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吸血鬼の領土、エトワール 1


 エシカとリシュアの二人は、旅の馬車に乗っていた。

 そして次の街に辿り着く。

 その街の名は『エトワール』。

 何処かの国の名で星を意味する単語だった。

 星の意味を持っている割には、湖が綺麗な街だった。


<なんとか辿り着いたな>

 ラベンダーはばたばたと翼をはためかせながら言う。

 エシカとリシュア、二人共、安心した表情になる。

 今の処、追っ手の姿も見当たらない。

 しばらくの路銀はある、この街で過ごそうかと思う。


「そう言えば、御者から聞いたんだけど。この街は吸血鬼の城があるらしいな」

 リシュアは息を飲む。

 エシカは少し困惑した顔をする。


 吸血鬼。

 ヴァンパイアとも呼ばれている。

 闇の森には余り存在しなかった。

 一体、どのような者達なのだろうか。

 よく鬼火<ウィスプ>のセージがその生態を語って聞かせてくれた。


「吸血鬼って物凄い怖しいものだと私は聞かされています」

 エシカは告げる。

「俺もそう聞かれている。とても野蛮な存在なのだと……………」

 リシュアは口ごもる。

 伝承によると、吸血鬼は人の生き血を啜り、生き血を吸われた人間は吸血鬼の奴隷として仕える事になるのだと聞く。そしてあろう事か、人狼のように、吸血鬼の中には人の肉を喰らう者も存在するのだと聞かされている。


「恐ろしい存在なのですね…………」

 エシカは告げる。


「そうだな。次の街、エトワールだけど。吸血鬼の手によって支配されてなければいいのだけどな」

 リシュアは小さく溜め息を付く。


 やがて小一時間程経過して、二人と一匹はエトワールへと辿り着いた。美しい湖畔が見える。霧がぼんやりと広がっていた。まるで霧自体が一つの怪物のようにさえ思った。エシカはぼんやりと霧のたゆたう湖畔を眺めていた。


「何を考えているんだい?」

 リシュアはエシカに訊ねる。

「私の……記憶の事です……………。何か想い出せそうな気がしたんです…………」

 エシカはそう呟く。

「そうか。何か想い出せそうなんだな」

 リシュアもぼんやりと、湖畔の方を眺めていた。

 湖畔からは、何か巨大な生き物でも現れそうな雰囲気があった。それくらいに圧倒される。

 リシュアはぽん、と、エシカの肩を叩く。

「まあ、何にしても、無理に記憶を想い出そうとしなくてもいいと思うぜ。もしかすると、エシカ。お前にとって辛い記憶なのかもしれない。だからさ、今は前を向こう」

 リシュアはそう朗らかに笑った。

 エシカは罪人だ。

 彼女はかつて沢山の人間を殺した。

 その過去は決して消えはしないだろう。

 贖罪の旅といっても、一体、何をどうすればいいのだろうか。エシカにはまだ何も分からない。『シャイン・ブリッジ』の街では、狼男達を倒した。それで街の人間達は救われた。けれど、狼男のリーダー的存在であるフェザーは自分達は人間を喰らわなければいけないような存在だと主張していた。本能のままに人を喰らう生き物。やはり、人間と化け物は共存出来ないのだろうか。


 ラベンダーの方を見る。

 彼は楽しそうに、リシュアとどうでもいい話に花を咲かせていた。


 ……私は魔物として扱われてきた。だから魔物も救いたい。

 きっと、まだ答えは出ないのだろう。

 エシカはリシュア達の後に続いて、エトワールの街へと入る事にした。衛兵達は二人を見て快く通してくれた。



「ああ。ノヴァリー様のお城なら、あの湖の向こうにあるよ」

 街の若者の一人に訊ねると、若者は湖畔の向こうを指差した。

 確かに巨大な城がある。


「吸血鬼って、怖くないのか?」

 リシュアは訊ねる。


「怖い? よく分からないな。ノヴァリー様は俺達の街、エトワールを助けてくれて。食料なんかも配ってくれるんだぜ。パンとかワインとかさ。俺達にとっては本当に良い領主様なんだよ」

 若者はそんな事を告げた。


 リシュアは不可思議な顔で首を横に傾げた。


 吸血鬼の君主の名前はノヴァリーと言ったか。

 一度、会ってみたいものだ。


 エシカは脚が痛い、ラベンダーも疲れたと言っているので三名は宿を探す事にした。


 ちょうどいい、適当な宿に入る。

 宿の値段は、そこそこ安い。

 これなら、しばらくの間、この街で暮らしていけそうだ。


「それにしても吸血鬼が支配しているって、どういう事だろうな」

 宿のベッドの中でリシュアは呟く。


 確かに湖畔の向こう側には、それらしき巨大な城があった。

 だが、街の者達は吸血鬼を怖れていないみたいだった。


「もしかして、本当に何かの手段で共存、共生をしているのかもしれないな」

 街の者達は、ノヴァリーという男は生活の手助けをしてくれると言う。

 それが表の顔なのか裏の顔なのか、リシュアにはよく分からない。

 そう言えば、狼男のフェザーも表向きは教会の神父をしていて、孤児などを助ける仕事もしていると言っていた。


「まあ。会って直接、話してみないと分からないか」

 湖畔から城へと向かう船は、毎日、何度か出ているらしい。

 明日にでも、ノヴァリーという男に会ってみよう。

 そして、どんな人柄なのか直接、見るのが一番いい。

 夕食は牛肉のレアステーキに、葡萄酒だった。

 旅をしていると、非常食など、ろくな食事にありつけない事もあるので、リシュアはステーキを美味しく口にした。ラベンダーも肉の味はスパイスが効いていて素晴らしいと言った。

 エシカは何処か曇った顔で食事を口にしていた。

<なんだ。食欲が無いんなら、俺が食べていいか?>

 ラベンダーは小型の体躯でぱたぱたとエシカの周りを飛んでいた。

「あ、半分くらいでしたら、ラベンダーさん、どうぞ」

 エシカはそんな調子で、ナイフで切り分けて、ステーキをラベンダーに差し出す。

「まるで犬っころみたいだな、お前」

 リシュアは小型のブルードラゴンに対して軽口を言う。

<犬っころか。まあ餌付けされたら、すぐに俺は餌付けしてくる奴になびくかもしれないなあ>

 ラベンダーは言われて苦笑する。


 エシカは肉ではなく、出されたスープとドレッシングの付いた生野菜を食べていた。

 ラベンダーはさり気に、エシカに生野菜の皿を置く。

 ドラゴンでも、ちゃんと野菜くらい喰えよ、と、リシュアは軽口を叩く。

<生野菜は消化に悪いんだよ。人間と違うんだよ>

「嘘付くなよ。単に嫌いなだけだろ」

 リシュアは呆れた声で言う。


 二人のそんな光景を見て、エシカはくすくすと笑っていた。

 夜は少しずつ更けてくる。


 三名が宿で料理を口にしていた場所は、居酒屋にもなっていて、街の荒くれもの達が集まって飲めや歌えのどんちゃん騒ぎをしていた。

 エシカはそんな光景を微笑ましく思った。



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