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『ローゼリア』

 ネクロマンサーの老婆は「死ねない肉の塊」となり、毎日アルデアルの従者達によって殺され続ける事になる。これが死を弄び続けた者の末路である。


 鳥籠のような檻の中に入れられたその肉塊を見ながら、エシカは息を飲む。

 ……自分もこの老婆と同じ末路を辿ったのかもしれない。

 思えば、ヘリアンサス国のエシカに対しての処遇は恩情そのものだったのだろう。

 エシカはただ力のある魔女であったという理由もあるのだろうが。


 ローゼリアは悪趣味にも、籠の中の肉塊を尖端に針が幾つも付いた棒で何度も突き刺していた。ぷしゅり、ぷしゅり、と、血が噴き出ていく。まだ肉塊は生きている。


「あんまりあんなもの見るんじゃねぇよ」

 リシュアはそう言って、エシカを気遣ってくれる。

 紛れもなく、エシカはネクロマンサーの老婆と同じような存在だ。

 罪の償い。

 そんなもの出来るのだろうか。

 数え切れない程の人間をエシカは過去に殺した。

 いつか記憶が戻ってしまったその時は、手始めにリシュアをこの手で殺すのだろうか。悪の女王として………………。


「とにかく、そろそろ、この城を出よう。また別の街に行こう。きっとウィンド・ロード達が血眼になって俺達を探している筈だ」


「その点は大丈夫だと思うぞ」

 アルデアルが口を挟む。

「ノヴァリーの兵隊達が幻覚魔法などを駆使して、ヘリアンサスの王宮魔法使い達を煙に巻いている。今頃、まったく別の街に向かって、まるでアテにならない情報をつかまされているだろう。この城の当分いた方が見つからないかもな」


「いや。そういうわけにもいかなくて」

 リシュアは首を横に振る。


「俺達は旅をしたくて旅をしているんです。だから、ラベンダーも入れて、三名で旅をしています」


「その旅ですが」

 横からローゼリアが話しかける。


「わたくしもご同行させていただけませんか?」

 ローゼリアは好奇心旺盛な表情で笑う。


「いや。それは………………」

 リシュアとエシカはお互いに顔を見合わせる。


「わたくし、優秀なボディーガードになれますのよっ! 先日もわたくしの実力を分かって戴けたかと思います!」


 殆ど、ドラゴンのラベンダー一人で充分過ぎる程、ボディーガードは務まった事をリシュアとエシカの二人は同時に思い出す。この娘は本当に面倒臭そうだ。


「次の街まででいい。俺の妹を外に連れ出してくれないか? ローゼもまた、世間知らずなんだ」

 アルデアルはそんな事を言ってきた。

 そういうわけで、ローゼリアのお願いを無碍にする事が出来なくなった。


「次の街までだぞ」


 そう言われて、ローゼリアは浮かれたような顔をしていた。

 リシュアは内心、女二人に気を使うのは面倒臭いと思っていた。

 自分が気遣いする相手は、エシカ一人で充分だ。


 そういうわけで、二人はまた吸血鬼が御者をする馬車に乗った。

 後から、ドラゴンのラベンダーと吸血鬼の伯爵の妹であるローゼリアが馬車に乗り込む。

 四人旅だ。

 騒がしくなる。特にローゼリアは騒がしい。


「まあ。こんな騒がしい旅も悪くないか」

 リシュアは呟く。


 馬車の中でエシカが器用にホットココアを四人分作っていた。



 ローゼリアはある意味で言えば、純粋無垢な少女だった。

 少女と言っても、エシカよりもリシュアよりも遥かに年上だろう。

 だが黙っていれば、純粋で無垢という印象が強かった。


 蝶を見れば楽しそうに追い掛けて、見慣れない花を見ると興味深そうに見ている。中にはエシカの苦手な変わった虫などにも興味がありエシカを困惑させた。


 ローゼリアはクマのぬいぐるみによく話し掛けていた。

 ぬいぐるみの方は返事を返しもしないのに。


「ヨーグイは食いしん坊さんだからねぇー」

 ヌイグルミの名前はヨーグイと言うらしい。

 エシカは可愛らしいというよりも不思議な感じがした。

 リシュアは露骨にローゼリアの事を不気味に思っているみたいだった。


 もしかしたら魔法人形の類なのかもしれないな、と、エシカはクマのぬいぐるみを見ながら思った。クマのぬいぐるみであるヨーグイは、ローゼリアにしか聞こえない声で喋り、ローゼリアにしか見えない言葉を話すのかもしれない。


 何にしろ、そういう不思議ちゃんな感じも含めて、エシカはローゼリアの事を純粋無垢だと思った。標的を始末する時に物凄く残酷な事をしていたが、ある種、それも汚れのない子供の残酷さに通じるものがあるな、とも思った。


 純粋である事や無垢である事は、善か悪なのかと訊ねられるとどちらの属性に属するのかは分からない。


 ただ、エシカはローゼリア。

 このヴァンパイアの少女に、何処か自分にない自由奔放さを感じて憧れさえ抱いていた。


 次の街までもうすぐだった。


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