「リシュア様から離れなさい! 災厄の魔女め!」
ウィンド・ロードはありったけの風の魔法をエシカ目掛けて向けようとしていた。
「待ってくれ! ウィンド・ロード! 彼女は……………」
リシュアは口を挟む。
「お黙りなさい! 兄上達の制止も聞かず、この闇の森へと向かいましたね! セレス様の病気はこの森に生息している花など無くても、時間を掛ければ治るものです!」
「でもセレスが本当に苦しそうにしていたから……っ!」
「貴方はまだこの世の中の事を何も分からない子供。道理などというものがまるで分からない。貴方の眼の前にいる魔女の事も、この国の歴史の事もっ!」
水色の髪の男は、今度はエシカを睨み付ける。
「まあいい。リシュア様をそそのかした罰を受けるがいい! やはり私は封印などではなく、魔女には処刑が相応しいと常々、言っていたのに…………っ!」
王宮魔法使いの周りに無数の旋風が生まれる。
それがエシカへと襲い掛かる。
エシカは身動きを取れずにいた。
エシカは攻撃を受けて、思わず悲鳴を上げていた。
そして、自身の中に染み付いていた魔法を使う事になった。
それはかつて、エシカが魔女としてこの世界に災いをもたらしていた時に使っていた魔法なのだろう。数十年の間、使う機会は無かったと思う。けれども身体が覚えている。
エシカは動けないなりに両手をかざしていた。
すると。
辺り一帯の光が無くなっていく。
月明かりに照らされ、ランプ花によって光を帯びる、この辺り一帯からの光が、まるで暗い闇の中へと吸い込まれていく。黒い球体のような球がエシカと王宮魔法使いウィンド・ロードの間に生まれていた。
「私の魔法の無力化か!?」
ウィンド・ロードは驚いた顔をしていた。
「かつて魔女エシカはあらゆる魔法使い達の魔法を無効化して、闇や死の魔法を放ち続けたと聞きます。…………本当に厄介だ。だが私はリシュア様を守る為に負けるわけにはいきませんっ!」
ウィンド・ロードは魔法の杖を再び魔女へと向ける。
すると杖の先から、更に風が生まれ、風の刃が周辺の木々を切り裂いていった。
「やめるんだ! ウィンド・ロードッ!」
リシュアは叫ぶ。
「ランプ花は手に入れた。だから俺は大人しく王宮に戻る。彼女は何も関係無い! だから、一緒に帰ろう!」 リシュアは何とか王宮魔法使いを止めようとする。
「いいえ。この魔女は貴方のお身体に触れました! 何と汚らわしい! 後で聖職者達の魔法によって身体をお清めください! 私はこの魔女に罰を与えます! それが王宮魔法使いとしての、アークメイジとしての使命ですから!」
ウィンド・ロードは叫ぶ。
ふと。
リシュアが自身の手にする魔法の杖を振りかざしていた。
杖の中から青色の光が生まれる。
青色の光が凝縮していき、青い鱗に銀色の翼を持ったドラゴンの姿になった。
あのグリーン・ドラゴンのストエカスよりも、遥かに強大な強さを持つドラゴンなのだとエシカは一目見て分かった。
王宮魔法使いは見る見るうちに蒼ざめた顔をしているのが分かった。
<俺を呼び出したのか? リシュア>
ドラゴンがリシュアに訊ねる。
「うん。そうだよ、ラベンダー。ちょっと王宮魔法使いのウィンド・ロードと揉めてしまってね。君が仲裁して欲しい!」
<いいが。もう二度と杖の中は嫌だからな?>
ブルー・ドラゴンは王宮魔法使いを見る。
「リシュア。この魔物はなんです?」
ウィンド・ロードは困惑した顔をしていた。
「俺の昔からの友人だよ。幼い頃からのねっ! ラベンダー! この王宮魔法使いを少し懲らしめて欲しいっ!」
リシュアは叫んだ。
<分かった>
ウィンド・ロードは風の魔法を繰り出していた。
ラベンダーと呼ばれた青いドラゴンは、一撃で勝負を決めていた。
巨大な尻尾を振り回して、王宮魔法使いの身体をはね飛ばしていた。
