「ここでいいだろう」と内藤君が立ち止まって振り返ったのは、プール脇の焼却炉前の空間だった。
ここなら確かに、どの校舎からも少し距離があって、掃除の時間ならともかくこの時間には人も滅多に来ないだろうな。さすが内藤君。
さて、まずはどうしてこんなことになっちゃったのか、米倉さんに確認してみないと。
「米倉さん、どうして急にボクと話したいと思ったの?」
ボクはなるべく優しく声をかける。
だって、ボクの後ろの三人の気配が不穏なんだもん。
米倉さんはよくこんな場所までついてきたなぁ……。
「え? 佐々田君ともっと仲良くなりたいなって思って……。佐々田君は私と話したくない……?」
気弱そうに言うわりに『話したいでしょ?』みたいな圧を感じる背景に、なるほど空気が読める人はこういうのがわかるんだなぁと今更ながらに思う。
「うーんと、それは理由によるかなぁ。たぶん米倉さんは誤解してると思うんだよね」
「誤解?」
米倉さんはキョトンとした。
「米倉さん、ボクが今日妹に色紙を渡してた時、廊下にいたよね」
「……妹?」
「そう、あれはボクの妹とその友達で、あのサインはボクが書いたんじゃないよ」
「えええっ!? だって、今日の日付だったし、同じの二枚で、ペンも返してたでしょ……?」
そんな細かいとこよく見てるなぁ。
「とにかく、ボクはサインを渡しただけで、有名人でもなんでもないからね」
「そんなぁ……。せっかく隠れ有名人を見つけたと思ったのにーっ!!」
キィーっと悔しがる米倉さんは、素直でなんだか少し可愛い。
チラと後ろを見れば、亮介は興味なさそうに両手を頭の後ろで組んでたけど、その周りの空気はほんわかしていた。
すると、内藤君が一歩前に出て手をあげる。
「米倉さんに一つ質問をしてもいいだろうか?」
米倉さんからハートマークがポンポンポンッと出た。
えええええ!?
本当に……?
さっきの今で、これ?
米倉さんって惚れっぽいんだなぁ……。
「なぁに? いっぱい聞いていいよ?」
米倉さんの甘えるような声に、亮介の周りがざわりと不穏な空気に変わる。
「米倉さんの言う『仲良くしたい』というのは、友達としてなのか、それとも……」
「内藤君だったら、どっちでも大歓迎だよ?」
ふわふわの髪を揺らして、米倉さんがにっこり笑顔を見せる。
やっぱり、米倉さんの笑顔のレアリティはRじゃなくてNだなとボクは頭の隅で思った。
「おい、いい加減にしろよ!?」
叫んだ亮介がこぶしを握りしめている。ズカズカと大股で向かう先は米倉さんだ。これはマズイ。
ボクは慌てて二人の間に飛び込んだ。