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吸血鬼の領土、エトワール 3


 吸血鬼の城の中は、不思議なお香が焚かれている。

 まるで人を魅了し、幻惑の世界に誘うかのようだった。

 エシカは数々の調度品を見ながら城の中を回っていた。

 魔女狩りの恐ろしい絵画から、湖畔や農場を描いた美しい絵まで様々な絵が飾られている。幻想的な絵画、抽象的な絵画。前衛芸術的な絵画など様々だ。そう言えば、吸血鬼は美を重んじるのだと聞いた事がある。


 ……確かにこの城を見るのは、一見の価値があるわね。

 エシカは少しうきうきとしながら、城の中を眺めていた。

 気付けば、リシュアともラベンダーとも離れてしまっている。


 ふと、地下へと続く階段のようなものを見つけた。


 階段の前にはドレスを纏った貴婦人の肖像画が立て掛けられていた。

“災厄の魔女”。

 それはエシカの肖像画だった。

 きっと、かつてのエシカの肖像画なのだろう。その女の表情は禍々しく歪み、背景は炎に包まれていた。エシカは息を飲む。かつての自分が描かれている。ノヴァリーはそんな絵画も飾り付けている。


 エシカは肖像画が飾られている地下室の階段を降りていく。

 この地下室には、一体、何があるのだろうか。


 エシカは地下室にあるものの数々を見て、悲鳴を上げた。


 そこには真っ赤に染まった拷問道具や処刑道具などが陳列されている。

 何者かを閉じ込めていた形跡のある牢獄もあった。


 ……ひっ!


 エシカは慌てて、この場から立ち去ろうとする。


「どうしたのです? エシカ様」

 耳元で、あの吸血鬼の領主の声が聞こえた。


 振り向くと、ノヴァリーの端正な顔があった。

 そのままノヴァリーはエシカを壁際に抑え込む。


「貴方が災厄の魔女、エシカですか。改めて見ると、やはり美しい顔をしている。その瞳を見ると、この私までも破滅に追いやられてしまいそうだ…………」

 ノヴァリーはうっとりとした表情で、エシカの瞳を眺めていた。


「あ、あの、ノ、ノヴァリー、様……………?」

 エシカはそれだけ口にするのが精いっぱいだった。


「エシカ様。災厄の魔女様。私は貴方の事は肖像画でしか知らない。一目、貴方を見て、貴方に恋い焦がれておりました。エシカ様。どうか、私と婚約いたしませんか?」

 吸血鬼の領主は、とんでもない事を口にする。


「その…………。それはちょっと………………」

 エシカは突然の出来事に、頭が追い付かなかった。

 大体、エシカはリシュアの事が…………。


「ああ。ヘリアンサス国の王子の事でしたら、彼には何も危害を加えませんよ。貴方の大切な御人ですからねえ」

 ノヴァリーはちらりと、地下牢の拷問器具を眺める。


「ただし、貴方が私の望みを、無碍にされるのでしたら。話は別です。この私にも考えがあります。貴方の大切な御方を死なない程度に、とても辛い処遇を受けて貰う事は造作もない事なのですよ」

 彼はまるで自身に酔いしれているように話し続ける。


 エシカは困り果ててしまった。

 この時にブルードラゴンのラベンダーがいたのなら、容赦なくブレスの攻撃でこの男を払い除けたのだろうが。あいにく、ラベンダーはすぐ近くにはいない。


「か、考える。お時間をいただけませんか?」

 エシカは何とか、それだけを口にした。

「考える時間ですか。確かにそうですね。今日会った男性にいきなり求婚の申し出をされては乙女としては困るもの。当たり前です。では、今日の処は私は自らの玉座に戻るとします。良い返事が返ってくるのをお待ちしておりますよ」

 そう言うと、まるでノヴァリーは霧のように全身が消えていった。


 エシカは茫然自失の表情で、地下の拷問器具を眺めていた。

 人間を痛め付けるには充分過ぎる酷い道具の数々だ。

 エシカは頭を悩ませた。



「君達に依頼したい事があるんだ」

 翌朝、エシカとリシュア。そしてラベンダーはノヴァリーからそんな事を言われた。


「エトワールの葡萄畑を荒らす者達がいる。葡萄畑は街の要だ。私直々に行くわけにもいかない。それに街には吸血鬼を可能な限りよこさないようにしている。共生は大切だからね」


「吸血鬼が街の害獣駆除をしたら駄目なのか?」

 リシュアは首を傾げる。


「狼男達とは違い、私はその辺りの分別を弁えているつもりだよ。人間達とは適切な距離を置いて共存した方がいい。それがあるからこそ、我々と街の住民達はやっていけているんだ」


「そうなのか。でも、畑を荒らすのは獣とかなんだろ?」


「それが違うんだよ。“魔法人形”だ」


「魔法人形?」

 リシュアはますますいぶかし気な表情をしていた。


 何でも数年前から畑を荒らすカカシ姿の魔力が困られた自動的に動く人形が現れるらしい。人形達はワインに使われる葡萄を大量に籠の中に放り込んだ後、何処かへと行ってしまうそうだ。明らかに知性のある何者かの行動だろう。葡萄は別の場所で売りさばかれていると街の者達は考えている。ノヴァリー達は人間の街の揉め事に干渉する事が出来ない。だが街の者達が困っている様子を見ているだけというのも嫌だという事だった。


「それで人間であり、旅人である、君達に動いて欲しいんだ。畑を荒らす奴を退治して欲しい。可能なら、魔法人形を操っている奴を探し当てて、街の役場に突き出して欲しいんだ」


「それなら、まあいいけど」

 リシュアは頷く。

<良かったな。エシカ。人助けが出来るぞ>

 ラベンダーが楽しそうに笑った。


「じゃあ、さっそく、エトワールに戻って、葡萄畑を荒らす輩を退治して貰おうか」

 ノヴァリーは薄ら笑いを浮かべながら、エシカの方を眺めていた。

 エシカは、昨日受けた彼からのアプローチで夜、殆ど眠れなかった。

 もちろん、仲間の二人にも相談出来ない。

 どうするべきかと、そればかりが頭がいっぱいになっていた。



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