森の木に全身をぶつけた王宮魔法使いウィンド・ロードは、そのまま気絶してしまったみたいだった。
<弱い。そして情けない>
ドラゴンはそう冷たく言った。
<で。これからどうする?>
「どうした方がいいかな?」
リシュアはエシカの顔をまじまじと眺めていた。
次の瞬間の事だった。
リシュアはエシカの腕を握り締め、ブルー・ドラゴンの背に乘った。
「俺達をこの森の外に連れ出して欲しいっ!」
リシュアは叫んだ。
<構わないが。多分、その女は例の“災厄の魔女”だぞ? リシュア王子。もしお前が魔女を連れ出したら、お前が第一級犯罪者になりかねない」
「ラベンダー。彼女はそんなに悪い人間なのだろうか? 俺はそうは思わない。俺は彼女を見ていて思ったんだ。彼女は俺と同じように“籠の中の鳥”だ。古い昔のしきたりに縛られて、ただ狭い場所で暮らす事を余儀なくされている。…………俺はこの国の外に出たい。彼女も森を出たがっていると思う。だから…………」
リシュアはエシカの方を向く。
エシカは息を飲む。
自分の過去の事は何も分からない…………。
自分がどんな大罪人なのか、自分はまるで知るよしもない。
でも、リシュアは“今”のエシカの事を知っていた。
エシカが森を出たいという事。
この森から抜け出して、大きな世界に行きたいという事。
この闇の森は、エシカを閉じ込める牢獄でしかない。
ずっと、この牢獄の中で暮らし続けて息が詰まりそうだ。
リシュアはエシカに手を伸ばした。
「さあ。外に行こう?」
「私の事を……分かってくれたのですか…………?」
エシカは訊ねる。
「うん…………。だって君はずっと人のぬくもりを求める眼をしている。先ほどもぬくもりが欲しいから俺に抱き付いたんだよね? だから分かった」
リシュアはエシカの腕をつかむと、蒼きドラゴンの背に乗せる。
蒼きドラゴン、ラベンダーは、先ほどまでずっと傍観していた
<お前は…………。そうか…………。リシュア王子は魔女を此処から連れ出す事に決めたらしい。俺も王子の幼い頃に、この王子から助けられ、生き延びた。俺と魔女は似たような境遇だ。なので俺は王子の望みと魔女の望みを叶える事にした>
蒼きドラゴンは唸る。
<だから、黙ってそこで見ていろよ。王宮の犬が>
だが。
<君達が、その選択をした事を後悔の無いように。どうやら、僕のエシカの監視役としての仕事は此処で終わる事になりそうだね>
それだけ呟いた。
ブルー・ドラゴンのラベンダーは、リシュアとエシカを背中に乗せた後、闇の森の入り口へと向かっていった。
闇の森の魔物達が突如、現れた強大なドラゴンを前にして怯えているのが分かった。
スケルトンや狼男達が物陰で静まり返りながら、こちらを見ているのが分かった。
闇の森の最強クラスの魔物であるグリーン・ドラゴンのストエカスよりも更に強大なドラゴンだ。下手に近付いて怒りを刺激したくないのだろう。
ブルー・ドラゴンはあっという間に、森の入り口へと辿り着く。
森の入り口には二つの“封印柱”が立っており、エシカを外に出さない封印が施されていた。
ラベンダーは口から稲妻を吐き出していた。
何度も何度も、稲妻の吐息を吐いて封印中を攻撃する。
やがて、何度目かの攻撃によって封印中の一体が倒れる。
<これで外に出られるだろう。では行くとするか。目指す場所は?>
「ひとまず王宮。セレスの為にランプ花を摘んだんだ。セレスの病を治したい」
<いかにもお前らしいな。闇の森まで行って、大切な人間を助けようとしたんだな>
「うん」
<じゃあ、これから王宮へと向かうとするか。俺の存在も魔女の存在も、王宮の者達は怯えるだろうな>
ラベンダーは楽しそうに言うと、稲光を発しながら王宮へと二人を連れて飛び立っていくのだった。
†