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吸血鬼アルデアルの城へ。 1


 ノヴァリーから紹介状を貰い、エシカ達は辺境に住む吸血鬼アルデアルからの依頼を受けるように言われた。アルデアルは偏屈な吸血鬼であり、使用人の少ない屋敷で人間を毛嫌いして生きているそうだ。

 アルデアルの氷のように閉ざされた心を溶かしてくれないか、と、吸血鬼の領主から言われた。

 森の中を幌馬車で移動しながら、リシュアは寝転がって小さく溜め息を付いた。


「なんか、吸血鬼のおっさんの使いっぱしりにされちまったなあ」

 リシュアは大あくびをする。

「使い走りって……………。ノヴァリーさんは結構いい人ですよ」

 エシカは言ってから、城の地下室の事を思い出す。

 そして、彼から言い寄られた事も。

 ノヴァリーは白い顔の端正な美形だ。だが、どうしても信用ならない処は幾つもある。


「エシカも。本音ではあいつが良い奴かどうかって疑っているだろ」

「リシュアさん。私の心、見えます?」

「お前が嘘を付く時の表情って何となくわかるよ」

 リシュアはそう言いながら、まるで子供みたいに不貞寝する。


<そうだな。ノヴァリーは油断ならない。俺も奴の行動は警戒しておく事にする>

 ラベンダーまでそんな事を言い出す。


 ……確かに彼を全面的に信用しちゃいけないなあ。

 エシカも考えを改めるのだった。


 しばらくして、小さな城のようなものが見えてきた。

 エトワールの街から少し離れた場所だ。

 この城の中に別の吸血鬼が住んでいるのだろうか。

 爵位のような地位としては伯爵に相当する人物だが、権力に殆ど興味が無い男。同胞の吸血鬼との交流さえ最小限に抑えている男だと聞かされている。


 やがて城の門の前に辿り着いた。

 御者は三名を降ろす。


 城門の兵士の吸血鬼達にエシカは紹介状を見せる。


「ノヴァリー様からの紹介状ですか。しかし、アルデアル様が受け取ってくださるかどうか」

 兵士は困惑した表情をしていた。

「いや、ひとまず客人は入れなければならない。お二人を入れましょう」

 別の兵士が告げる。


 そうして三名は、新たな吸血鬼の城の中へと入った。


 城の中にいた執事から道を案内され、三名は謁見の間へと辿り着く。

 そこには、金髪の真っ赤な衣服を身に纏った少しノヴァリーよりも若そうな青年が椅子に座っていた。ノヴァリーよりも若いといっても、数百年くらいは生きているのだろうが。


「こいつらが客人か」

 アルデアルは招待状を開いて目を通す。


「暖炉にくべておけ」

 そう言って、吸血鬼の伯爵は執事に手紙を渡した。


「…………。あの私達はどうすれば?」

 エシカは困った顔をしていた。

「お前はかの有名な“災厄の魔女”だろう? ヘリアンサス国の領地である闇の森の中に封じ込められていた魔女」

 アルデアルはあまり興味無さそうな表情をしていた。


「ノヴァリーは気に入らないが。災厄の魔女。そしてヘリアンサスの王子。俺はお前達に興味が湧いた。路銀は渡すから、一つ頼まれごとをしてくれないか?」

 アルデアルは脚を組みながら二人に訊ねる。


「それはなんでしょうか?」

 リシュアは顔を上げる。


「此処から北東にあるダンジョンの地下へと潜って、宝石箱を取ってきて欲しい。この城の紋章が象られている宝石箱で、ダンジョンの最奥にある筈だ。頼まれてくれるか?」


「それでしたら」

 リシュアは頷く。


「中には恐ろしいモンスターが徘徊しているが、大丈夫か?」

 アルデアルは怪訝そうに訊ねる。


<俺らのパーティーの中には、災厄の魔女がいるんだぞ。ある程度の事は大丈夫だろう>

 ラベンダーが口を挟んだ。


「ほう。ブルードラゴンか。珍しいな。人語も話せるんだな。まあいい。頼まれてくれ」


 そうして話はまとまった。

 その夜はアルデアルの城で、簡素な食事を口にする事になった。

 ノヴァリーは豪勢に食事を振舞ってくれたが、アルデアルの場合は簡素なものだった。彼自身、あまり食に頓着していないみたいだった。



 そして次の日、三名はダンジョンの最奥へと潜る事になった。

 吸血鬼の御者が馬を動かす馬車に揺られながら、三名はダンジョンへと向かう。

 アルデアルの城へ向かう途中の馬車の御者は人間だったが、このダンジョンに向かう途中の御者は吸血鬼の御者とバトンタッチしたみたいだった。それだけダンジョン近辺には人間が近付いてはいけない場所という事なのだろう。


