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亡霊の街 ルブラホーン 2


 エシカはローゼリアと、どんな話をすればいいか分からなくて困っていた。

 女同士だからといって、上手くいくわけでもない。

 話題という話題も思い付かない。


 エシカは断然、リシュアと一緒にいる方が居心地が良い。彼は人の心を落ち着かせる力がある。


「ええっと…………」

 エシカはローゼリアとどんな会話をしようか悩んでいた。


「先程、踊っていた殿方は何者ですの?」

 ローゼリアは訊ねる。

 彼女から話題を振ってくれたので、エシカは少し楽になる。


「どなただったのでしょう。なんだか、顔も想い出せないんです。とても紳士的な方だったようには記憶しているのですが」

「ふーん?」

 ローゼリアは首を傾げる。


「やっぱり、此処は生者と死者が同時に生きている場所で、エシカ。貴方は死者と一緒に踊っていたんじゃないかしら? もちろん、リシュアの方も」

「死者とですか」

「ええ。姿形は見えないけど、気配だけは存在する死者。此処の住民達は、きっと死者と一緒に暮らしているのですわ」


 ローゼリアは奇妙な事を言う。


 それにしても死者か。

 この前は死んだ者の肉体を弄ぶネクロマンサーを相手に戦った。

 朽ちてボロボロになった肉体には、魂があるのだろうか。無いのかもしれない。なら、此処は肉体を失った者達が溢れ返っている場所なのだろうか。


「此処は霊魂と共に生者が生きている場所らしいですわね」

 ローゼリアは無邪気で、楽しそうな顔をしていた。


 ローゼリアのお腹が鳴る。

 それに呼応するように、エシカのお腹も鳴った。


 二人は少し笑い合う。


「リシュア達を誘って、この宿でご飯を食べましょう。わたくしは血の滴るステーキが良いですわ!」

「そういう料理あるのかしら?」

 エシカは苦笑した。



 四人で料理を口に運ぶ。

 此処の名物料理はビーフシチューらしかった。

 固い黒パンを浸して食べるのが美味しいらしい。


「これ美味しいですね」

 エシカはビーフシチューを口にしながら笑う。

「そうだな。まさに特産品って感じがするな」

 リシュアも同意する。

 ローゼリアは何か物足りないといったような顔をしていた。

 ラベンダーはスプーンを器用に使って、シチューを平らげていた。


 エシカは丁寧にシチューを口にしていた。

 リシュアも一応、王子である為か、テーブルマナーが綺麗だった。

 ローゼリアはガツガツとビーフシチューを口にしていたので、彼女は自身がテーブルに付いた時の作法というのをよく分かっていない事に気付いたみたいだった。一人で何故か恥ずかしそうな顔をする。


<此処の肉は美味いな>

 ラベンダーはそう呟く。

「普段は血が滴る肉を食べていますので、少しだけ不満ですわ」

 ローゼリアはそんな事を呟く。

「吸血鬼の食事って何か怖いな」

 リシュアは少し呆れた顔をする。

 ローゼリアは普段は人の肉でも食べているのだろうか? 突っ込んで訊ねるつもりも無かった。……料理がまずくなりそうだ。


 ふと。

 リシュアは突然、背後で何者かの気配を勘付いた。

 振り返ると、誰もいない。


 隙間からが吹き込んできたのだろうか。

 それとも何かが違う。

 確かに気配のようなものがした。だが、その気配の主は何処にもいない。


 リシュアは気付く。

 何者かの気配が大量に充満している。食堂の中では、リシュア達以外にも食事をしている者達の音が聞こえるが、誰の姿も見えない。宿の外では何者かの歌声が聞こえる。


「これは一体、何なのでしょうか?」

 エシカはリシュアに訊ねる。

「俺に言われても困るよ。ラベンダー、ローゼリア。なんだと思う?」

 リシュアはドラゴンと吸血鬼に訊ねた。


「もしかしたら、私達に興味を持って亡霊達が集まってきたのかもしれませんわ」

 ローゼリアはシチューの肉を頬張りながら、辺りを見回した。

 ローゼリアにも、亡霊達の姿は見えていないみたいだった。


<明日はこの村の奥に行ってみるか?>

「村の奥?」

 リシュアはラベンダーに訊ねる。


<どうも、戦争跡地になっているらしい。人々の話では、世界中から沢山の亡霊達が集まっているのだそうだ>


「なんだか、不気味な場所だな。エシカ、どうする?」


 エシカは考え込んでいるみたいだった。

 亡霊か。

 彼らは死んだ後、どのような姿となって、どのような想いを持ってこの世界に存在しているのだろう? エシカは肉体を失ってしまった者達に興味が湧いてきた。


「ただ、また変な連中達と戦うのは、しばらくはごめんだな」

「そうですか? わたくしは、とても血が見たくてうずうずしているのですけど」

「お前なー」

 リシュアは、ローゼリアの考えに呆れているみたいだった。


「とにかく、俺はしばらくは面倒事には関わりたくないからな」

 リシュアは食事を食べ終わると、寝室へと向かった。


「そうですか? 面倒事、私は大好きですのに」

 ローゼリアはクスクスと笑う。


「この前のネクロマンサーとの戦いが大変でしたから。それでリシュアさんは疲れているのでしょう。彼の気持ちも考えて…………」

 エシカは、この天真爛漫な少女に何とか意見を言ってみようとする。


「ええー。とっても楽しい戦いだったのにー」

 そんな口調で返された。


 リシュアは、アンデッド達に囲まれて散々だったと言っていた。正直、あの骸骨の群れは不気味以外の何物でも無かった。それに、結構、ギリギリの戦いだったのも事実だ。それでも吸血鬼の少女、ローゼリアはあの戦いを楽しかったと述べる。やはり少し感性に付いていけないな、とエシカは思った。


「私も寝室に戻らせていただきますね」

 エシカも食事を食べ終わると、上の階へと向かう。

 ローゼリアは二杯目を注文していた。


 ラベンダーは一番、マイペースで、ふらふらと宿の扉を開けて何処かへと向かっていってしまった。もしかすると、先ほどから聞こえてくる、奇妙な歌声の正体を知る為に向かっているのかもしれない。


「ねえ。二人共、明日は戦争跡地に行きませんか?」

 ローゼリアは階段を登る途中のエシカに声を掛ける。


「え………………。戦争跡地ですか?」

 エシカは訊ねる。

 この辺りで一番、幽霊達が出る場所と聞かされている。ローゼリアは興味深々な顔をしていた。


「じゃ。リシュアに伝えといてくださいませっ! 私もラベンダーと一緒に、今、夜中のルブラホーンで一体、何が起こっているのか気になって仕方がありませんので」

 どうやら、ローゼリアも食事が終わった後は、宿の外を散歩しようと考えているみたいだった。エシカは正直、彼女にはやはり付いていけないなあと思った。


「リシュアに、伝えておきますね……………。私は今日の処は、寝る事にしますね」

 エシカはそう言って、寝室に向かっていった。



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