農村に辿り着くと、地面から無数の白骨が現れた。
リシュアは光の刃で次々とスケルトン達を倒していく。
エシカも炎の魔法でスケルトンの群れを豪快に焼き滅ぼしていった。
それを見て、ローゼリアは口笛を吹いて賛辞を現わす。
「だから俺達三名だけで大丈夫だって」
あのダンジョンの魔物達に比べれば、スケルトンの群れを退治する事なんて造作もない事だった。
「でも持久戦になったら、大変だろうと思って、お兄様がわたくしを寄越したのですわ」
ローゼリアは幌馬車の中で座りながら、二人の戦いぶりを見ていた。
「確かに、スケルトンを操っているネクロマンサーがいれば別だが。そいつはもう死んだんだろう?」
リシュアは光の刃によって、廃墟の中から次々と出現するスケルトンを打ち倒していく。
固い筈の頭蓋骨は、リシュアの光の刃によってスパスパと切られていく。
<しかし。キリが無いな。一体、何体の白骨死体が此処には眠っているんだ?>
ラベンダーが戦況を把握しながら、飛び回っていた。
<これだけの数の維持。普通に考えて、ネクロマンサーは生きているとしか思えないな>
「やはり、生きているのですの? ネクロマンサーは?」
ローゼリアが飛び回るラベンダーに訊ねる。
<普通に考えてそうだろうな。自らを不死の肉体に変えたのかもしれないな。おい、リシュア。エシカ。こいつらを倒してもキリが無い。こいつらを操っている奴らを探そう!>
ラベンダーは二人に向かって叫ぶ。
確実にだが、リシュアとエシカの二人は体力を少しずつ消耗し続けている。
このままだと完全にジリ貧だ。
ラベンダーは廃墟の辺りを探して飛び回っていた。
何か気になるものを見つけたのか、ラベンダーは廃屋の一つに巨大な稲妻を落とす。廃屋が派手に破壊される。
リシュアは眼を見開いていた。
そこには、地下へと続く階段があった。
階段は綺麗になっており、最近、使用された気配がある。
<おい。エシカ。それから、ローゼリアと言ったか? スケルトンは俺とリシュアが何とかする。お前らは地下へと向かえっ!>
ラベンダーはそう叫んだ。
エシカは頷き、周りに集まってきているスケルトン達を炎で焼きながらラベンダーが見つけた廃屋へと向かった。ローゼリアも外見に似合わずに素早く、地下への階段へと向かう。
†
「貴方。沢山、人を殺したのですね」
ローゼリアはケタケタとエシカの後ろで笑いながら、階段を降りていった。
「さぞかし愉快だったでしょう。わたくしも一度はやってみたかったですわ……………」
エシカは階段を降りる脚が止まる。
そして呟く。
「正直、スケルトンの軍団を使って、街を襲った記憶は断片的にあります。私は何という事をしてしまったのか。スケルトン、ゾンビを使う魔法というものは極めて邪悪なものなのです。死者の軍団から、新たな死者の軍団が生まれ、そして終わる事の無い悲しみが続く…………」
エシカは眼を閉じる。
「この農村の災厄を作ったものを放っておくわけにはいきません。慈悲も必要無いでしょう。決して赦してはいけない存在。かつての私自身のように……………」
ローゼリアはエシカの話を聞きながら、またケタケタと笑っていた。
「貴方のその偽善の仮面が剥がれ落ちて、いつ、悪女としての本性が現れるのか。わたくしは楽しみですわ」
ローゼリアの言葉は悪魔の囁き声のように聞こえたが、同時に、少しエシカを怖れているようにも思えた。
エシカはローゼリアの罵倒や嫌味を聞き流して、地下へと降りていく。
地下にもスケルトンの群れがいた。
だが、地上のスケルトン達とは違って、この廃屋の地下のスケルトンは魔法の杖を持たされていた。生前は名のある魔法使いだったのかもしれない。
スケルトン達は魔法の杖から、次々と炎や氷、風や稲妻の魔法といったものを放つ。
ローゼリアの動きは素早かった。
エシカの身体を持ち上げて、魔法の攻撃をエシカから逸らした後。
スケルトン達の全身を、手にした刃物ですぐさまバラバラにしていった。
「ふん。魔法が使えようが、雑魚はあくまで雑魚ですわ」
ローゼリアには確かな実力があった。
奥に行くと、ローブを被ったしわくちゃの老婆が縮こまっていた。
「おのれ…………。おのれ、化け物共め…………っ!」
エシカはしばしの間、戸惑っていた。
眼の前にいる者は人間なのだろうか。
エシカは旅に出る際に、人を殺さないと決めた。
それが、災厄の魔女としての償いの一つなのだと。
それに出来るだけ、周りの者達にも人を殺させたくないのだと。
エシカは悩んで、そして戸惑っていた。
地獄の業火を眼の前で幻視する。
本来ならば、この農村の災厄も、エシカが起こした事の一つであったかもしれない。
「何をしておりますのっ! エシカ様っ!」
ローゼリアが叫んでいた。
彼女は刃物で、即座に眼の前の老人の首を斬り落とそうとしていた。
突然の事だった。
無数の骸骨達が現れ、骸骨達は巨大な塊になっていく。
骸骨達は老人の全身を巨大な鎧のように、守っていく。
そして、スケルトンの群れによって、巨大な骸骨が作られた。
