目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
序章 5

「良かったんですか? こんな事をして…………」

 エシカはこの国の王子に訊ねる。

 二人はセレスの部屋にいた。


 リシュアはランプ花の蜜を煎じて、妹に飲ませていた。



「いいよ。良い口実が出来た。俺は王宮での生活は息苦しかったし、国王の跡継ぎの一人は二人の兄上のどちらかが引き継ぐだろ。この件でどっちみち勘当されるかもな」

 リシュアはエシカに対して、すっかり砕けた口調になっていた。

 多分、信頼の証なのだろう。



「でも…………」

 エシカは、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 リシュアは元々、国王である父親や二人の兄と仲が悪かったらしく、更に、今回の件で致命的な亀裂が走る可能性が高いだろう。……封印された魔女を外に出した第一級犯罪者として指名手配される可能性が高い。



 エシカは想う。いつかリシュアには王宮に戻って王宮の者達、家族達と和解して欲しい……。

 エシカは封印が施された森の外を出た後、自分の“災厄の魔女”としての記憶が戻る事を怖れていた。記憶が戻ったら、きっと王都に……その前にリシュアにとても悪い事をしてしまうと。

 けれど、記憶は戻らなかった。




 もし。

 もし、これまでの償いが出来るのならば、償いをしたい。

 世界中に自分の汚名が広がっているなら、その汚名の分、世界中の人間を助けたい。

 リシュアはエシカを連れて王宮を離れる事になった。

 風の噂では、王都の第三王子は魔女の魅了の魔法によって魔女に囚われてしまったと国民達は騒ぎ始めるのだろう。

 二人きりの逃避行だ。

 リシュアはエシカの腕を握り締める。



「生まれた頃から、俺は父上や兄上の言いなりだった。でも俺は自分で決断したんだ。あんたを守って、この国の外を巡りたい。それでいいじゃねぇーか。しばらく二人で暮らせる生活費はあるしさ」

 後はウィンド・ロードの監視をどう掻い潜るかだ。

 リシュアの身体に施された感知魔法の解呪をエシカは行う事が出来た。

 これでリシュアが何処にいるのかなんて、王都の者達は誰も分からない。

 魔女の森の封印柱はリシュアが破壊した。

 エシカはこれで晴れて自由の身だ。



 過去の“災厄の魔女”であった時の記憶こそ戻らないが、これで世界中を行き来する事が出来る。

 数十年分の記憶を保有しているが、森の外を知らないエシカには幼い少女くらいの精神年齢しかない。何もかも未知のモノばかりになるだろう。




<これから大変な事になるぞ>

 ブルー・ドラゴンのラベンダーは二人を背負いながら、行ける場所まで飛び続けると告げた。彼は今、掌サイズの大きさになって、リシュアの右肩に止まっている。



「セージには悪い事をしたと思う…………」

 エシカは大きく溜め息を付いた。

 鬼火ウィスプのセージは時折、人の姿になってエシカの身の回りの世話をしていた。



<リシュア。お前はどんなに腐ってもこの国の王子だ。いつかエシカの汚名が払拭出来た時に、この国に戻り、彼女を幸せにしろな。何なら王の跡継ぎはお前になるかもしれないぞ?>

 そう言ってラベンダーは励ます。

 広い世界を見てみたい。

 それが青年期になる為の成長なのだと思う。



<そろそろ行った方がいいぞ? 衛兵がそろそろやってくる頃だ。行くなら出来るだけ遠くまで飛んでいってやる。お前らの逃避行を手伝う為にな>

 ラベンダーは言う。


 二人と一体は人気の無い展望台に辿り着いた。

 蒼いドラゴンは本来の姿へと変わる。

 二人はドラゴンの背中へと乘る。

 月がとても輝く夜が続いていた。



 ブルー・ドラゴンのラベンダーの背に乗りながら、リシュアとエシカはこれから訪れる自分達の未来を夢想する。幸せになりたいな、と思った。



 鳥籠の中の小鳥だった二人は、そうして青いドラゴンの背中に乘り、外の世界へと飛び立っていくのだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?