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『間章 暗闇の坂道』

エシカのリシュアの二人は馬車の中にいた。

ラベンダーは静かにシーツに包まって眠っていた。


夕刻の時刻になったので、御者が馬を休ませる事になった。

この辺りは魔物が出るから、これ以上、馬を進ませるわけにはいかないとも御者は二人に告げた。


「見てください。シャイン・ブリッジが街が、もう遥か遠くに見えます!」

 エシカは馬車の中から遠くを指差す。


もう遥か遠くにあるシャイン・ブリッジの街は、街灯の光が星明りのように輝いて見えた。それはまるで地上に落とされた星屑のように見えた。


「美しい景色ですね」

エシカはほわほわとした表情をしていた。

リシュアはこの辺りに魔物が出ると聞いて、警戒を示す。


「リシュア。そう言えば、ラベンダーとの出会いは何でしたの?」

エシカはすやすやと眠るブルー・ドラゴンを見ながら訊ねる。


「俺の幼い頃。王宮の外の庭にあるラベンダー畑で出会ったんだ。人語を話すドラゴンで、妙に幼い頃の俺に興味を持っていた。出会った頃は青いドラゴンって呼んでいた。名前が必要かなって思って、ラベンダー畑で出会ったからラベンダー。あいつが好きに呼べって言ったからさ。安直だろ?」


リシュアは幼い頃を懐かしむように言った。


「自分の名前に頓着しない処が、何か彼らしいですね。本当にドラゴンみたいに猫みたいな性格をしていて」


「だろ。本当に気まぐれで俺の周りにまとわり付いてきた。王宮の歴史の勉強中にいきなり窓から入り込んできて、俺が勉強している姿をして、からかったりしたりしてさ。侍女達にドラゴンが見つかったら騒がれるってのにさー」


「リシュアの国。ヘリアンサス国ではドラゴンは珍しいのですか?」

エシカは訊ねる。


「どうなんだろう? 使い魔として飼っている宮廷魔法使いもいるって聞く。そう言えば闇の森にはグリーン・ドラゴンがいたね」


「私は人間も魔物も仲良くすればいいと思っています」

エシカは少し暗い顔をしていた。


教会に潜り込み、神父をしていた狼男のフェザーとその仲間達。

彼らは結局、人に牙を剥く事しか出来なかった。

だから、リシュアが倒す事になった。

殺さなければ、こちらが喰い殺されていた。


エシカは魔女であり、人々からは魔物達と大差無い存在だ。

人々にとって魔女からの脅威も、魔物からの脅威も何も大差無い。


その事実にエシカは悩み苦しむ。

そして、エシカの業を、一国の王子であるリシュアにも押し付けてしまっている形だ。


エシカの物想いの内容が分かったのか、リシュアはエシカの掌にそっと自らの掌を合わせる。


「大丈夫。エシカは俺が守るから」

リシュアはそう告げた。


その言葉を聞いて、エシカは微笑む。

……自分は生きているだけで罪である存在なのだ。死ねない身体を持ち、自ら命を絶つ事も出来ない。処刑される事さえ赦されない。エシカはふと考える。自分はリシュアを破滅させる悪女になるのだろうか。それを想像してしまうととてつもなく怖い。フェザーの教会に入る前に、リシュアに触れて、その命を間違えて奪おうとしてしまった…………。


結局、記憶を失った今でも、自分が使う魔法は闇の魔法。邪悪な魔法だ。

対するリシュアは光の魔法を使う事が出来る少年だ。


そして、リシュアは少なくとも、これまでドラゴンであるラベンダーと共に生きてきた。

魔物と生きてきた人間だ。


もしかしたら、そういう前例に希望のようなものがあるのかもしれない。


御者の中年男性は辺りが闇に包まれていく中、叫んだ。


「魔物の群れだっ!」

御者は馬車の中に走って、自らも身を隠そうとする。


エシカは暗闇に包まれていく山岳地帯の森の中、何体もの影の姿を見つけた。


「なんだ? あの魔物は!?」

リシュアは叫ぶ。


影は人の形をしているが、影以外に実体らしきものが無い。

ただただ、暗闇の中を地面の影が立体を持って起き上がり、人の形を取っている。その手には刃物や槍、弓矢のようなものが握り締められていた。


「あれは『シャドウ・ハンター』という刃物ですっ! 精神体のような存在で物理的な攻撃が効きません! 人々の生命エネルギーを食べて生きていると聞きます! 弱点は…………っ!」