廃屋から出てきた巨大な骸骨は、城程の大きさへと成長していった。
どうやら、辺り一面の骸骨達を集合させているみたいだった。
ローゼリアはエシカを半ば抱き締めて、階段の上へと逃げようとする。だが二人は骸骨達で出来た腕によって捕まる。沢山の骸骨達が楽しそうに呻き声をあげていた。
骨と骨が組み合わさり、鳥籠のような檻が出来る。
エシカとローゼリアの二人は、骨の牢獄によって閉じ込められてしまったみたいだった。
「どうしよう……………」
エシカは困惑する。
「貴方が相手を始末するのに、躊躇しているからっ!」
ローゼリアの怒りはエシカに向いているみたいだった。
見る見るうちに、二人は空高くに舞い上がっていく。
だが。
骸骨達の全身を、稲光が襲う。
追撃として、光の刃が巨大なスケルトンの足元を切り裂いたみたいだった。
ラベンダーとリシュアの連携プレイによって、簡単に巨大骸骨は倒されていく。
地面へと落下していく際に、骨の鉄格子が光の刃によって切り裂かれていく。
エシカは気付けば、リシュアの手の中にいた。お姫様抱っこの形だ。
「お前は俺が守るよ、エシカ」
リシュアは甘い言葉を真顔で口にする。
エシカの頬が真っ赤になる。
「ありがとう、御座います」
エシカは掌で自らの顔を隠した。
「さて。奴を倒さないとな」
骸骨の群れがなおも、体勢を立て直そうとしていた。
切られた脚の部分が再生、他の骨が継ぎ足され、再構築されていく。
「まったく、このわたくしは助けませんでしたのね」
ローゼリアは悪態を付きながら、老婆の近くにいた。
老婆を守っていたスケルトン達を次々と破壊していったみたいだった。
「これだけの犠牲者を出したものですからね。当然、いつでもお覚悟は宜しいですわね?」
ローゼリアの言葉は冷たかった。
老婆の背後に回ったローゼリアは………………。
老婆の喉を刃物で何度も刺していき、その全身にも刃物を突き立てていた。老婆は不死の魔術によって肉体が死なない身体となっているのか、急所をいくら刺されても死ねずにいるみたいだった。それでもローゼリアは何度も何度も老婆を刺し、首を落とし、心臓をえぐり出し。ありとあらゆる殺人術によって、老婆をなぶるように刺し、刻んでいく。
老婆がようやく動かなくなったのは、半刻以上も経過した頃だった。
ローゼリアの全身は真っ赤に染まっていた。彼女は真っ赤なドレスを着ていた。
「さてと。このまだ死んでいない可能性があるので、お兄様に死体をお見せします。道中、生き返りそうでしたら。何度でも殺します」
そう言って、ローゼリアは何やら魔法の籠の中に、老婆の肉片を閉じ込めたみたいだった。
「あれが、不死の術を使った者の末路か。恐ろしいものだな…………」
リシュアはその光景をしばらくの間、眺めていた。
老婆の息が止まるまでスケルトン達は動き続けていたので、その間、ラベンダーが稲妻で片っ端から焼き砕き続けていたのだった…………。
辺りは真っ暗闇で、血と死の臭いばかりが漂っていた。
4
……災厄を再び招いてはならない。
「クソッ! 魔女も王子もあの青いドラゴンも見失ったっ!」
暗闇の坂道と呼ばれる場所を抜けて、ウィンド・ロードは部下の王宮魔法使いと共に二人を探していた。ウィンド・ロードは覚えている。災厄の魔女の笑い声を…………。
リシュア王子がこのままいけば、どれだけの重罪に問われるのか……。
「私はただ、ヘリアンサス国を救いたいだけなのに。何故、みな分からないのだっ!」
彼は叫んでいた。
配下の魔法使い達は、どう言葉をかけて良いのか分からなかった。
みなまだ若い。
魔女の事は伝承でしか知らない。
魔女の代に生きていた者達は、かつての魔女との戦争の事が分かっている筈だが、みな不死でも不老でもない為に次々と亡くなっていった。
記憶が戻れば、また国家は魔女の手によって壊滅状態に陥るかもしれない。
「何者かの手によって作為的に道を迷わされている。どうやっても我々が魔女のもとへたどり着けない魔法の仕掛けが施されているみたいだ」
ウィンド・ロードは項垂れる。
彼はここ何日もの間、憔悴し続けていた。
雨がぽつりぽつりと振り続けてくる。
空が稲光を発し、どんよりと暗くなっていった。
リシュア王子は王子としての自覚が余りにも足りな過ぎる。
この件で一体、どういう立場に追われるのかまるで分かっていない。
せめて、魔女が再び災厄をもたらす前にリシュア王子を連れ戻し、再び魔女を闇の森に閉じ込めなければならない。王宮のアークメイジ。魔法使い達の最高責任者は、ただただ状況が悪くならない事ばかりを祈るのだった。……………。
若い頃のウィンド・ロードは、魔女の姿を覚えている。
死体を弄び、白骨死体を動かしながら王都を蹂躙して周ったその姿を………………。
二度と、魔女の手によって、その悲劇を繰り返してはならない。
ウィンド・ロードはただそればかりを願って、これまで生き続けていた。
リシュア王子の事を思うと、胸が酷く痛い。
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