「いやー、今日の京也はモテモテだったな。ったく、うらやましーぜ!」
『今日の京也』って……。
なんだかダジャレみたいなことを言う亮介にボクは「あはは」と照れ笑いを返す。
チラと振り返れば、亮介の周りの空気は思ったよりもホワホワしていた。
四人で歩く、いつもの帰り道。
二学期のはじめはあんなに暑かった通学路も、十一月に入ると夕暮れの気配がするようになった。
「しかし、なぜ米倉さんはこの後に及んで班を移動したかったんだろうか。班決め直後ならまだわかるが、もうこの学習発表会用の班は今日で解散だったというのに」
内藤君がハテナを浮かべながら言う。
「あー……それな。多分だけどさ……」
何か思い当たるところがあるらしい亮介が、もやもやに包まれながら答える。
「阿部の班って、今日の発表が終わったら、班の皆で打ち上げにカラオケ行こーぜって話してたから、それじゃねーかな」
ボソボソと話す亮介の声を聞こうと振り返っていた内藤君が、前に向き直ってから言う。
「ふむ。そのカラオケに混ざりたかったと……。しかし、例えあのタイミングで米倉さんが班に混ざったとして、阿部君は彼女を誘うだろうか?」
「でもまー、班に入ってんなら、誘わねーとって思うんじゃねーの? 阿部ってけっこー真面目だからさ」
「なるほど、そういう人もいるということか」
内藤君が新たな知見を得た。みたいな空気に包まれている。
阿部君かぁ……。
ボクは今日阿部君にこっそり言われた言葉を思い出していた。
あの時、阿部君の態度は爽やかだったけど、彼の周りの空気はびっくりするくらいトゲトゲしてた。
米倉さんには普通に接してるのに、阿部君は米倉さんの事そんなに嫌いだったんだ。って驚いたんだよね。
そしてきっと、阿部君が言わない限り、そんな事はクラスの誰も知らないままなんだろうなぁ。
だから、阿部君って、大人だなあって感心した。
「ボクは、阿部君は米倉さんのことは誘わないと思うよ。例え同じ班になってたとしてもね。それに阿部君なら多分、打ち上げのカラオケは山田君が戻ってから五人で行くんじゃないかな」
「へぇ? なんでまた?」
ボクの話は亮介の興味をひいてしまったらしい。
「なんでって言われても……」
「だってほら、阿部も彩ちゃ、う、ごほんっ。米倉さんと仲良さそうにしてたろ?」
亮介の周囲には、期待と不安が入り混じってる。
でも困ったな。阿部君は米倉さんのこと嫌いだから。なんて言えないし……。
「なんとなく、ボクはそう思ったってだけだよ」
「ふぅん? 空気の読めないお前がなぁ……?」
バカにするような亮介の言い方に、僕の隣と前から鋭い視線がギロリと亮介を刺した。
「何でお前らはいっつもそんな喧嘩腰なんだよっ、ちょっとからかってるだけだろ? ほら、仲良しにのみ許される、言葉のスキンシップってやつだよ!」
内藤君はメガネを中指の先だけでクイッとあげて言った。
「浅野君は知らないようだから教えてやろう。平成十八年以降のいじめの定義は『被害者が精神的苦痛を感じるかどうか』が基準で、加害者がどう思っていようと関係ない。ちなみに、平成二十五年からはいじめとして定義される『心理的又は物理的な影響を与える行為』にインターネットでのやりとりも含まれるようになっている」
内藤君の言葉に、清音さんの周囲がギクッと揺れる。
清音さんってネットで暴れてたりするんだろうか。
普段の強気な姿勢を見ていると、充分ありえる気がして怖いな。
「んなごちゃごちゃ言われてもわかんねーし」
亮介は早々に理解を諦めた。亮介らしいな。
「んー、つまり、亮介の言葉でボクが嫌な気持ちになるなら、それはいじめだし、内藤君の言葉で亮介が嫌な気持ちになるなら、それもいじめだって話だね」
ボクが説明すると、今度は内藤君がギクリとなった。
「……その通りだ」
内藤君は涼しい顔をしてたけど、背景はプルプルしてるし、さっきあげたばかりのメガネをあげなおしてるので、ボクは笑いをこらえるのが大変だ。
拍子に「けほっ」と咳をしてしまって、ボクは口元を押さえた。
「なんだ、風邪か? 最近お前咳多くねーか?」
亮介が軽い口調で声をかける。でも背景はとっても心配そうだ。
「ああ確かに。佐々田君は音楽発表会の後から、時々喉を押さえているように見受けられるな……」
内藤君は実際も背景も必要以上に深刻そうだ。
「お前根が真面目だからなぁ。歌の練習やりすぎたんじゃねーの?」
「うーん。別に喉が痛いわけじゃないんだけど。なんか声がうまく出なくて……」
あ、もしかしてこれって、声変わりなのかな。
そっか……、ボクにもやっと来たんだ、声変わり。
ボクはどんな声になるんだろう。
大人っぽい自分の声なんて、なんだか想像できないや。