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第一章 星明りの街、シャイン・ブリッジ。 5

 教会の聖堂内では、ラベンダーが机の上に座りステンドグラスから差し込む太陽の光で日向ぼっこをしながら、無造作に寝ていた。

 このブルー・ドラゴンは本当に自由気ままな感じだ。


 聖堂の中央の祭壇には神父であるフェザーがいた。

 フェザーは祭壇にある椅子に座りながら、壁に掛けられた十字架を眺めていた。


「貴方が狼男だったのですね?」

 聖堂内に入ったエシカはフェザーに訊ねる。


「俺達も食べようと考えていたのか?」

 続いて入ってきたリシュアも訊ねた。


「どうやって真相に辿り着いたのですか?」

 フェザーはエシカ達を見ずに、ひたすら十字架を見ながら祈りを捧げていた。


「死者の記憶を読める魔法が使えるんです。私」


「それで。この私を断罪しようと?」

 フェザーは不気味なくらいに、ニコニコとした顔をしていた。


 慈善団体との繋がりもあると言っていたか。

 おそらく、その団体を通して孤児院の子供達や旅で遭難した者達を文字通り食い物にしていたのだろう。記憶を見た死体の中には、街の者ではない子供も存在していた。孤児院に連れて行かれると聞かされた後、狼男に生きながら喰い殺されていた…………。


「確かに証拠が無いですね。……私が死者から視た記憶を街の者達に見せても、幻影魔法による捏造と考えて、人々は私の方を断罪するでしょうね」


「狼男は人間を喰わずにはいられません。それが狼男の本能なのですから」

 神父は暗い顔で、エシカ達の方に顔を向けた。


「でも、街の人達は狼男に怯えています」


「私は人々と共生の道を選びました。昔は狼男は森に住んで、森に迷い込む人間達を喰い殺していました。その頃の方が、我らは狩りによって多くの獲物を食べていました。けれど、人間の街に住み、ある程度の役職に就くと……不思議なものです。人々を喰らいたい衝動が少しだけ和らいでいました」


「死体安置所にあった死体は多かった。衛兵からお話をお聞きしましたが、毎年、この街では百名以上の人間が喰い殺されている。それでも昔より貴方達の狩りの時間は減ったのですか?」

 エシカは強く糾弾する。


「はい。昔は行商人達などを意欲的に襲撃しておりました。その頃に比べると、今の方が人間を喰らう数が少ない」


<おい。この神父のたわ言を聞くなよ。今も昔も喰ってる人間の数はそう変わらないと思うぞ。人間社会に溶け込んだのは、狩りがしやすくなったってだけだろ>

 ラベンダーが口を挟む。


「それにしても、本当に貴方には言われたくありませんね。“災厄の魔女”。貴方は沢山の人間を殺した悪女ではないですか」

 暗い影が落ちていき、神父フェザーの表情が分からなくなっていく。


 日の光は消えていく。

 窓の外を見ると、空が急速に夕焼けに代わり、夜になっていく。


「おい。いつからエシカの正体を知っていた?」

 リシュアは訊ねる。


「一目見て。まあ、最初からです。貴方達も何か事情があるのでしょう? 私達にも事情があった。しかし、残念です。我々は同じ人間に対する捕食者同士、分かり合えると思ったのに」

