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亡霊の街 ルブラホーン 4

 エシカはティモシーに連れられて、より暗い場所へと向かっていった。まるで、エトワールの湖のように霧が立ち込めている。何やら人々の囁く声が聞こえてくる。何やら歌声のようにも聞こえた。


「食事が駄目なら、パーティーの音楽を聞かないかい? 大丈夫。みんな敵意は無いから」

 ティモシーはそんな事を言うが、エシカはどうしても怖くて仕方が無かった。

 そういえば、この場所は戦争跡地だ。

 悲しみや苦しみに未だ囚われている死者達も大勢、いる事だろう。


 遠くからエシカを呼ぶ声が聞こえてきた。

 小さ過ぎる声だが、確かにリシュアの声だ。


「ごめんなさい。私、仲間の処に戻らないとっ!」

 エシカはティモシーの手を振り払って、リシュアの声のする方向へと走った。途中、何名もの人影とすれ違う。彼らはまるでエシカを仲間に引き入れようとしているかのようだった。


「おいっ! せめて、パーティーの楽器だけでも聴いていかないかっ?」

 ティモシーが何かを叫んでいる。

 けれども、エシカは彼の声を耳で塞ぎたかった。


「俺は君が気に入った。悪いようにはしない。だから、楽器隊の音色を聴いていってくれないか?」


 遠くでティモシーが叫んでいる。

 エシカは必死で、走り続ける。


 霧の中からリシュアが姿を現した。


 リシュアはがっしりと、エシカを抱き締める。


「大丈夫だったか? エシカ」

 リシュアは笑う。

 エシカは頷き、何故か涙を流しそうになった。それに気のせいか頬も紅潮していた。リシュアに抱き締められるだけで、こんなに安心するとは思ってもいなかった。


「もう、此処から離れよう。好奇心が強いラベンダーとローゼリアの二人は俺が何とか説得するから」

「……はい。離れましょうっ!」

 亡霊達に囲われて、彼らの仲間に入っては溜まったものではない。ラベンダーもローゼリアも、人間と違い、いざとなれば易々と対処する能力があるから、あんな警戒心の薄い態度を取れているのだ。それに関しては、リシュアとエシカは同じ考えだった。


「あのう、リシュア…………」

「なんだ?」

 リシュアが訊ねる。

「そろそろ……その、恥ずかしいです」

 ずっと、抱き締められていたエシカは顔が真っ赤になっていた。リシュアは思わず手を離す。

「とにかく、此処は生きている人間が近付いてはいけない場所だったんだ。一秒でも早く、この場所を去ろうっ!」

 エシカを離したリシュアは叫ぶ。

 エシカは頷く。


「どうしても、此処を離れると言うのだな」

 遠くから、低い男の声がする。

 ひたり、ひたり、と足音が近付いてくる。


 真っ黒な髪の男だった。美男子と言ってもいい。ただ、何処か不気味な雰囲気を漂わせていた。


「おい。誰だが知らないが、これ以上近付くと、俺は戦闘態勢に入らせて貰うからなっ!」

 リシュアは叫ぶ。そして、懐から短刀を取り出す。


「どうして友好的な態度を示しているのに、そんな態度を取ろうとするのかな。大丈夫、音楽を聞いて欲しいだけだから。本当は、みんな自慢の手料理を食べて欲しかったみたいだけどね」

 ティモシーは笑顔を浮かべていた。

 エシカはこの笑顔が、どうしても気味が悪くて仕方が無かった。



 ハーブの音色。フルートの音色。バイオリンの音色が聞こえてくる。

 幽霊達は楽団を作り、音楽を奏でているみたいだった。

 何処か、物悲しい曲だった。


 エシカとリシュアは、ラベンダーとローゼリアの二人とも合流して幽霊達の奏でる音楽を聞いていた。楽器隊の姿は、霧に包まれて見えなかった。


 音楽が終わった後、ティモシーは拍手を浮かべていた。

 つられてエシカ達も拍手を送る。

 エシカはぽつりと、左目から涙を流していた。

 生きていた頃の人達の想いが伝わってくる。


「これは戦争の鎮魂歌なんだ」

 ティモシーは言う。


「そうなんですか」

 エシカは頷いた。


「戦争の悲しみを決して、終わらせない為に。此処では世界各地で亡くなった人々が集まってくる。そしてお祭りを始める。此処はそういう場所なんだよ」

 ティモシーは物憂げな顔をしていた。

 もしかすると、この男は、ただの幽霊ではなく、何か番人などの役割を背負っているのかもしれない。


 ティモシーの拍手が終わった後、四名はこの地を離れて街へと戻る事にした。


 エシカは戻る際に、ふとティモシーから何かを手に持たされる。

 それは、どうやら宝石のようなものだった。

 きらきらと輝いていた。


 宝石は首飾りになっていた。



 再び宿に戻り、一晩を過ごすと、四人はアルデアルの吸血鬼の城へと戻る事になった。元々、この街の調査を四人はアルデアルから依頼されていた。


「しかし。本当に奇妙な場所だったな」

 リシュアは呟く。


 街の住民達は一体、何を求めていたのか。ただ、生者に寄り添って欲しいだけだったのか。だが直感的に分かっていたのは、深入りすれば死者の世界に連れ去られる。


 エシカは何かを握り締めていた事に気付いた。

 それは、黄色く光る石だった。

 トパーズという宝石によく似ている。


「何でしょう? これ」

 エシカはその光る石をみなに見せた。


<幽霊から貰ったもので間違いないだろうな>


「危険なものかな。どう思う? ラベンダー。ローゼリア」

「お兄様に見て貰いましょう」

<それにしても冥府からの貢ぎ物というわけか>

 ラベンダーは感慨深げに呟く。

 まるで忌まわしいものでも見るかのように、ラベンダーはその黄色い石をまじまじと眺めていた。

<エシカ。この首飾りだが、お前が持っておくか? 我々の誰かに預けるか?>

 ブルードラゴンは訊ねる。


「私が持っておいた方が……良いような気がします。多分、何か想いを託したものでしょうから」

<そうか。じゃあ、アルデアルの城へと戻るか>


 リシュアはローゼリアの方を見る。

 今回、街に訪れたのは、アルデアルの依頼だったからだ。

 ローゼリアは何だか、寂しそうな顔をしている。

 だが、エシカもリシュアも、この吸血鬼の娘が少し苦手だった。ラベンダーは気にしていない様子だったが、やはり、ローゼリアからは残虐嗜好のようなものを強く感じる。どうにも一緒にいると、怖くなる。


 ふと、エシカは想う。

 かつての自分も酷い残酷な行為を沢山、行ってきたのだろうか。

 だが、もはや考えても考えも、現時点では答えが出ない事だ。


「ひとまず、アルデアルの城へ向かおうぜ。御者も待っているしな」

 リシュアはエシカから、黄色い石を預かる事にした。


 そうして、アルデアルから依頼された、ルブラホーンの街での現地調査が終わった。

 そうして、四名は馬車に乗り、アルデアルの城へと戻る事になった。


 ごとごと、馬車が揺れる、

 まるで死者達が、去り行く四名を見て寂しがっているようにも思えた。


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