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吸血鬼アルデアルの城へ。 3


 その日はアルデアルの城で一夜を過ごした。


 真夜中の事だった。

 真っ赤なドレスを纏った少女が、合鍵で鍵を開けて、エシカの部屋に入り込んできた。

 少女は可愛らしいクマのぬいぐるみを手にしていた。

 少女と言っても、かなりの年数生きているのだろう。

 封印されて年齢を止められてしまった、エシカよりも年上である可能性だってある。


 薄い肉の色のような桃色の髪をしていた。


「貴方がエシカ。魔女様?」

 少女は訊ねる。


「そうですけど。貴方は?」


「わたくしは、アルデアル様の妹であるローゼリアと申します。以後、お見知りおきを」

 そう言うと、ローゼリアはうやうやしく頭を下げる。


「こんな夜中に何をしに?」


「さて。アルデアルお兄様から明日、伝えられる手筈でしたが、私の口から伝えます。よければ、この城から更に北に向かった場所に農村があります。けれど、その農村はある事件をきっかけに寂れてしまいました」


「ある事件ですか?」


「はい。とある死霊術師。いわゆるネクロマンシーを行っている人間の手によって、農村は白骨の幽鬼。スケルトンの軍団によって壊滅させられてしまったのです。そして村の人間達のスケルトンの仲間入りをしました。死霊術師が亡き後も、数十年以上にも渡り、その農村はスケルトンの巣窟と化しております。アルデアル様はあの通り、面倒臭がりの性格なので、それを放置しておりましたが。あなた方にスケルトンを掃討して貰おうと」

 ローゼリアは兄に似て、少しイタズラっぽい笑いを浮かべていた。


「路銀をくださるなら、リシュアさんはOKしてくださると思います」

「そうですか。じゃあ、このわたくしも付いていって宜しいですか?」

 ローゼリアはくすくすと笑う。


 ……多分、この少女の目的は、エシカ達の実力をその眼で見てみたいといった処なのだろう。ある種、望むところだった。



 翌日の昼頃。

 吸血鬼の御者が動かす馬車の中に、ローゼリアが混ざっていた。

 彼女は髪の毛をツインテールにしていた。

 ローゼリアは鼻歌を歌っている。


「おい。なんだよ、お前?」

 リシュアは露骨に嫌そうな顔をしていた。


「お兄様の領地を荒らす者達を成敗しなければなりません。貴方達だけでは不安ですから、わたくしも付いていきたい。それでは駄目なのでしょうか?」

 ローゼリアはきゃぴきゃぴとした態度だった。


 エシカはどう反応すればいいか困っていた。

 リシュアは露骨に嫌そうな顔をする。


「なんだよ、本当に。俺はアルデアルもノヴァリーもまだ全然、信用してないからな。お前はアルデアルの妹なんだろう?」


「ええ。いかにも、私はお兄様と共に何百年も生きてきました」

 ローゼリアは口元に指先を当てて笑う。


<おい。あの女、かなりの危険人物だからな。気を付けろ。四六時中、見張っていた方がいいぞ>

 ラベンダーは抑揚の無い声で、エシカに告げる。

 当然、ローゼリアにラベンダーからの悪口が聞こえていたみたいだった。


「このクソドラゴン。このわたくしに喧嘩を売っていらっしゃいますの?」


<ふん。伯爵の隣に佇まう令嬢が煩わしいな。貴様からは気品を何も感じないぞ。そうだな、貴様からは血の匂いばかりがする>

 ラベンダーは嫌味ったらしく言う。


「なんですの? この空飛ぶ青いトカゲの分際でっ!」


 しばらくの間、ローゼリアとラベンダーの二人は口論になっていた。


「とにかく、スケルトンの軍団を倒して、そろそろこの地からおさらばしような。ウィンド・ロードの追手達がやってくるかもしれないからな」

 リシュアは面倒臭そうな顔をしていた。

 宮廷魔法使いウィンド・ロード。

 リシュアは彼の事が苦手だった。

 保守的で国の秩序の全てを押し付けてくる男。

 闇の森で彼が痛い目にあった時は、正直、ざまあと内心思ったものだった。


 ……だが、兄貴達がどう動くかは分からない。それは懸念材料だよな。

 リシュアは思考を巡らせていた。

 ヘリアンサスにはしばらく戻れない。

 いや、もし戻ったとしたら、魔女を解き放った大罪で最悪、処刑されるか長い間、牢獄生活を強いられるかもしれない。そんな人生にならない事を願うが。


 加えて、ブルードラゴンのラベンダーの存在も、危険視されるだろう。

 更に、今は吸血鬼達と交友のようなものを結んでいる。


 ……何をどうやっても、俺は自国に戻れそうにないな。

 魔女との逃避行。

 それを行う事によって、これまでの人生を全て捨て去った事になる。

 考えても仕方ない。

 今はとにかく前に進むしかなかった。


 しばらくして、廃墟となった農村に辿り着いた。

 夕闇が迫っている。


 ローゼリアは懐から二本の刃物を取り出して、楽しそうに笑っていた。


「わたくしは血が見たかったのに、お相手はスケルトン。これでは楽しみが半減してしまいますけど、仕方が無いですわねえ」


 彼女は何か恐ろしい事を呟いていたが、リシュアは聞かなかった事にした。




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