアが訊ねる。


「なんでしょう。上手く言えませんが、この女性は強力な魔法使いではないかと思います。もしかすると、会ってみて、良い縁を作れるかもしれません」


「そうか。じゃあ、このティアナって人に会ってみるか」


 さっそく話は決まった。



「俺達はあくまで旅人の部外者だから、滞在する街の事は街の人間が解決するべきだとも思うんだけどな」

 リシュアは念を押すように言う。

「いいじゃありませんか。シャイン・ブリッジでは、街の方々に感謝されました。人助けを行う事は良い事です」

「そうだな。街の警察の捜査の邪魔にならない範囲で俺達も事件解決の為に頑張ってみよう」

 リシュアは、なんだかエシカはシャイン・ブリッジにいた頃よりは、少しだけ明るくなったように思えた。吸血鬼の街。亡霊の街。そして、このイエローチャペル。旅をするうちに、エシカの苦悩が少しずつ晴れているようにも思える。

 彼女は“災厄の魔女”。

 その事実は過去を生きていないリシュアには分からない。だが、リシュアから見るエシカは無邪気で天真爛漫で優しい。そして他人を思い遣る心を持っている。リシュアはそんな彼女が好きだった。


 街の繁華街を三人で通り抜ける。

 やはり、小型のドラゴンの姿というものは珍しく、ラベンダーは道行く人々からちらちらと見られていた。吸血鬼などの類を見た事はあっても、ドラゴンを見た者は少ない。リシュアは何か聞かれたら、妖精の類だと説明しようと思っていた。


そして繁華街からアーチ状の入り口の商店街に入り、更に商店街の裏路地をめぐる。ようやく、占いの店みたいな場所を見つける。


『小さな星屑の祈り』。

それが店の名前だった。

三名は店の中へと入る。


店の中には色々な薬品や調味料のようなものが並べられていた。

何かを調合している者がいた。

二十代くらいの青年だ。


「おっ。妹の客かな?」

 青年は笑う。


「貴方は?」

 エシカは訊ねる。


「俺はシャクラ。この店の主であるティアナの兄だよ。妹の手伝いをしている」

 青年はにっこりと笑った。


「何を調合しているんだ?」

 リシュアは訊ねる。


「ああ。森の外でコドクガエルの毒に当てられた者の皮膚に付ける軟膏を作っているんだ。コドクガエルの毒は炎症を起こして、最悪、死に至るからねえ」

 シャクラは、コドクガエルの写真をリシュアに見せる。禍々しい肌のカエルが写っていた。


「ああ。ちなみに此処は占いの店兼医薬品を販売しているんだ。怪我の時の塗り薬とか、生理痛にも聞く飲み薬とか色々、販売している。何か欲しいものがあったら言ってくれよな」


