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亡霊の街 ルブラホーン 1


 エシカはいつものように悪夢によって、うなされているみたいだった。

 リシュアには彼女の苦しみが分からない。

 彼女に対して、何もする事も出来ない。

 リシュアには分からないのだ。エシカがかつて沢山の人間を殺し、国々に災厄をもたらしたという事に。リシュアは、今のエシカしか知らない。エシカはよく過去について想い出そうとしているみたいだった。けれども、よく想い出せないみたいだった。


 遠くで雷鳴が聞こえた。

 エシカは汗だくになって起きる。


「大丈夫か? エシカ」

 リシュアは訊ねる。


「はい……………………」

 エシカは曇った顔をしていた。


「よく分かりませんけれども」

 ローゼリアは少し口を開いて邪悪な笑みを浮かべた。彼女の口元から尖った犬歯が見えた。吸血鬼特有の牙だ。


「私達、ヴァンパイアは、時には残酷に別種族を殺す事もありますの。もちろん、それが人間だったりもしますわ。ですから」

 ローゼリアはツインテールにした、桃色の髪を自ら撫でる。


「罪悪感というものが分からない時がありますの」


「てえと、どういう事だ?」

 リシュアは首を傾げる。


「エシカさんは、あんまり気になさらないでもよいのではないかと思いますの。過去の知らない自分が人を沢山、殺めただとか。人を沢山、不幸にしただとか。それは別の人間でしかないと思いますの」


「うーん……………。でも、まだ短い付き合いだけどさ。考えちゃうのがエシカなんだよな」

 リシュアはエシカの気持ちを察するように言う。


 ラベンダーは小さな体躯で窓の外を眺めていた。


<もうすぐ、新しい街に着くぞ>


「今度はどんな街なんだっけ?」


<亡霊の街と呼ばれる場所だ。亡くなった者達の多くが幽霊(ゴースト)となって存在しており、生きている人々と共生している。生者と死者が混ざり合う街だな。その街からもう少しだけ先に進むと、戦争跡地がある。その場所は廃墟と化していて、沢山の幽霊が出るらしいな>


「そうなのか……少し怖いけど」

 リシュアは口元に手をあてると。


「なんだか、面白そうだな」

 彼は少年特有の好奇心に満ちた表情を見せた。


 エシカにはリシュアの無垢さが眩しくなる時がある。


『亡霊の街 ルブラホーン』。

 その入り口に馬車は辿り着こうとしていた。

 気のせいか、何か荒涼とした不気味さのようなものが漂っていた。



 この街で現地調査を行うように、吸血鬼アルデアルからの依頼で訪れた。


 街の人々は何処か陽気だった。

 エシカもリシュアも彼らの様子に対して、意外な顔をする。

 亡霊の街と呼ばれるからには、もっと陰気なイメージを持っていた。


 街中でダンスを踊っている者もいる。

 曲芸を行っている者達もいた。

 まるで毎日がお祭りのように思えた。沢山の屋台がある。


「何か。みなさん明るいですね」

「そうだな。みな楽しそうだ」


 時間は日中だ。

 吸血鬼であるローゼリアは真昼の太陽に、うんざりした顔をしていた。此処はエトワールの霧の街と違って、太陽が燦々と輝いている。基本的に太陽の光は吸血鬼には毒なのだ。


「わたくしは日光は得意では無いですので、馬車の中にしばらくいますわ」

 ローゼリアはそんな事を言って、馬車の中で不貞寝していた。


「ちょっと行ってみようか。エシカ。あそこでお祭りのようなものをしている」

 リシュアはエシカを誘う。

「は、はい。リシュア」

 エシカは手を握られる。

 温かい手だ。


 エシカはうっとりとした表情になる。


 広場では、子供達が集まっていた。吟遊詩人のような者達が歌ったり、楽器を奏でたりしている。大きなハープを奏でている少女もいれば、小さなギターを奏でている青年の姿もあった。

最近は陰鬱な場所ばかりに行っていたので、リシュアはそれらを見て、とても楽しい気持ちになった。リシュアが楽しいそうな顔をしていると、エシカもなんだか楽しい気持ちになる。


 みなでダンスのようなものを踊っていた。

 リシュアは見ず知らずの女性と一緒に踊る。


 エシカは何だか嫉妬のような感情が湧いてきて、見ず知らずの男性と手を組んで踊った。


 しばらくの間、二人は踊り続けていた。

 めくるめくる、不思議な感覚に誘われ、ダンスは続いていく。


 やがて空が夕日に包まれていく。

 リシュアとエシカは踊りに疲れて、宿を取る事にした。


 日光が苦手であるローゼリアも現れる。そして、同じように馬車の中でずっと昼寝をしていたラベンダーも現れる。


「ねえ。お二人共、一体、誰と踊っていたんですの?」

 ローゼリアは不思議そうに訊ねた。


「誰って、見ず知らずの人ですよ」

 エシカは答える。


「そう? エシカもリシュアも一人で踊っていたように見えたんだけど…………」

 ローゼリアは不思議そうな顔をしていた。


 そう言えば、此処は“亡霊の街”だ。

 もしかすると“生きていない何者”かと、ずっと踊り続けていたのかもしれない。


 ローゼリアの言っている事を聞いて、リシュアは少しぞっ、とする。そう言えば、自分と踊っていた女の顔を想い出せない。一体、自分は誰と何時間も踊っていたのだろうか。まるで分からない。


 とにかく、四名は宿を取る事にした。

 リシュアはラベンダーと。

 エシカはローゼリアと同じ部屋に泊まる事にした。


<一体、誰が生者で誰が死者なのかも分からない街なのかもしれないな>

 ラベンダーはそんな事を告げた。


「なんだよ。怖い事を言うなよ…………」

 リシュアはベッドに横になりながら、溜め息を付く。


<怖いのか? 幽霊が>


「どうなんだろう。吸血鬼の娘とも旅をしているし。何よりエシカは魔女と呼ばれる存在だ。今更、幽霊なんて怖くないのかもしれないけどさ」

 リシュアは考え込む。


「先ほどまで踊っていた人物が、まるで得体の知れない者だったってのは、何だとなく、やっぱり不気味に感じるかな」


<それが自然な感覚だろう>

 ラベンダーは小さな翼をはためかせながら、毛布に包まった。



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