ダンジョンの奥底を潜れば潜る程、やっかいなモンスターが増えてきた。
扉がトラップになっており、部屋に入ると地面が開いて下には大量のワニがいたり、壁や天井に偽装したカメレオンのような姿の猛獣がいたりした。
リシュアとエシカは各々の得意な魔法を使って、それらを払い除けた。
苔だらけの部屋に閉じ込められて、地面からぼこりぼこりと苔塗れのスケルトン達の兵士に襲われたりもした。彼らは剣や槍を持っていて、応戦が大変だった。
そんな途中、リシュアは右肩の辺りに深く怪我をした。
「大丈夫ですか? リシュア」
そう言ってエシカはリシュアの傷に触れる。
傷は見る見るうちに塞がっていく。
「そうか。回復魔法も使えるんだな、エシカは。万能に何でも出来るんだ」
「はいっ!」
今更ながらエシカの頼もしさにリシュアは気付く。
「さっき、足手纏いみたいな言い方をしてごめんな。本当にエシカは凄いよ」
リシュアは済まなそうに言う。
「いいえっ! 私、全然、気にしていませんっ!」
エシカは屈託の無い表情で笑った。
リシュアも笑った。
<それにしても、中々、最深部に辿り着かないな。本当に長くてやっかいなダンジョンだ>
ラベンダーはふうっ、と、溜め息を吐いた。
ラベンダーの溜め息は、小さな稲妻のブレスを伴っている。
それを見て、リシュアとエシカは少しおかしくて笑った。
「ラベンダーも愚痴らない! まだまだ長いかもしれないから、このダンジョンを楽しみましょうっ!」
エシカは本当に楽しそうな表情をしていた。
自分が他人の役に立っている、という事実が嬉しいのだろう。
ラベンダーは内心、苦笑していた。
確かにエシカは世界中を見て周りたいと言った。それにはこんな危険な冒険もしてみたいといった思いもあったのかもしれない。
三名は更に地下奥深くへと進んでいく。
大きな壁画のようなものがあった。
いよいよ、ダンジョンも終盤なのかもしれない。
ラベンダーは視力が良く、遠くのものを見る事が出来る。
壁画の下には、扉があり、おそらくは、このダンジョンで手に入れる予定だった宝箱が置かれている可能性が高い。
<気を付けろ。このダンジョンを守っている大物がこの辺りに巣食っているぞ>
ラベンダーは天井の辺りを見上げていた。
リシュアとエシカの二人も天井を見上げる。
そこには巨大な真っ黒な蜘蛛がいた。
口から無数の牙を出していた。
「いけるか? エシカ」
「はいっ!」
エシカは頷く。
リシュアも頷いた。
巨大蜘蛛は地面に倒れて、口から三名めがけて糸を吐こうとする。
それよりも素早く、エシカは炎の魔法を放ち、リシュアは光の魔法を放ち、ラベンダーは稲妻の吐息を放っていた。巨大蜘蛛は反撃する暇もなく、そのまま地面に崩れ落ちる。
「やっつけましたねっ!」
エシカははしゃいでいた。
「ああ。このダンジョンのボスモンスターみたいなものかな?」
リシュアもはしゃいでいた。
ラベンダーは奥の扉を見ていた。
<一応。罠が仕込まれているから気を付けろ。いや、俺が除去しておく>
ラベンダーはそう言うと、罠が発動する装置を破壊した。
扉が開く。
中には宝箱が入っていた。
リシュアは扉の中に入って、宝箱を開ける。
アルデアルの城の紋章が描かれた宝石箱が宝箱の中に入っていた。
リシュアは宝石箱の方も開けてみる。
すると、中には、小さな指輪が入っていた。
形状からして結婚指輪のようだった。
「これがアルデアルのお宝か?」
リシュアは首を傾げる。
「きっと大切なものとして、此処に保管していたのでしょう。早くアルデアルさんに届けましょう」
「そうだな。俺達が無事戻ってきただけで奴は驚くかもしれないな」
そしてこのダンジョンを生きて戻らなければならないと考えると、二人はどっと疲れた顔をしていた。
