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四人はアルデアルの城へと戻った。
リシュアから渡された黄色い石が嵌められた首飾りを手にしながら、吸血鬼アルデアルは椅子に座りながら眉をひそめていた。
「これは婚約の為の宝石だな」
それを聞いて、リシュアは首を傾げる。
「おい、ちょっと待て。エシカは幽霊の男に見初められたっていうのか?」
「そういう事になるな」
ローゼリアは何故だか、エシカに嫉妬心のような視線を送る。
「ノヴァリーといい。エシカ。お前は人では無い魔性の者に魅入られる特性を持っているみたいだ。俺もお前に興味が湧いているしな」
アルデアルは淡々とそう告げた。
「私が、魔性のものに魅入られる、特性ですか…………」
エシカは困惑していた。
「そうだ。お前には不思議な魅力がある。“災厄の魔女”として生きていた頃は、その色香を使って、様々な者達を破滅に追い込んできたのかもしれないな」
「今の私には、そんな力はありませんよ…………」
エシカは項垂れる。
「それにしても、婚約の為の首飾りか。本当に妙なものを貰ったものだな。これは送った者が次元間を行き来して、現れるだろう。いわば、簡易的な次元移動橋(テレポーテーション・サークル)と言った処か。霊体ゆえの特性だろうな」
「では。ティモシーという男は、この首飾りがある限り、いつでも首飾りがある場所にやってくるのですね?」
「そういう事になるな。エシカ。冥府の者に見初められたお前を、いつでも死者の世界に引きずり込む事が出来るのかもしれない。これは俺が預かっておこうか?」
エシカは少しの間、考える。
ティモシー。
危険な匂いのする男だったが、決して悪い男には思えなかった。
だが、結婚となると話は別だ。
「では、アルデアルさんにお預けいたします」
「そうか。では、我が城の倉庫に厳重に保管しておくとするよ」
アルデアルは黄色い宝石の首飾りを、快く受け取った。
†
再び三人に付いて行こうとするローゼリアを、アルデアルと一緒に説得して、三人は新たに旅をする事にした。なるべく、ヘリアンサス国から遠い場所がいい。そして、今回は亡霊の街、その前は吸血鬼達の街に行ったので、出来れば普通の街に向かいたかった。
普通の人間が住まう街へ。
亡霊の街『ルブラホーン』から離れた場所に、『イエローチャペル』という街がある。夕日がとても美しい場所らしい。吸血鬼の御者が馬を駆る馬車に乗りながら、三名はイエローチャペルの街を目指した。
「それにしても。イエローチャペルを目指すのか」
御者は何かを含むように訊ねた。
「そうだけど。何かあるのか?」
「そこでは、どうも殺人事件が多発しているらしい」
「殺人事件か。まあ、何処の国や街でも、殺人事件、強盗や窃盗なんてのは一定数存在するからなあ」
「そうか。気にしないならいい」
少なくとも、街にいる者達の数多くが亡霊である街ルブラホーンよりは遥かにマシだった。
そして、半日程が経ち、その街へと馬車は辿り着いた。
広い大都会だった。
ちょうど、夕暮れ時で、夕焼けがとても綺麗だった。
「凄い夕焼けだなぁ」
リシュアは嬉しそうに夕焼けに見とれている。
「そうですね。とても此処は綺麗です」
エシカも嬉しそうに沈む夕日を眺めていた。
「では。この街の入り口でお別れですね。私は吸血鬼。一般的な人間の街には行けませんので」
そう言うと、目深に帽子を被った御者は三名に告げた。
三名は御者に礼を言って、街の宿へと向かう。
「この街の特産品は何だろうな。宿の料理が楽しみだな」
「もう。リシュアは食いしん坊ですね」
「馬車の中では非常食とかが多いからな。イイ飯を食べたくなるさ」
<そうだな。俺も出来れば、良い肉料理が喰いたい>
三名はそう言って笑い合う。
そして、少し大きめの宿に泊まる事にした。
隣は居酒屋になっており、既に酒に酔っている者達が何やら騒いでいた。
何処の宿も多少、煩いだろう。
エシカとリシュア、ラベンダーは、この宿に泊まる事に決めた。
ローゼリアという騒がしい娘がいなくなったからか、それとも旅の疲れがどっと出たからなのか、エシカとリシュアは旅人用の服からナイトガウンに着替えると、ベッドの中へと潜り込んだ。部屋は一つしか借りていない。ラベンダーがいるとはいえ、何か気まずい気分になった。男一人、女一人だ。
エシカはリシュアに好意を持っているし、リシュアもエシカに好意を持っている事にお互いに気付いている。それでもこれ以上、関係性を近付けるのが難しい。どうにも進展は無い。そもそも二人は現状、逃避行のようなものを行っている。いつ王宮魔法使いに襲撃されるか分からない。
「なあ。エシカ、お腹減っていないか?」
リシュアは布団に包まりながら、エシカに訊ねる。
「お腹は減っておりません。リシュアこそ、お腹が減っているんのではありませんか?」
エシカは訊ねる。
「なんか疲れの方が大きいんだよな。本当に此処、数日間だけで色々あったし、吸血鬼達の城で寝るのは何だか居心地が悪かったしさ」
「確かにその通りですね…………」
エシカは息を飲む。
ラベンダーはいつものように、ふらふらと、何処かへと行ってしまった。
