『星明りの街、シャイン・ブリッジ』。
そこがこの街の名前だった。
街の中央には空の星がよく見える大きな橋が建てられている。
この街の人間は、みな、エシカの正体を知らない筈だ。
念の為に偽名を使い、素性を隠そうという話になった。
<教会に行けば助けてくれるかもしれん>
掌サイズに小型化したブルー・ドラゴンのラベンダーが、リシュアの左肩に乗りながら言う。
「教会ですか……………………」
エシカは断片的に記憶を想い出す。
魔女…………。忌まわしき女…………。
教会の名の下に処刑しろ…………。
そんな言葉と、人々が罵る映像が頭の中に浮かび上がる。
「今は魔女エシカじゃなくて、ただのエシカだろ?」
リシュアはエシカの左手を、ぎゅっと自身の右手で握り締めた。
<念の為に偽名は使った方がいい。何にする?>
ラベンダーは二人に訊ねる。
「エシカは…………。そうだ!」
リシュアは空の大きな欠けた月を眺めながら思い付いたみたいだった。
「ルナとかどうかな? 月の女神様の名前!」
エシカは嬉しそうに笑う。
「月の女神様ですか…………。私が……」
「うん! 女神様のように、これからエシカは生きよう! だからこの街では、しばらくルナって呼んでいいかな?」
ひとまずのこの街で使う偽名だが、新しい名前。
エシカは自分の新しい名前に何だか嬉しくなった。
「リシュアはどうします? 遠く離れた場所ですが、リシュアも身分を隠した王子様じゃないですか!」
「うーん。リシュアって名前はそんなに変わった名前じゃないからなあ。…………魔女エシカと違って」
「じゃあ。私はこれまで通り、リシュアと呼びます」
「うん。そうしてくれ」
しばらくして、二人と一体は教会の前に辿り着いた。
「すみません! 開けてくださいっ!」
リシュアが教会の門の前で叫ぶ。
時刻は12時をとっくに過ぎている。
それどころか、闇の森に行って、セレスに会いに王宮に行って、ラベンダーの背に乗って数時間移動し続けた。もう明け方近い。教会が開くのは朝の八時だ。
「開けてくれそうにないなあ…………。くたくたに疲れているんだけど…………」
リシュアは小さく溜め息を付いた。
「エシカが良ければ……公園のベンチとかで寝れないか考えるけど、公園とかも探さないといけないのか…………。この辺りで寝る?」
<物乞いと思われて、最悪、街の牢屋にぶち込まれるかもしれないから止めておけ>
ラベンダーは呆れた顔で制止する。
「じゃあ仕方ないかあ…………。教会にいる人、叩き起こすか…………」
リシュアは泣きたそうな顔をしていた。
エシカからすると、自分の身体は特別なのか疲労が一切ない。
王宮魔法使いのウィンド・ロードと小競り合いをしたが、魔力も殆ど消耗していない。普通の人間の女性なら疲労困憊になるものなのだろうか。
リシュアの方は疲れ切っているみたいだった。
正直、見ていられなかった。
「あの……私の回復魔法で、リシュアの身体を回復させれば!」
エシカはそう言って、リシュアの右手をつかみ、彼の疲労を回復させようとする。だが……………。
リシュアはくらくら、と、そのまま倒れてしまった。
<おい。何をした?>
ラベンダーがエシカに訊ねる。
「回復魔法をリシュアに…………………」
<お前、魔女だろう? 使えないんじゃないのか? もしかすると、使い方が分からないのかもな。お前が今、リシュアに行った魔法は生命奪取の魔法に見えたが?>
ラベンダーは倒れているリシュアの背中に乗りながら、リシュアの様子を確認しているみたいだった。
<まあ。すぐ手を離したから大事に至らなかったが。だが、しばらくこいつ、起き上がってこれないんじゃないのか?>
「そ、そんな………………」
エシカは困惑した。
そして、教会の扉を再び叩いた。
「すみませんっ! 急病人ですっ! 大切な人が倒れてしまってっ!」
エシカは叫び続ける。
しばらくして、教会の奥からごとごとと誰かが起き上がる音が聞こえた。
教会の関係者と思われる人物が、扉の前まで来る。
「教会は朝の八時からです。お引き取りください」
教会関係者は淡々と呆れた口調で言った。
「でも、でも急病人です!」
「そうですか。確かに夜中に急病で倒れる方もいます。でも“狼男”が出てからは、街の者はみな、真夜中の訪問者を歓迎しない。特にこんな月の出ている夜は…………」
「そんな………………」
エシカは項垂れる。
「しかし、もうすぐ夜明けが近い。夜明け前の襲撃は狼男にとってもリスクがあるでしょう。貴方達は私から見て人間のように見えますから、おはいりなさい」
教会の扉がぎぃ、と開いた。
若い修道士がエシカと彼女が背負っているリシュアをじろじろと眺めていた。
「狼男では無さそうですね…………。どうぞ、入ってください。……と、その前に、その小さな魔物は?」
<俺はラベンダーという。こいつらの使い魔だ。俺も入れて貰えないか?>
「見た処、小さなドラゴンに見えますが…………。人間の言葉を話せるのですか。まあいいでしょう。大きなドラゴンなら危険極まりなく考えましたが…………」
言われてラベンダーは鼻を鳴らして苦笑いをしていた。
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