「そうですねえ。リシュア、何か買っておいた方が良いものってあります?」

 エシカは訊ねる。

「そうだな。俺達の中には回復魔法を使える奴が少ない。エシカは少し使えるけど、彼女一人だけでは心持たないからな。各種解毒薬と疲労回復の薬も合わせて購入したい」


「おうー。分かった」

 シャクラは、棚から瓶を取り出していく。

 そして値段を告げる。

 リシュアは財布から金を取り出して渡した。そこそこ高かったが、こういうのはまとめて買っておいた方がいい。後々、後悔する事になるような状況にだけは陥ってはならない。


「毎度。ちなみに疲労回復の薬は夜のお供にも使えるぞー」

 シャクラはほんわかと、変な事を言い出した。


 リシュアとエシカの二人の間に、何だか微妙な空気が流れている時、店の奥から一人の女性が出てくる。金髪の美女だった。彼女は兄の顔を睨む。


「お兄様、お客様に変な事をおっしゃいませんでしたか?」


 ティアナだった。

 写真で見たものよりも、遥かに実物は美しい。

 ティアナはこの街の一般的な衣類である、絹の木綿の白いワンピースを着ていた。何処か不思議な感じのする美人だった。


「ああ、貴方は占い師ですよね? 私達を占っていただけませんか?」

 エシカは無邪気に訊ねる。


「分かりました。では、こちらの部屋に」

 ティアナは三名を案内する。

 奥に個室らしき場所があり、その前に待合室のように椅子がいくつか置かれていた。


「じゃあ。三人とも占ってくれ」

 リシュアは告げる。


「そちらの青い…………」

<妖精だ。俺も頼む>

 ラベンダーはウィットの効いた答えで返す。


「青い妖精さんも占うんですね。分かりました」

 ティアナは笑った。


 ラベンダーも笑う。

 明らかにどう見ても小さなドラゴンなのだが、ドラゴンも妖精の一種としている国もある。別に間違ってはいない。


「では。誰から占いましょうか?」

 ティアナは三名に訊ねる。


「どうします? リシュア」

「ん。じゃあ、俺から占って貰おうかな」

「そちらの男性の方からですか。お名前は?」

「リシュアと言う。じゃあ、部屋に入るぞ」


 リシュアはティアナと一緒に個室へと入る。


 リシュアは占いの席に座る。

 対面する。


「貴方はかなりの高い身分の人なんですね?」

 ティアナは訊ねた。

「そうだけど。よく分かったな」

 リシュアは少し驚いた。

「ええ。一目見てすぐに分かりました。それから、何か光の加護のようなものを感じる。光の魔法をお使いになられるんですか?」

「それも当たっているな。凄いな」

「私はそういうのを見る事が出来ますから」

 そう言うと、ティアナはテーブルの上にタロットのカードを広げた。


「この中から好きなものを一枚選んでください」

 ティアナは笑う。

 リシュアは無造作に、並べられたカードの中から一枚カードを引き抜く。何かライオンを抑え込んでいる女性の絵が見つかる。


「これは『力(ストレングス)』というカードです。貴方自身を象徴するものです。貴方は自らにある力を抑え込んでいる…………きっと、それは魔法の力なのでしょうね」

 ティアナはじとーと、リシュアの顔を眺めていた。


「そうなのか? 俺は確かに光の魔法の使い手だが、戦いになると、いつだって全力で魔法を使っているつもりなんだけどな」

「無意識のうちに才能を抑え込んでいるのだと思います。まだまだ貴方は強くなれますよ」

 ティアナはそう言って笑った。


「もう二枚程、カードを引いてください」

 リシュアは言われるまま、カードを二枚引く。


 今度は本を持っている知的な女性と、おどろおどろしい悪魔のカードが描かれていた。


「『女教皇(ハイプリエステス)』と『悪魔(デヴィル)』ですか。なるほど。女教皇、知性と教養、導きを与えてくれるのは、あちらの青い妖精さんですね。そして、悪魔……あの真っ黒なドレスの女性。彼女はいずれ、大きな災いのようなものをもたらすかもしれません」


 ティアナは少し曇ったような表情で告げる。

 リシュアは一瞬、気分を害するが、すぐにエシカがどういった女なのかを想い出して納得する。


「そうだな。確かにいずれ、俺はエシカによって破滅するのかもしれないな。あんたの言っている事はきっと正しいんだろう」

 リシュアはある種、決意と覚悟のように言った。


「ええ。でも問題を解決する為の未来の兆しも考えましょう。今度はこちらのカードを引いてください」


 ティアナは先ほどの倍以上のカードの束を並べた。


「この中から三枚程、カードを引いていただけませんか?」

 リシュアは言われるままに、カードを一枚一枚引いていく。

 集まった沢山の人々。

 剣を持った王様。

 炎の松明のようなものを手にして馬に乗った青年。


「これらはそれぞれ『ペンタクルの10』。『ソードの王』。『ワンドの騎士』。と言います。タロットカードは全部で78枚からなり、22枚の大アルカナ。56枚の小アルカナからなります。最初に引いていただいたものは、大アルカナ。今、引いていただいたものは小アルカナと呼びます。タロットカードの解釈は様々ですが、私の解釈した事をお伝えしますね」


「そうか。ありがたい」

 そう言えば、王宮にもタロットを引いて占いをする女給などもいた。女達にとってはメジャーな占い方法なのだろう。その女給の一人から一度、占って貰ったが、確か別の絵柄でライオンを抑え込む女性のカードが出た。女給もリシュアという存在に対して、今のティアナと似たような事を言っていたような気がする。もう何年も前の話だ。


「リシュアさん。貴方は沢山の人々に囲まれ、様々な困難に対処出来る人物に出会い、そして自らを信じて突き進んでください。そうすれば、貴方は今後の災いを乗り越える事が出来るでしょう」


「そうか。ありがとう。今後の人生の参考になったよ」

 リシュアは何だか心が晴れたような気がした。

 このティアナという女性はいるだけで、人の心を癒やす力を持っている。

 リシュアは嬉しそうに席を立つと、テーブルから立ち上がった。


「ありがとうな、占ってくれて」

「はい。ちなみにお代なのですが」


 占いの料金を言われた。

 そう言えば、占いの店だった。リシュアは少し苦笑した。


 次はラベンダーが占う事になった。


<じゃあ。俺の事も占ってくれ。宜しく頼む>

 ラベンダーは飄々とティアナを吟味していた。

「はい。分かりました、青い妖精さん」

 ティアナは屈託なく笑う。



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