 神父の姿が影に覆われていき、彼の身体が肥大化していく。

 彼は服を脱ぎ捨て、毛むくじゃらの体毛と牙や爪を見せていた。


<おい。この辺り一帯に。昼が夜へと変わる魔法を掛けられたぞ。狼男の魔法ってのは、本当に便利なものなんだな>

 ラベンダーは淡々と動かずに状況を伝える。


 月の光が聖堂内に差し込んでくる。


 沢山の気配が大聖堂の中へと集まってくる。


 狼男達の獣臭が立ち込めていた。

 ステンドグラスに沢山の影達が張り付いていた。


 リシュアは懐から短剣を取り出す。


 エシカは考えていた。

 彼女の掌に、黒い闇が集まってくる。

 彼女は一級の闇の魔法の使い手だった。


 記憶は無くても、身体が魔法の使い方を覚えていた。

 エシカは眼を閉じる。

 ……このまま、狼男達を殺してしまって良いのか。


 エシカは贖罪の旅を誓った。

 人々の為に生きる事、世界中を巡って人々を助ける事。


 狼男達は、かつてのエシカのようなものだ。その貪欲な空腹を満たす為に人々を容赦無く襲う。


「もし、貴方達が二度と人を食べないと誓うなら、見逃しますっ!」

 エシカは眼を開いて叫んだ。


 今や人間時だった頃よりも身の丈が倍近くもある、狼男本来の姿となったフェザーがエシカの言葉を聞いて嘲り笑っていた。


「我々は本能のまま、人を喰らう生き物だ。人を喰う事を止める事は出来ない」

 フェザーは涎を垂らしていた。


「出来ます! 狼男は本来は人と同じように牛や豚など、人と同じものを口にしても生きる事が出来る種族と聞きます!」


「だが、我々が人間を襲いたいと思うのは本能。その本能に抗う事など出来はしない」


 そう言うと、フェザーはエシカに鋭い爪を向けた。

 エシカの肩が勢いよく出血する。


「おい。お前らっ!」

 リシュアは叫ぶ。


 リシュアの短剣から光の刀身が伸びていく。


「俺の事を知っているか? 俺はヘリアンサス国の第三王子。リシュア・ヴラド・ヘリオスだっ! この短剣の紋章に見覚えはあるか?」

 リシュアは剣の刀身を見せる。

 刀身には太陽を飲み込む黄金の獅子の紋章が描かれていた。


「ヘリアンサス国の王子だと……っ!? 太陽の魔法を使う血族の…………っ!」

 フェザーは明らかに驚愕していた。

 フェザーはうろたえながらも、仲間である狼男をリシュアとエシカへとけし掛けていく。


 リシュアは淡々と動いていた。

 狼男達を次々と光の刃で斬り倒していく。


 斬り倒された後、何名かは人間の姿に変わっていく。

 どうやら、フェザーの仲間の狼男達は、みな教会の聖職者達ばかりだった。教会は完全に狼男の巣窟と化していた。


 そして最後に残ったのはフェザー、ただ一人だけだった。


「待てっ! 待てっ! 私はもう人間を喰わないっ!」

 フェザーは人間の姿に戻り、惨めに命乞いを始める。


「狼男は人間を喰らうのが本能なんだろ? だから俺はお前を斬るしかないんだっ!」

 そう告げると、リシュアは冷たい視線でフェザーの首を落とした。


 しばらくして、夜が明け、太陽の光と青空が戻っていく。

 どうやら、魔法によってこの辺り一帯が夜の世界に閉ざされていたみたいだった。その魔法を使った者は死んだ。


 辺りには沢山の狼男の亡骸が転がっていた。


 エシカは狼男達の屍を見て悲しそうな顔をする。


「リシュア。私は彼らを殺したくありませんでした…………」

「うん。分かってる」

「彼らはかつての私の鏡のようなものです。私は沢山の人々を殺めました。彼らにも贖罪の機会があった筈です」

「それはお前に力があったから、お前を殺せずみなでお前を封じるしかなかったんだ。そして、今度は逆にお前に、いや、俺達に彼らを説得する力が無かったから、彼らを殺す事によってしか解決する事が出来なかった」


 リシュアは光の刃の消えた短剣を懐にしまう。


「でも……。この街の人々の命は今後、守られた。エシカ。もし、魔物達の命も守りたいなら。人を、魔物達を救う為に強くなろう。今度は別の解決の仕方が出来るかもしれない」

 リシュアは優しくエシカを抱き締めた。


「そうですね……リシュア。貴方の言う通りです。私は弱いのです…………」


 ブルー・ドラゴンのラベンダーは、机から一切、動かずに事の顛末を見守るだけだった。



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