ランプ花のある場所は王宮の図書室にあった森の地図の写しで大体、把握しているつもりだった。けれど、この森は曲がりくねっていて地図を見ながらでも中々、目的地に辿り着かない。
何処からか狼の遠吠えがする。
そこら辺一帯は既に吸血コウモリ達の縄張りになっている。
ランプ花の蜜を無事、手に入れて持ち帰ってみせる。
リシュアにとって、セレスは唯一無二の大切な妹だ。
自らの危険を顧みず王族を護るのが騎士団達の使命の筈だ。
その使命を実質的に放棄している騎士団の連中の事を考えて、リシュアは腹立たし気に思っていた。
ランプ花を取る為には、幾つかの危険。
特に二つの大きなリスクを冒さなければならない。
一つはランプ花の生える場所の通り道は、アンデッドの沼地がある。
沼地にはかつて魔女が墓場から蘇らせた死者達が溢れ返って、生者を引きずりこもうとしている。
そしてリシュアは、そのアンデッドの沼地に辿り着いた。
沼地の中央には橋が架けられている。
リシュアは懐から香水を取り出して、自らの身体に拭き掛けていく。
持ってきた香水は教会で作られる聖水が入っており、アンデッド系の魔物の嫌う匂いをまとう事が出来る。
リシュアは橋の上を渡った。
こぽり、こぽり。
沼の中から無数の骸骨達が顔を出して、リシュアの方を見ていた。
骸骨達はリシュアを睨み付けると、すぐに沼の底へと沈んでいく。
一般的にスケルトンと呼ばれるタイプの魔物達だ。
生者を憎み襲い掛かってくる魔物で、剣で切り裂いてバラバラにしても、すぐに復元してしまう特徴を持つ。炎系の魔法に弱いとされている。
スケルトン達はリシュアの身体に染み付いている匂いを嫌って、去っていったみたいだった。
リシュアは橋を渡り終える。
此処から更にしばらく歩いていくと、ランプ花の咲く場所だ。
ランプ花は花びらから光を放っているので、遠くにいてもそれが咲く場所が分かる。
ただ、問題がある。
リシュアはランプ花の明かりを見つけた。
彼は遠くにぽつりぽつりと輝く明かりへと近付いていく。
近付くにつれて、緑色の鱗が見えた。
そいつは翼を折りたたんで静かに眠っていた。
グリーン・ドラゴン。
毒性の息を吹き掛けるタイプのドラゴンだ。
ランプ花が咲く場所は、このグリーン・ドラゴンの縄張りだった。
……騎士団達がランプ花を手に入れるのを諦めたのは、明らかにこの毒の息を放つドラゴンがいるからという事もあるのだろう。
リシュアはおそるおそるランプ花へと近付く。
もし花を折ったら、ドラゴンが起きてしまうかもしれない。
蜜を手に入れるだけでいい。
だが、容器を手にしても中々、蜜を採取する事は出来なかった。
やはり花を何本か折って持って帰るしかない。
リシュアはランプ花を折る事に決めた。
まずは一輪、折ってみる。
すると。
まるでランプ花の主であると言わんばかりにグリーン・ドラゴンは目を覚ました。
グリーン・ドラゴンは立ち上がる。
そして獰猛な咆哮でリシュアを威嚇する。
「やるのか? やってやるよ!」
リシュアは腰元に下げた短剣を引き抜いた。
自分の持てる限りの魔法を使って、何とかドラゴンから逃げる必要がある。
ドラゴンの冷たい瞳は、縄張りを荒らしたリシュアを許さないといった感じだった。
<そこまでっ!>
何処かで声がした。
人の声とは違う、まるでネジ巻き機械で出した音声のような声が森の中に響き渡る。
リシュアは声のした方向を見た。
そこには一体の真っ白な
一般的にアンデッド系の魔物の一種だ。
本来ならば人の言葉を話したりしないと聞いている。
それが喋って意志を持って、リシュアとドラゴンの仲裁に入ってきたみたいだった。
<ねえ。ストエカス。ランプ花は君だけの所有物なわけじゃない。そこの少年はきっとワケありなんだと思う。だから少し分けてあげてくれないかな? ランプ花の蜜は人間のあらゆる難病を治療するんだ>
ストエカス。
それがこのドラゴンの名前なのだろうか。
グリーン・ドラゴンは少し困った顔をしていた。
そして、渋々、唸り声を上げながら頷いた。
<ストエカスは少しだけなら分けてあげてもいいってさ。さあ。君の大切な人が病気なんだろう? 念の為に一輪と言わず、三輪……いや、五輪は持っていきな。ランプ花は此処には沢山、咲いているからね>
「ありがとう…………。でも君は何者…………?」
リシュアは少し呆然とした顔で喋る
<僕の事を気にする必要は無いよ。さあ人間の子供。ストエカスとは話を付けたから、それを持って人の世界にお帰り。この森は本来、君達、人間がいるべき場所ではないのだからね>
リシュアは五輪程、ランプ花を折ると懐にしまった。
そして
ひたり。
森の茂みから足音が聞こえた。
リシュアは思わず、足音のした方向へと向いた。
そこには紫紺の長い髪を伸ばした、真っ黒なドレスを纏った美少女が立っていた。
†