エシカはこの闇の森の何処にでも瞬間移動して向かう事が出来る。
だからセージの制止を無視して、この場所へと瞬間移動する事が出来た。
セージが何か叫んでいたが、エシカはそれを無視した。
「人間の男の子…………。服装からすると、貴族…………。いや、もしかして王族の子…………?」
エシカは眼の前の少年に訊ねる。
かなりの美男子だ。
身長はこの年齢だと平均的と言った処だが、まだまだ伸びるだろう。成長期と言った処か。
「俺の名はリシュア。この森の外にある王宮の第三王子…………。貴方は?」
少年は名を名乗る。
「私の名前はエシカと言います! この森に住んでいる魔女。嬉しい! 人間が訪れたのなんて、実に六年ぶり! ねえ、貴方は私を怖がらないのですか?」
エシカはとても嬉しい気持ちになる。
少年はエシカを見て、まるで恐怖していないみたいだった。
整った顔立ちは、成長すればいずれ絶世の美男子になるだろう。
今は思春期なのか、少しトゲトゲした印象を受ける。
エシカは思わず少年に抱き付いた。
少年は真っ赤な顔をして思春期特有の恥じらいを見せているみたいだった。
<駄目だよ! エシカ! その少年から離れて!>
セージが叫んでいたが、エシカは気にしなかった。
……人間のぬくもりを感じる。
この数十年の間、人間のぬくもりというものを味わった事が無い。記憶を失う前は何名もの男達を誑かせていたのだろう。その為に男の色香は覚えている。だが、それら全ての記憶を想い出せない。想い出せないのだが、ぬくもりの感触だけは確かに覚えている。
人が人に接触したいという本能。
孤独故に接触欲が果てしなく強まっている。
それはたとえ魔女であるエシカでさえ抗えないものだった。
<エシカ! この子は王族! もし魔女が接触したら…………>
セージが何かを言っていた。
グリーン・ドラゴンのストエカスが何かに怯えているみたいだった。
一体、何に怯えているのか……。
ストエカスと自分は親しい仲だ。
となると、この少年に怯えているのか?
エシカは仕方なく少年から身体を離す。
「ごめんなさいね……。私、本当に人とちゃんと会話したのは初めてで。それから貴方の顔がとてもお綺麗だったから………」
思わず大胆な行動を取ってしまった。
「…………。貴方が、貴方が、この森に住む“記憶を消された災厄の魔女”ですか…………?」
リシュアと名を名乗った少年は、かなり困った顔をしていた。
「そう。私はエシカ。災厄の魔女とかって言われているみたいだけど、私自身は以前の自分が一体、何をしたのか想い出せないのです……。此処に来る人達は私を眼にすると、とても私の事を怖がって逃げ出すんです。ずっとずっと寂しかったな…………。だから、思わず抱き付いてしまって、その、すみません……」
そう言いながら、エシカも赤ら顔になる。
リシュアは冷や汗を流していた。
「あの………………。王族には魔女と接触した時、特殊な魔法が施されています。感知魔法の類です。魔女が王族に一切の危害を加えられないように…………」
リシュアは本当に困った顔をしていた。
「我々の王宮を護る者達には、騎士団と魔法使いが存在します。それぞれ役割が違いますが、感知魔法の刻印を施すのは……。当然、魔法使いです…………」
月の光が瞬く空に亀裂が走る。
空の空間が裂けて、何者かが地面に舞い降りていく。
透明な水色の長い髪をなびかせた、美しき美形の男だった。
服装は魔法使いのローブを纏っている。
年齢は不詳だ。
手には魔法の杖を握り締めている。
「こんばんは。第三王子リシュア様。そしてお前は災厄の魔女か」
男はそう告げながら、静かに地面に舞い降りた。
「貴方は何!?」
エシカは訊ねる。
「私は王宮魔法使いの長、アークメイジのウィンド・ロードと申す者です。王子ひいては王族の者達に危害を加える者は、私が粛清しなければなりません」
男は少し残酷そうな笑みを浮かべて笑った。
グリーン・ドラゴンのストエカスは勝てない相手と悟ったのだろうか、その場から翼を広げて逃げ出す。
王宮魔法使いはドラゴンを一瞥すると、今度は魔女へと向き直る。
そして、魔法の杖を魔女へと向けた。
魔法の杖の尖端から風の魔法が生み出されていく。
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