<おい。何をしている。もたもたしていると、魔物達がこちらにやってくる可能性が高いぞ。休んでいる暇なんて無いかもしれないぞ>
ラベンダーは無情な言葉を放つ。
「いや。お前はいつも飄々と飛んでいるだけでいいかもしれないけどさ。俺達は疲れ切っているんだよ」
リシュアは反論する。
<なら、此処で野営でもするか? 食えるものがあればいいんだけどな。それに飲み水も欲しい>
リシュアとエシカは顔を見合わせて息を飲む。
蜘蛛の死体が転がり、先ほどはスケルトンに襲われた。
こんな場所、一刻も早く去りたかった。
2
「ありがとう。これは俺の婚約者の形見の指輪だ」
アルデアルは嬉しそうな顔をして宝石箱を受け取り、中に入っているものを確かめていた。
「婚約者、ですか?」
エシカはきょとんとした顔をする。
「もう百年くらい前に亡くなっている。人間の女だった。短い生涯だったな。人間の女というものは本当に生涯が短い。彼女は我ら吸血鬼の眷属になる事を最後まで拒んでいた。ヴァンパイアとして生きていく事。それは実に長い長い旅路のようなものだからな」
アルデアルはワインを手にしながら、窓の外の景色を眺めていた。
霧が濃く森を漂っていた。
「人と吸血鬼の寿命はまるで違う。だから、俺は彼女に沢山の贈り物をした。彼女も貧乏人なりに、俺に沢山の贈り物をしてくれた。それは長い時間のようなものだった。永遠の時間を過ごしているような気さえした。もし生まれ変われるのなら、彼女はヴァンパイアになりたいと言った。俺は人間になりたいと言った。……馬鹿な女だ。俺は彼女をヴァンパイアに変える事が出来たのに。だが、他人によってヴァンパイアになった者は、血を与えられた者の従者として生きる事になる。それは本物の愛なのか、と。それが納得出来なかったのだろう。彼女は人間として生涯を終えた」
アルデアルはワインを飲み干した。
「ヴァンパイアから人間になる事は出来ない。俺は人間として生きたかったのかもしれない。彼女と人生を共にしたかった。お前ら、俺が馬鹿みたいだと思うか?」
アルデアルは窓の向こうを見ながら、振り返らず三名に訊ねる。
もしかすると、彼は涙を流しているのかもしれない。
「馬鹿みたいとは思わない。俺だって大切な人間の為に人生を賭けられる」
リシュアはぽつりと言った。
「そうか」
アルデアルは笑っているような気がした。
金髪に髪を逆立てた吸血鬼は、振り返る。
「エシカ。魔女よ。よければ、俺の伴侶になってくれないか? 人間として生きるも良し、吸血鬼となり、長い人生を生きるのも良いだろう。俺は災厄の魔女が封印から解かれたと聞いて、自分の伴侶にしたいと考えていた。長い刻を共に生きないか?」
アルデアルは冗談とも、真剣とも取れる、何とも言えない抑揚の口調で、リシュアの眼の前でエシカを口説くのだった。
「おい。エシカに手を出すなよ」
リシュアがエシカの前に立ちはだかる。
「ほう? お前は魔女の“何”だ?」
アルデアルは少しイタズラっぽい口調で訊ねた。
「俺は……………その…………」
リシュアは返答に困っているみたいだった。
アルデアルはそんな二人を見て、何故か嬉しそうな顔をしていた。
「そうか。お前は魔女の“騎士”なんだな。せいぜいお姫様を守ってやれよ、でないと」
アルデアルは力強くリシュアを押しのける。
そして、無理やり、エシカの右の掌に接吻する。
「こうなるぞ?」
アルデアルは笑った。
「お前、エシカに何をしたっ!?」
「何もしてないよ。淑女の掌に接吻をしただけだ。吸血鬼に変えたわけでも、他の特殊な魔法をかけたわけでもない。だが騎士殿、貴殿は油断大敵だという事だ」
そう言うと、アルデアルは自らの寝室へと向かっていった。