3
次の日。四人で戦争跡地の場所へと向かう事になった。
ローゼリアは日光が苦手な為、目深なフードの付いた薄いコートを纏っていた。どうやら、ローゼリアとラベンダーの二人は真夜中の街の様相を見てきたらしい。幽霊達でいっぱいだったそうだ。
人々の間を通り過ぎていくと、ふと、人が消えていたりする。
昼間でも、このような現象に襲われる。
「それにしても、此処は本当に不思議な街ですね」
エシカは言う。
「前の吸血鬼の街も、相当に変わった街だったぞ」
リシュアは苦笑する。
そう言えば、と。エシカは吸血鬼のノヴァリーとアルデアルに気に入られた事を想い出す。アルデアルの場合はからかっている風だったが、ノヴァリーの方は少し狂気的なくらいに真剣な表情していた。なんだかとても彼らが不気味に思えて仕方が無い。
……まあ、それはいい。
今は此処から戦争跡地の場所へと向かっている。
どんな場所になっているのだろうか。
馬車で行かなくても、一時間も歩けば、その場所へと辿り着いた。
なんだか、とても重く苦しい場所だった。
強い重圧のようなものが迫っている。
エシカはふと、自分が一人でいる事に気付いた。
辺りは森が生い茂っている。
空は何だか、不気味な程、暗い。真昼だと言うのに。
……リシュアは? ラベンダーは? ローゼリアは?
エシカは困惑する。
エシカは彼らの名前を叫び続けた。
だが、答えは返ってこない。
みな、一体、何処に行ってしまったというのか。
「お嬢さん。この場所に興味があって来たんだね?」
生い茂る森の方面に、一人の男が立っていた。長身に黒髪。顔は整っている。旅人風の姿をした男だった。
実体が空ろだった。
明らかに幽霊の類だった。
エシカはたじろぐ。
「貴方は……………?」
「どうやら、仲間達と、はぐれたみたいだね。俺の名前はティモシー。よければ、この戦争跡地を案内してあげるよ。もちろん、君の仲間達とも合流させてあげる」
優し気な表情の青年だった。
「さあ。さっそく、道案内をしてあげるよ」
ティモシーと名乗った、幽霊の青年は、エシカの右手をつかむ。不思議な感触だった。生きていない存在。かといって、この世に確かに存在している。そう言えば、闇の森でも亡霊達は何名もいた。彼らとは退屈しのぎによく会話をしていた。だが、ティモシーはエシカがこれまで出会ってきた亡霊達とは、まるで違った雰囲気を醸し出していた。何が違うのかは分からない。あえて言うならば、ティモシーには意志のようなものを感じ取れた。闇の森で出会った者達は泣き叫んでいたり、ただ、そこに存在しているだけだった。エシカは永遠に同じような言葉を反復し続ける亡霊達と、闇の森では会話を交わしていた…………。
「何が目的なんですか?」
エシカはティモシーに訊ねる。
「さあ。なんだろうね。でも大丈夫、君の害になる事はしないから」
ティモシーは優しく笑った。
そして、ティモシーに手をひかれて、暗い森の道を歩いていく。しばらくして、廃墟のような場所に辿り着いた。
「此処は俺の同胞が沢山、眠っているんだ」
ティモシーは廃墟を眺めていた。
戦争の残り香は未だ刻印されているようで、壊れた廃墟は酷く痛ましかった。濃密なまでに人が生きていた気配がする。
エシカは気付く。
何か濃厚な気配が幾つも集まってきている。
生きた人間では無い、何者かの気配だ。
「さてと、此処は亡霊達の街だ。嬢ちゃんも一緒に来るかい?」
エシカは頷く。
この辺りでは、先の大戦で沢山の人間が亡くなったと聞かされている。兵士ばかりではなく、民間人にも無数の死者が出たらしい。それはとても痛ましい事だったそうだ。
炊事場の音が聞こえた。
何者かが料理をしている。
鍋にシチューを煮込んでいる。
別の場所では、洗濯を行っている水の音が聞こえた。
他にも、斧で薪を割っている音も聞こえる。
確かに生きている人間と同じような息遣いがした。
「昼飯のようだ。嬢ちゃんも料理を食べて行くかい?」
ティモシーは訊ねる。
「いいえ。死者の食べ物を口にすると、現世に戻れなくなると聞きますから」
エシカはきっぱりと断る。
「そんな事は無いよ。それも一つの伝説だ。此処のルブラホーンの街の人間は、死者が作った料理を口にして、死者と共に生きている。死者は生者の延長線上にあるものだよ。決して、生者を死の世界に引きずり込もうとしているわけじゃないんだ」
ティモシーはそう告げた。
エシカは少し考えてから、答える。
「リシュア達が心配しますからっ!」
エシカは叫んだ。
†
エシカと何処かではぐれてしまった。
リシュアは焦っていた。
「なあ、あいつ、一体、何処に行ったと思う?」
リシュアは、ラベンダーとローゼリアに訊ねる。
<多分、死者に迎えられたのだろう。それにしても、此処は凄いな>
ラベンダーは戦争跡地である廃墟を眺めながら、物想いに耽っているみたいだった。壁には人型の黒炭まである。きっと遺体を回収した後も、壁の黒い炭まで取り除く事は出来なかったのだろう。今でも苦しみや悲鳴などを肌で感じ取る事が出来そうだ。
「なあ。此処の亡霊達は、生者を怒っているのだろうか?」
リシュアは二人に訊ねる。
「そんな事は分かりませんわ。亡霊達と直接、話してみなければ何も分かりません」
ローゼリアは飄々とした言い草だった。
リシュアは溜め息を付く。
「エシカが心配じゃないのかよ?」
リシュアから見たエシカはか弱い女性にしか見えない。とても、かつて“災厄の魔女”と呼ばれた女には見えないのだ。
<そうだな。エシカが心配だ。だが、手掛かりが無い。今の処はどうする事も出来ないな>
ラベンダーが重々しく告げる。
「じゃあ。どうしろって言うんだよ?」
<俺とローゼリアは、昨日の夜に、街を見回った。この街、ルブラホーンは世界各地の亡霊達が集まる場所みたいだ。亡霊達の多くに生者に対しての害意や敵意は無い。ただ、生者達と触れ合っていたいだけなのかもしれないな。だから>
「だから、エシカの事は心配するなって言うのかよ?」
リシュアは歯噛みする。
「俺一人だけでも、彼女を探すっ!」
そう言うと、リシュアは必死で廃墟の奥深くへと向かっていった。
ラベンダーとローゼリアの二人は同時に肩を竦めるばかりだった。
†