「私の名はフェザーと申します。この星明りの街の教会で神父をしております」
フェザーはうやうやしくエシカに頭を下げて、謝罪をする。
「先ほどは失礼いたしました。この街は“狼男”達によって住民達が怯えています。狼男は月の夜に現れて人間を食べますからね」
リシュアは寝台の上に寝かされて、修道士の一人から回復魔法を掛けられているみたいだった。
「貴方達のお名前は?」
神父フェザーは訊ねる。
「私の名前はエ……ルナと申します。ルナです。向こうで休んでいる私のお連れの方はリシュアといいます。そして、この子はラベンダー」
<ラベンダーだ。宜しく頼む>
蒼いドラゴンは、パタパタと空中を飛んでいた。
「この街の外からやってこられたのですか?」
彼は訊ねる。
「はい…………」
「何処から?」
「いえ…………。その………………」
エシカは返答に困った。
この街から遠く離れた王宮から隔離された闇の森から来たなどとは口が裂けても言えない。
「何かご事情があるのですか? まあ。善良な人間であるのでしたら、教会は素性を無理に追及したりしません。事情があって教会の門を叩く者は多いですからね」
その言葉を聞いて、エシカはほっとした。
<どんな事情を抱えている奴が多いんだ?>
「そうですね。親や夫から酷く虐げられていたり、他にも戦争で住む家が無くなった人間なども教会では出来る範囲で保護しています」
<人間の教会は善良な団体なんだな>
「皆様はこの万物を創られた神の子ですから。同じ同胞です。同じ同胞を護るのが私の使命ですから」
神父は和やかな顔をしていた。
「では。ルナさんも、ラベンダーさんも、お部屋にご案内しますね」
†
客人用の部屋のベッドの上に座り、エシカは物想いに耽っていた。
ラベンダーは渡されたパンやチーズ、ハムを小さい身体で平らげていた。
<なんだ。お前の分も俺が喰うぞ>
この小さくなったブルー・ドラゴンは、少し呆れた様子でエシカを眺めていた。
<私はリシュアにとって、彼の隣にいても良い存在なのでしょうか?>
先ほど治癒の魔法を使おうとして、結果として生命奪取の魔法をリシュアに使ってしまった……。もし強力な魔力を帯びた手でリシュアに触れていれば、彼はそのまま死んでしまっていたかもしれない…………。
<気にするな。誰にでも間違いはある。お前、力はあるのに、随分、魔法をろくに使用していなかったみたいじゃねぇか>
「
<そうか。まあ事故みたいなもんだろ、大事にも至らなかったわけだし。くよくよ考えても仕方無ぇえじゃねぇか>
「私は“災厄の魔女”だから。過去に起こした罪は記憶を失った今でも消えません……」
エシカは炎と肉の焼ける臭いを想い出す。
沢山の王宮の兵士達が生きながら火に焼かれ、沢山の魔法使い達が魔女の抱擁と呼ばれる生命エネルギーを吸い取る生命奪取の魔法によって息絶えてきたのだ。
リシュアの住む国だけではなく、数多くの国をこの手で不幸にしてきた。
滅ぼした国は数多くあり、中には自らが女王の座に付いて他国への侵略戦争に駆り出した国もある。
「もし…………。もし、私が魔女としての記憶を取り戻したら、リシュアも、この教会の人達も、みんな殺めてしまうかもしれない……。いや、必ずそうするっ!」
<今は闇の森で暮らしていた頃の記憶しかないんだろ? ならこれからの人生を生きるしかねぇんじゃねえか?>
ラベンダーは渡されたオレンジ・ジュースの瓶に小さな口を突っ込む。
<何にしても。お前、ずっと森から出たかったんだろ? だからこれからは新しい人生を生きるしか無ぇえじゃねぇか>
†
夢を見ていた。
悪夢だった。
沢山の人間が生きながら焼かれていた。
沢山の人間が魔女の闇の魔法によって殺されていった。
沢山、自分は人を殺したのは事実なのだろう。
エシカは気が付くと、無数の鏡張りの部屋の中にいた。
鏡を見れば、笑いながら人を焼き殺している姿が映る。過去の忌まわしい想い出。
けれど、それは自分では無い誰かにしか思えない。
エシカはリシュアと仲良くなりたかった。
そして出来れば、誰も殺したくないし、誰かを助けたいとさえ思っている。
王宮にアンデッドの軍団を送り込み、死んだ者達を更にアンデッドに変えて攻めさせた。
今や自分にはそんな力は無い。
封じられているのは、記憶なのか。
それとも、力ごと封じられてしまった。
きっと、いつか。
かつての魔女エシカが、今の自分の元に人格として現れるのだろ。
なら、リシュアに対する想いも何もかも、夢や幻でしかないのだろうか。
………………………………。
しばらくしてリシュアは目を覚ました。
エシカは彼に抱き付く。
「重いって。えっと……。ルナ。俺は大丈夫だから。お腹が空いたな、昨日から何も食べてない」
「それでしたらっ!」
エシカはリシュアに沢山のパンやハム、サラダを渡す。
そこそこの量があった。
フェザーから渡されたものだ。リシュアが目を覚ましたら食べさせるように言われた。
「ちょっといきなり食べきれないよ」
リシュアは嬉しそうに笑った。
†