「ああ。分かっている」


リシュアは馬車の外に出て、短剣を掲げた。

短剣から光の魔法が溢れ出してくる。


影の魔物達は光に弱いのか、次々と悲鳴を上げてその場を去っていった。


リシュアは光を放ち続ける短剣をしまう。

後には、闇ばかりが続いていた。


「この辺りは『暗闇の坂道』と呼ばれる山岳地帯です。闇の魔物達が多い。やはり街に着くまでは、遠回りをしてでも、この場所を避けるべきでした。申し訳ありませんっ!」

御者は二人に深々と頭を下げる。


「いや、いいよ。俺の魔法で何とかなったし」

「ありがとう御座います! 本当に危ない処を助けて戴きました!」


リシュアはエシカの方を見る。


「魔物達は本能に従って、人間を襲う。エシカ、エシカは理性ある人間だろう? 魔物とは違うよ」


「私は……魔物と心を通わせる事が出来ます! あのような魔物は、私が封じられていた『闇の森』にも沢山、生息していました。和解が出来ないわけじゃない!」


エシカの言葉を聞いて、リシュアは大きく溜め息を付く。


「なんか、ズレてるよね。まあ、それがエシカらしいなって思うけどさ。とにかく、あんまり思い詰めない方がいいよ。神父のフェザーの件だって、フェザー達は人間を沢山食べたから始末するしかなかった。和解、話し合いが出来ない相手だった。エシカ、君が魔物達と自分を重ねるのは勝手だけどさ。まず、魔物の前に人間を助ける。それを優先して考えよう」


そう言うと、リシュアのお腹が鳴る。

つられてエシカのお腹も鳴る。


馬車に乗ってから、今日、まったく食事をしていない。


「みなさん、火を焚いて料理をお作りいたしますね! わたくしの故郷でよく食べられるとっておきの鶏肉のスープをご馳走します!」


御者はでっぷりと膨らんだ自らの腹を叩いた後、馬車の奥から鍋や食材などの道具を取り出して、焚火を始めていた。


しばらくして、スープがぐつぐつと鍋の中で煮込まれる音が聞こえる。


エシカとリシュアの二人はお椀を渡され、鍋に盛られたスープを口にした。

鶏肉と香辛料の匂いを嗅ぎ取ったのか、ラベンダーが起きて、小さな翼を羽ばたかせながら焚火の前に座った。


<俺にも頼む>


御者は喋るドラゴンを見て、少し困惑するが、すぐにラベンダーの為にお椀をよそう。

ラベンダーは小さな前足でスプーンを手にして、器用にスープを口の中に入れていた。


「皆さん。お味は、どうですか?」

御者は少し緊張した顔で訊ねる。


「美味しいです」

「まあまあだな」

<普通。少し鶏肉が焦げ臭いし、塩っ気も胡椒も足りない>


歯に衣を着せずに言う、この小さなドラゴンに対してエシカとリシュアの二人は苦笑いを浮かべる。御者も少し困った顔をした。

ラベンダーはぶつくさ言いながらも、スープを飲み終えると、美味かったと言って馬車の中へと戻っていった。


「ドラゴンが喋る処は初めてみました」

御者は冷や汗を掻きながら言った。


「ラベンダー。あいつ、いつもあんな調子だから、気にしないでくれ。人間との関わり方に慣れていないんだよ」

リシュアはスープを御代わりした。


その後、しばらくして御者とエシカ、リシュアの三名は他愛の無い事で談笑した。


空を見ると、美しい星々が煌めいている。

世界各地の国々にいる人々は、同じように綺麗な星を眺めているのだろうか。

エシカには闇の森での記憶しかない。

これから、沢山の人々と会って話をしたいな、と思った。



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