「どんなダンジョンだと思う?」

 リシュアはラベンダーに訊ねる。


<吸血鬼の伯爵が面倒事を避けて、放置しているダンジョンなんだろう? それなりに危険度が高いだろ。気を抜いたらすぐに命を落とすかもしれないな>

 ラベンダーは淡々と言った。


「ちょっと、ラベンダーさん、脅かすのはやめてくださいよう…………」

 エシカは半泣きになる。


「いや。脅かしてないと思う。確かにそれなりに危険なダンジョンなんだろ。エシカ、お前一人だけダンジョンの前で待っておいてもいいんだぞ?」

 リシュアは胡坐をかきながら、短剣の手入れをしていた。


「私は足手纏いになりませんっ! ちゃんと戦えますっ!」

 エシカは少し怒る。

 だが、盗賊団の一件があった。エシカはしっかり足手纏いになった。最終的にエシカの力で盗賊達を退けたとはいえ、あれはリシュアとラベンダーの二人がいれば充分だったのではないか。


「でもまあ。エシカも人間相手じゃなかったら、魔法を盛大に使えるよな?」

 リシュアは訊ねる。


「はいっ! 魔物相手でしたら…………」

「魔物相手でも情けをかけようとしたりするなよ? とにかく、俺達の命が危なくなるんだからな」

 リシュアはまだ少し納得していないみたいだった。


 そんな風に軽く言い争いをしている間に、馬車はダンジョンの入り口に辿り着いたみたいだった。

 御者は入り口の方で待っていると言って、幌の中へと入った。


 ダンジョンの中を覗いてみると自然のものというよりも、人の手で作られた形跡があった。御者に訊ねてみると、昔、地下要塞として作られた場所を放置していたら、そのまま魔物の住み家になったらしい。当時の吸血鬼達は魔物を飼う趣味があって、その魔物が解き放たれて野生化しているとも聞かされた。


 リシュアは注意深くダンジョンの入り口を眺めていた。

 罠が存在しないか。

 モンスターが入ってくる人間を襲おうとしていないか。


<大丈夫そうか?>

 ラベンダーは訊ねる。


「ああ。入っても大丈夫そうだ」


リシュアを先頭にダンジョンの奥へと進んでいく。

 最初に現れたのは、半透明な肉の塊のような怪物だった。ウーズ系のモンスターだろう。捕らえられると肉まで溶かすタイプの怪物だ。三名はなるべく刺激しないようにやり過ごす。


「やっかいなモンスターが多そうだな。エシカ、ああいうのには攻撃魔法を撃ち込めるか?」

 リシュアは訊ねる。

「はいっ! 意思疎通の出来ない魔物でしたら」

 エシカは頷く。


 出入口の通路を塞いでいる赤い液体の怪物がいた。

 エシカはその怪物の全身に向けて、炎の魔法を放った。

 怪物は見る見るうちに焼け焦げて炭へと変わっていった。

 怪物の塞いでいた通路を潜り抜けると、地下へと続く階段があった。


 そうして、しばらくの間はエシカの魔法に頼って三名は通路を進んでいった。


 困った事になったのは、大きな吊り橋に辿り着いた時だった。

 吊り橋の下には、血肉を溶かす液体の怪物達でひしめいている。


 その中に、巨大な海の魔物であるクラーケンの姿をした怪物が紛れ込んでいた。大きなタコのような形状をしているが、液体怪物の一種であるらしくて、触れたら肉を溶かすタイプだろう。巨大な触手を吊り橋に絡み付かせていた。


<俺がやろうか?>

 ラベンダーは事も無げに言う。

「いや、俺が…………。って言いたい処だけど。確かにさすがに大き過ぎるモンスターだな。俺の光の刃や矢でどうこう出来るものじゃないな」


<ああ。俺がやる>

 ラベンダーは無造作に吊り橋の辺りへと飛んでいく。

 真下から何本も巨大な真っ赤な触手がラベンダーに襲い掛かる。

 ラベンダーは全身から稲光を放っていた。

 それは巨大な雷そのもので、ラベンダー自体が一筋の稲妻へと変化したみたいだった。あっという間に、クラーケンの姿をした怪物も、液体状の怪物達も蒸発していく。


 がらり、と、吊り橋が千切れ、落下していく。


 ラベンダーは二人の方へと戻ってくる。


<すまん。吊り橋ごと焼いてしまった。俺が巨大化するから、俺の背中に乗ってくれ。此処を通らないと前に進めないだろ>


 リシュアとエシカはくすくすと笑い声を上げていた。

 ラベンダーは罰の悪そうな顔をしていた。



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