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第8話 そして、新たなスタートへ(1)

 季節は巡って春。

 三月も終わりに差し掛かっていたある日のこと。諒太は散歩がてら、美緒の手を引いて小学校の通学路を歩いていた。

「で、ここを左に曲がったら」

「しょうがっこうだ!」

 しばらく歩くと、美緒が来月から通うことになる小学校が見えてきた。

 本人はまさに興味津々といった感じで、校門の隙間から校舎を覗き込んでいる。諒太はそれを微笑ましく思いつつ、そっと頭を撫でてやった。

「美緒も小学生かあ。お姉さんになったなあ」

「えへへ! しょうがっこういくの、すごくたのしみっ」

 気がつけば、美緒を引き取ってから一年の月日が経つ。身長だって伸びたし、前よりもスムーズな会話ができるようになった。日々成長していく姿を目の当たりにして、しみじみとした気持ちになってしまう。

「あっ、しんごうきあおだ!」

「待って待って。道路を渡るときは?」

「みぎひだりをみて、くるまがこないか、かくにんしてからわたりまーすっ」

「はい、よくできました」

 帰り道も道路の歩き方や、安全に関する話をしながら歩く。

 今日はぽかぽかとした陽気が心地よく、絶好のお出かけ日よりだ。道路沿いには平年より早く開花した桜が連なり、あたたかな春の訪れを感じさせてくれた。

「にゅうがくしきまで、サクラさいてるかなあ?」美緒が首を傾げて言う。

「んー、どうだろう。桜は散るの早いからな……でも、頑張って咲いてくれるといいよなあ」

 そんなやり取りのあと、ふと諒太は思った。

(入学式といえば……)

 環境が変わるのは美緒だけではない。恋人である橘大地もまた、この春からは調理師専門学校の学生になる。

 高校を卒業したら一人暮らしを始めると言っていたから、きっと今は新生活の準備で大忙しなことだろう。そのうち学校が始まって、会う機会も減ってしまうかもしれないが、それも止むを得ない。

 少し寂しさはあるものの、互いを尊重し合える関係でありたいとは常日頃から思っている。橘には夢があるし、そんな彼を応援したい気持ちの方がずっと強い――専門学校での新しい生活を楽しんでくれるのが何よりだ。

(ま、大地なら恋人を放っておく……なんてことはないだろうしな)

 自惚れているわけではないが、今まで一緒に過ごしてきて、彼からの愛情はひしひしと感じていた。それはもう疑いの余地がないほどに。

 しかし実際のところ、自惚れるくらいでちょうどよかったのかもしれない――帰宅後、諒太は思わぬ出会いに驚かされることになるのだった。

「隣に越してきました、橘です。ご挨拶に伺いました」

「……はえ?」

 ドアチャイムが鳴ったので玄関に出てみれば、そこには橘の姿があった。

 何事かと思ったものの、すぐに思い出す。そういえば先週、隣の部屋に人が入ってくると聞いていたような。

「って――ええ!?」

「今日は引っ越し作業でご迷惑をおかけします。それと、こちらは心ばかりの品ですが」

 橘が「御挨拶」と書かれた、のし付きの菓子折りを差し出してくる。諒太はそれを受け取りながらも頭が混乱していた。

「お隣さんが引っ越してくることは知ってたけど……う、嘘だろ? まさか大地が来るだなんて……」

「ハハッ、諒太さんってばすごい顔してる。親には生協マンションを勧められたんですが、ちょうどタイミングよく部屋が空いてたんで――どうせならと来ちゃいました」

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