そう言えば、リシュアとエシカが二人きりになるのは、シャイン・ブリッジの時以来か。エシカはぐるぐると色々な感情が頭の中を回っていた。ノヴァリーからの告白。アルデアルにも気に入られ、ティモシーには婚約のアイテムを譲り受けた。みな“災厄の魔女”としての自分を気に入っているか、記憶を失ったただのエシカとしての自分を気に入っているのかは分からない…………。
「リシュア。リシュアは、私を魔女として見ているのですか?」
「なんだよ、いきなり。エシカはエシカだろ。闇の森に住んでいた。それ以上の事は俺は知らねぇよ」
リシュアのその言葉を聞いて、エシカはとても嬉しくなった。
彼は等身大の自分を見てくれている。
「エシカこそ。俺を一国の王子と考えて、一緒にいるわけじゃないだろ?」
確かにそうだ。
「はい、そうです。リシュアッ!」
夜が少し肌寒い。
自分達が何者で、これから先の旅路で一体、どんな未来に向かうのだ。どんな旅路になるのだろうか。二人にはまだ分からない。分からないから、旅を続けているのだろう。多分、自分探しみたいなものだ。自分が与えられた人生を抜け出す為の旅をしている。
「それにしても、今の処、トラブルが多いな。化け物に襲われたり、盗賊の根城に行ったり、亡霊に襲われたりしてさ」
リシュアは笑う。
「はい、そうですね。でも、私はとても楽しいですよ」
エシカはほんわかと笑う。
「楽しい? そっか。でも俺はもう少し楽な旅がしたいな。いつもいつも冷や冷やする事ばかりだよ」
正直、リシュアはネクロマンサーの老婆を相手にして、大量の動く骸骨に襲われた時はかなり肝を冷やした。
エシカはティモシーのいる戦争跡地の亡霊の世界に入り込んだ時は、生きて戻れないのではないんじゃないかと本音では思っていた。闇の森とも違う。あの幽霊達の生者に対する妬ましさは物凄く強いものを感じていたからだ。
「なんだか、まだ短い旅だけど、本当に危険でいっぱいだったな」
「リシュア。またこれからも、私を守ってくださいますか?」
「ああ。俺はエシカを守るよ」
エシカはベッドから左腕を伸ばす。
リシュアは右腕を伸ばして、エシカの左手を強く握り締めた。
温かい。
二人共、天井を見上げながら、天井に付いている真っ暗な窓の向こうを眺めていた。真っ暗な空には星々が煌めいていた。
「あ。リシュア、あれは流れ星ではないですか?」
エシカは笑う。
「ああ。流れ星が見えたような気がするな。早過ぎて眼で追えなかったよ。あっという間に落ちていったんだろうな」
二人共、笑い合う。
こんな時間が続けばいいと思った。少しでも長く。
……なんか、寝付けない。
二人共、そう思っていた。
「散歩。そうだ。夜の散歩してくるわ」
リシュアは立ち上がる。
疲れているのに、妙に眠れない。
「そうですか? では私もお供しますっ!」
エシカもベッドから立ち上がった。
二人共、腹の音が鳴った。そう言えば、夕飯をまだ食べていない。
「夜ご飯、食べそこないましたね……………」
「いや。まだ食べられるかもしれない。行ってみよう」
二人は宿の隣にある居酒屋の方に向かった。
何となく、そわそわする。
エシカは居酒屋が肌に合わないだろう事をリシュアは知っている。庶民というものは下品な部分を持っている。エシカはまるで箱入りのお嬢様のようなものだ。だからどうしても、リシュアはそんなエシカに気を遣ってしまう。
色々、考えた後、屋台で売られている甘辛い骨付きチキンやサンドイッチ。飲みものを買って二人で食べる事にした。
「せっかくですから。星がよく見える場所に行きませんか?」
エシカは屈託の無い表情をしていた。
二人は手を繋いでいた。
エシカに手を引かれ、街路にある階段を登っていき、リシュアとエシカの二人はこの街で一番、星の見える丘へと辿り着いていた。この丘の情報は街に来た時から聞かされていた。小さな公園になっており、丘の上には柵が張り巡らされている。街が小さく見えた。暗闇の中にぽつりぽつりと光る街の灯がとても美しかった。
空に浮かぶ星々はとても綺麗だった。
リシュアは王宮で星座というものの話を聞かされた。
空には神様がいるのだという御伽噺も聞かされた。
空を見ながら、リシュアはいつか、遠い場所を旅したいと思っていた。王子としての、ひいては時期国王候補としての生活など苦痛でしかなかった。
「エシカが俺をここまで連れてきてくれたんだぜ」
リシュアはそんな事を彼女に呟く。
「えっ? 私ですかっ!?」
エシカは言われて、混乱する。
「リシュアが私を闇の森からラベンダーと一緒に解き放って、此処まで連れてきてくれました。そうではないのですか?」
エシカは本当に困惑した表情をしていた。
「いいや。エシカが俺を連れてきたんだよ。俺一人では勇気が無かった。決心が持てなかった。ラベンダーはただ気まぐれな奴だしな。王宮に縛られ続けていた俺は一人で旅する事が怖かったんだ。ラベンダーも乗ってくれるか分からなかったし。でも、エシカがいたから、俺はこんな祖国から遠く離れた場所の景色を見ていられる」
リシュアは少し踊るように、柵に寄り掛かる。
街の景色と夜空の景色を交互に見る。
今日は月も綺麗な夜だった。
エシカのお腹が鳴る。
「やっぱりお腹が空きますね。何処かでちゃんと遅い晩御飯を食べましょう」
「そうするか。ラベンダーとも合流しよう。あいつ、一体、ふらふらと何処に行っているんだかな」
二人は手を取り合って、丘の公園を降りていく。
†