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吸血鬼の領土、エトワール 4


 湖畔の怪物達の洗礼を再び受けて、三名はようやくエトワールの街の岸へと辿り着く。


「ほんと、心臓に悪いよな」

 リシュアはうんざりした顔をしていた。

 ただ、成功報酬としてそれなりの旅の路銀が貰えるらしい。

 口では色々言っているが、リシュアはそこそこに乗り気でいた。


 ラベンダーは何か考え事をしているみたいだが、口にはしなかった。

 もしかすると、今日の晩飯は何なのかとか、そんな他愛の無い事を彼は考えているのかもしれない。エシカにはラベンダーの思考がよく分からない。


 よく荒らされている葡萄畑は、エハンスという青年が案内してくれた。


「あんたら、魔法が使えるんだって? ほんと頼もしい限りだよ。吸血鬼様達は動いてくれなかったしさあ」

 エハンスは少し軽薄そうな青年だったが、農民といった感じの人間でそれ程、不快な印象は受けなかった。


「それにしても、魔法人形なんてすぐに出てくるのか?」

 リシュアが訊ねる。

「どうだろうな。月に一、二度しか現れない場合もあるし、週に三回も現れた事もある」

「偶然、お会いするしかないって事か。まったく吸血鬼の領主様は人が悪いなあ」

 そうリシュアは悪態を付く。

 一向に現れなければ、このエトワールの街でずっと過ごす事になる。

 シャイン・ブリッジと違って、狼男が人を喰らうといった話が出たりはしないが、どうにもリシュアは何かこの街に閉じ込められたような気分になった。

「下手すると、一ヵ月くらい待ち続けるしかないのか…………」

 街の滞在費を考えると、吸血鬼の領主からの報酬は少ないのかもしれない。

 後でもう一度、交渉してみようかと考えていた。


「ただ、出てくる日って、ある意味で言うと、限られているんだ」

「そうなのか?」

 お気楽そうな顔のエハンスに対して、リシュアは懐疑心の眼で見る。


「よそ者が来た時だよ。まるで、よそ者が何者なのか吟味するように、必ずといっていい程、魔法人形達は畑に現れる。そういう習性でも持っているようにな。だから、今回、多分、現れると思うんだよね」


「成程。俺達はどう考えてもよそ者だもんな」

 そう言いながら、四名は葡萄畑へと向かった。

 綺麗な真っ赤な葡萄畑だった。

 まるでそれ自体が完成された絵画のようにリシュアには映った。


 そして、しばらくの間、四名は身を隠しながら葡萄畑の方を眺めていた。

 一時間。二時間。三時間…………。

 次第に空の太陽は傾いていく。


 次第に日が暮れていく。

 リシュアもエシカも、うつらうつらと寝ていたその時だった。


「現れたよ」

 エハンスが告げる。


 人型をした魔法で作られた人形。

 手には、草刈り鎌などを付けていた。

 無数のカカシの群れが現れて、葡萄を刈り取っていった。


 リシュアは動くのが早かった。

 懐から取り出した短剣で、次々とカカシ達の腕や頭を切り裂いていく。途中、彼の祖国ヘリアンサスに伝わる光の魔法が放たれる。カカシ達の身体は光に焼かれ、爆発していく。ラベンダーの方も容赦しなかった。ラベンダーは口腔や掌から稲妻を発しながら、カカシ達を攻撃していく。


 カカシの一体がエシカへと襲い掛かろうとする。

 バシッという音と共に、カカシの草刈り鎌は吹き飛んだ。

 リシュアの放った光の魔法だった。


「大丈夫か? エシカ?」

 リシュアは叫ぶ。

「は、はいっ! 怪我一つ御座いませんっ!」

「そうか。良かった。じゃあ、走れるな?」

 リシュアは逃げていくカカシの残党達を見ていた。

 エシカは頷き、リシュアの後を追って走り続けた。



 カカシ達のいる本拠地は、砦のような処だった。

 畑荒らしは複数名いるのか、そこはまるで迷宮のように入り組んでいる場所だった。


「さてと。本当にどうしたものかって感じだな」

 リシュアは軽く溜め息を付く。

「一度戻って態勢を立て直しますか?」

 エシカは訊ねる。

「いや。多分、盗賊団か何かだろう。逃げられたら困る。全員、此処で捕縛させて貰うよ」

 リシュアは慎重に砦の入り口を眺めていた。


 大鎌のようなものが、くるりくるりと、柱時計のように回っていた。


「やっぱり、罠だらけだよな。本当にどうしようか…………」

 リシュアは小さく溜め息を付く。


<俺が何とかする>

 ラベンダーは巨大化していく。

 マスコットや小動物のように小さいドラゴンの姿から、巨大な体躯の立派なドラゴンの姿へとラベンダーは変わる。ラベンダーは全身から稲妻を放電していた。


 ラベンダーの姿を見て恐れをなしたのか、砦の中から次々と盗賊と思われる者達が現れた。ドラゴンを見て、みな、悲鳴を上げている。


<一人残らず稲妻で焼き払ってやるよ>

 ラベンダーは告げる。


「ラベンダーさん…………。出来れば生け捕りにっ!」

 エシカはおどおどと言う。

 エハンスは初めて巨大なドラゴンの姿を見たのか、息を飲んでただただ立ち尽くしているだけだった。


 ラベンダーはまったく容赦をしなかった。

 砦の頂上付近まで飛んでいき、雷撃を口から放ち続ける。

 砦の外壁が次々と爆撃されていき、中からは阿鼻叫喚の悲鳴が上がっていた。


<おい。エハンスと言ったな。街の自警団を集めてこい。この俺がさっさと終わらせてやる>

 言いながらも、ラベンダーは前脚などで砦を破壊して回っていた。

 盗賊達にとっては、ドラゴンの襲撃を受けるなどまるで夢にも思わなかったのだろう。ただただなすすべもなく、情けなく降伏して出てくる者達もいた。

 そんな様子で、首尾よく物事が終わりそうになった時だった。

 砦の穴の中から、長い鎖が飛び出してくる。

 巨大なカギ爪のようなものが尖端に付いていた。

 カギ爪はエシカの身体をつかむと、中へと戻っていった。

 それを見て、リシュアも短剣を構えながら砦のその穴へと入っていった。


<おい。エシカ。足手纏いじゃねぇーか。困った女だなあ、ウチの姫様は>

 ラベンダーは呆れた口調で砦への攻撃を止めた。


<人質が出来たら、迂闊に攻撃出来ねぇじゃねぇか。ったく>

 このドラゴンは、本当に少し乱暴な人間の青年みたいな口調で喋る。

 エハンスはどう返したら困っていた。


「あの…………街の自警団は呼んだんですが……………」


<後は自警団に任せるか。ったく、あからさまに罠なのに、リシュアも入りやがって。いつも通り、俺はあいつらの保護者じゃねーか>

 ドラゴンは悪態を付き続けていた。

 そして、その巨大な体躯を見る見るうちに小さくしていく。


<ふう。これで自警団の連中も俺を見て怯えないだろ。まったく、周りに気を使うって本当に大変だな>

 青いドラゴンは小さく溜め息を付いた。


 エハンスはただただ、このブルードラゴンの様子に唖然とした表情をするしかなかった。



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