5
下品を絵に描いた髭面の男達に、エシカは拘束されて捕まっていた。
リシュアは砦の中で、エシカをどう助けようか悩んでいた。
見た処、盗賊達の動きは素人そのものだ。
正直、何とでも対応出来そうだ。
だが、問題はエシカ…………。
魔女は見る影もなく、鎖でぐるぐる巻きにされて拘束されていた。
……あれで、本当に災厄の魔女かよ。
盗賊達は下品な口調で会話しながら、近くにいた首領らしき男と話をしていた。
全身を真っ黒なローブで覆っている。
頭もフードですっぽりと被っている。
見るからに怪しげな黒魔術師といった感じだった。
おそらく、あのローブの男が、魔法人形使いだろう。
実際に、彼の周囲には手に手に武器を持った魔法人形が立っていた。
「この女を囮にして、俺達は逃げおおせる事が出来ますねっ!」
髭面の男達は叫んでいた。
「まだ分からん。この女の人質としての価値がどれくらいのものなのか」
ローブの男は慎重な声音で言う。
「え。まさか、人質を無視して突っ込んでくる事ってあります?」
髭面の男がきょとんとした顔をしていた。
「いきなりドラゴンの襲撃だぞ。連中は何をやってくるか分からない。それよりも、今、持っている活動資金を持てるだけ持って逃げるのが得策だろ」
ローブの男は大きく溜め息を付いた。
「せっかく葡萄畑を荒らして、別の街に高値で売りさばくって商売が成り立っていたのになあ。畜生。本当に災難だ」
ローブの男はエシカをどうしようか考え悩んでいるみたいだった。
リシュアの判断は早かった。
彼は短剣をローブの男に向ける。
光の刃が生まれる。
光の刃を矢のように飛ばして、ローブの男を倒す決心をしていた。かくして、光の矢は放たれていき、ローブの男の頭部を吹き飛ばそうとしていた。
だが、矢が命中しようとした瞬間だった。
バシィ、と、ローブの男の眼の前で光の矢が消える。
……奇襲に失敗した。
リシュアは観念して、隠れた場所から出ようと考えたが。偶然、防がれた事も考えた。リシュアは次々と光の矢、光の刃を飛ばしていく。全て黒尽くめのローブの男の手によって弾き飛ばされていく。
「隠れていないで出てこい。光の魔法使い。俺の身体には防御魔法が施されているんだ」
エシカの喉元に髭面の男がナイフを向ける。
リシュアは観念して、隠れている場所から出る事にする。高い場所に隠れていたので、跳躍して二人の前に現れた。
「さあ。これでいいだろ? 俺が人質になるから、彼女を離せっ!」
リシュアは叫ぶ。
「命令口調が気に入らないなあ。その口を裂いてやろうか?」
ローブの男は短刀を手にして、リシュアへと向けた。
絶体絶命だった。
リシュアは拘束されたままだ。このまま、どうする事も出来なかった。
†
エシカの瞳に涙が浮かんだ。
このままだと、リシュアが酷い目に合わされてしまう。そう考えると心が苦しみでいっぱいになった。苦しみでいっぱいになると、何故か記憶のようなものが溢れ返ってきた。かつて焔によって街々を焼いた。沢山の人々が焼け死んだ。
エシカは自分自身の背中を見ていた。
炎を手にして、人々を焼く力が欲しかった。
彼女は眼を閉じた。
そしてひたすらに祈った。リシュアが助かるようにと。
そして次の瞬間の事だ。
悲鳴が上がっていた。
リシュアの悲鳴じゃない。
盗賊達の悲鳴だった。
気付けば、エシカの鎖は千切れていた。
そして、顎鬚の男とローブの男の全身が燃え上がっていた。
リシュアは呆然としながら、焼かれ続ける二人を眺めていた。
鎖が解かれたエシカを抱き締めてリシュアは叫んだ。
「エシカ、良かった! とにかくこの場所から逃げようっ! 自警団がもうすぐ到着する筈だっ!」
エシカを拘束していた盗賊達は気絶していた。
彼らの身体には火傷一つ付いていなかった。
どうやら、幻影の炎みたいだった。
ただ、炎に焼かれる苦痛を盗賊達はしっかり味わっているみたいだった。
†
かくして、葡萄畑を荒らし回っていた盗賊達はお縄になった。
エシカとリシュアの計らいで彼らは死罪が免れたものの、それでも厳重な罰を受ける事になるだろう。
「お嬢ちゃん。鎖でぐるぐる巻きにされたんだってね。怖かったでしょう?」
街の何も知らない老人は、エシカに優しくそう訊ねた。
「え、ええ。でも、怖くはなかったです。きっと助けてくれる人がいると思いましたから」
エシカはそう言いながら、リシュアとラベンダーの方を見る。
そして、三名は一つの街を救った。
救ったと言っても、葡萄畑を荒らした犯人を捕らえただけだが。
「それでも立派な人助けだよ。“災厄の魔女”としての罪をまた償った事になると思う」
リシュアはそうエシカを励ます。
<そう言えば、ノヴァリーからまた仕事の依頼があったぞ>
「またかよ…………。でも旅の路銀稼ぎにはいいんだよな」
リシュアはまんざらでもなさそうな顔をする。
真っ赤な葡萄酒のワインを手にして、薄ら笑いを浮かべているノヴァリーの顔を想い出す。彼は本当は何を考えているのか分からない。もしかすると油断ならない相手かもしれない。リシュアとラベンダーはそう考えていた。
エシカは自らの掌を眺めていた。
力が戻った時……記憶が戻った時…………自分は再び、災厄の魔女としての力を振るうのだろうか。この街を焼いてしまうのだろうか。
エシカは、ただ、そればかりが怖かった。
「あんまり、深く考えない方がいいぞ」
リシュアはエシカの考えを察したのか、そう告げる。
「そうですね」
エシカは笑った。
リシュアもラベンダーも笑っていた。