「そんな無理して神社で読まなくても古本屋にあるでしょ。それより宿題、そろそろ始めなきゃ終わらないわよ?」
と、お母さんが言うのはわかるんだけど「せっかくだから最後まで神社で読みたいんだ」とボクは答えた。
「仕方ないわね、帰ったらちゃんと宿題するのよ?」
お母さんは意外なほどあっさり許してくれて、ボクの方が驚いた。
ボクが毎日神社に通ってると聞いて、お母さん達が挨拶に行った時、巫女のお姉さんから「毎朝掃除を手伝ってもらって、とても助かっています」と頭を下げられたのが効いてるみたいだ。
お姉さんは、ボクがいかに真面目に掃除をしていたか、こんな素晴らしい子を育てた親はさぞ立派な方だろう、と、うちの両親を持ち上げてくれていたから。
漫画の神様の最終巻を読み終えて、ボクは感動と達成感に包まれてお堂にゴロンと仰向けた。
言葉にならないほど素晴らしかった最終巻を胸に抱いて、じんと熱い目を閉じる。
よかった……。ほんっっとうに、よかった。
あの過去も、辛い出来事も幸せなひと時も、全てが主人公にとって必要で……。
仲間の誰一人欠けていたら辿り着けない、そんな到達点だった。
ボクが最後に読んでいたシリーズは、漫画の神様が亡くなる直前に完結させた長編だった。
巻末の挨拶では編集さんが神様の急死を悲しんでいて、神様の作品がもっと見たかったと書かれた編集さんの言葉にボクは深く同意する。
だって、ボクの日常にはこんな漫画みたいなドキドキはない。
ボクも、神様の描くドキドキの日々をもっともっと追いかけたかったな……。
感動した心に少しの悲しみが混じって、涙がまたじわりと溢れてしまう。
ボクは慌てて目をこすると、周りに人がいないことを確かめた。
この神社には参拝客も少なくて……というよりも、この周辺にそもそも住民が少ないんだよね。
とにかく人の姿を見かけることは滅多になかった。
だから今だって、お堂にはボクの他に誰も………………うん?
御神体と呼ばれていた像がほのかに光ってるような……?
そんなはずないか。涙でぼやけて見えたのかな。
ボクは最終巻をもう一度パラパラと捲って感動を噛み締めながら、明日から始まる家での日常を思う。
亮介とは一緒に遊べないだろうし、しばらくは宿題を頑張るしかないだろうなぁ。
なにせ、六年生のボクには最高学年らしい量の宿題が待っているから。
捲るページの中では、キャラクター達が色んな効果や背景でいきいきと分かりやすく感情を表している。
「あーあ、現実もこんな風に分かりやすかったらいいのになぁ……」
ボクは呟きながら、最終巻を丁寧に本棚に戻した。
『条件達成じゃ』
突然、頭の中に凛とした声が響く。
「その願い、わしが叶えてやろう」
女の子らしい高い声がして御神体が眩しく輝くと、目の前にはもふもふした、可愛い……えーと、これは……?
幼稚園児くらいの見た目の幼女が、巫女さんの服をアレンジしたような白い和服に赤い袴で、なぜか肩と脚が見えてる服を着て、さらにはもふもふしたきつね耳に九本……じゃないな、六本のきつねのような尻尾をもふんもふん揺らしている。
「なんじゃ、わしを知らんのか? この神社のもえもえマスコットキャラ、お狐ちゃんじゃぞ?」
なぜか空中にぷかぷか浮かんでいるもふもふ幼女は、太くて短めの眉をクイっと片方上げてボクを見下ろす。
あ、そういえばお守り売り場にもこの子がプリントされたグッズ……、いや、お守りが並んでいたのをみた気がする。
「お主は実に楽しそうに漫画を読むのう。いやはや、新鮮な反応は健康に良い!!」
「え、見てたんですか!?」
「そりゃお主がわしの目の前で読んどるからのう」
「ええっ」
確かにこの子は御神体から出てきたから……?
じゃあボクは漫画を読んでる間ずっとこの子に見られてたって事!?
「この短期間でわしの漫画を全て読み切るとは、中々見上げた根性だのう」
「わしのって……、えっ、もしかして、漫画の神様なんですか!?」
「そうじゃ、御神体から出たんじゃぞ、漫画の神様に決まっとるじゃろ。お主、わしをなんだと思っておったのじゃ?」
「神社のマスコットキャラかと……」
「この姿は仮の姿じゃ! お主とて、くたびれた三段腹のおっさんが出てくるよりこの姿の方がもえるじゃろうが! 今風に言うなら『のじゃロリ』じゃぞ? 最の高じゃろ!?」
「え……えっと……。そういうの、ボクよくわかんなくて……ご、ごめんなさいっ」
「グヌっ、そんな風に謝られると、調子に乗ったこっちが大人気なく見えるじゃろうが。お主は近年まれに見る純朴な少年じゃな」
「ジュンボク……?」
「純粋で、素朴という意味じゃ」
「はぁ……」
それって褒められてるのかな? お礼を言うべきなのかがよくわからないまま、ボクは曖昧に返事をする。
「まあ、お主なら、この力を悪用することもあるまいて」
「?」
「何か困ったことがあれば、また来るが良いぞ」
神様はボクが今日で来なくなることも知ってるんだ、すごいなぁ。
「は、はい。今日まで毎日お世話になりました。ありがとうございました」
ボクは神様にたくさんのドキドキをもらったことへの感謝をいっぱいこめて、ぺこりと頭を下げる。
「佐々田くーん、そろそろ神社を閉めますよー」
遠くから巫女のお姉さんの声がする。
ボクはリュックと水筒を拾い上げるとお堂を出ようとして、一番大事な事を伝え忘れていたことに気づいた。
「漫画の神様! 神様の漫画、とっても面白かったです!!」
神様はニカっと笑って「当然じゃ!」と答えた。