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第6話 酔いどれな夏の夜(1)

 世は夏休みシーズンといえど、受験生にとっては関係のないことで、なかには過酷なスケジュールを組んでいる者もいるだろう。

 たとえば、予備校に塾。特に難関校を目指す子であれば、夏期講習で朝から晩まで必死の受験勉強をしていることと思う。

 そして、塾講師にとってもそれは同じだったりする。

(しんどい……)

 大学受験生を対象とした予備校。諒太は高校の非常勤講師と兼業して、ここでも講師を務めている。高校が夏季休暇に突入したぶん、他で授業を受け持つ機会が増えたのだが、おかげで拘束時間が随分と増えてしまった。

 姪の美緒は実家に預けている――今ではジジババにもすっかり打ち解けた――ため、そこの問題はないのだけれど、この残業の多さには目も当てられない。

「お先に失礼します」

 タイムカードを切ったときには、すでに時刻は二十三時過ぎ。「お疲れ様」という見送りの言葉を受けて職員室を出た。

 重い足取りで駅に向かい、終電間際の電車に乗り込む。ここで、ようやく一息つくことができた――座席に座って、何となしにスマートフォンを取り出す。

 見れば、LINEの通知が来ていた。橘からのメッセージだ。

『出願可否通知が届きました。出願可とのことです』

 添付されている画像ファイルは、《出願可通知書》と書かれた書類の写真だった。

 橘は総合型選抜AO入試制度で、調理師専門学校にエントリーしたのだが、見事面接を突破したらしい。

 まだ書類審査があるとはいえ、ほとんどの場合、出願手続きが済めば合格内定のようなものだ。

 まずはひと安心といったところだろうか。安堵の思いとともに返信を打つ。

『ひとまずおめでとう、書類審査もこのまま通るといいな!』

 すると、すぐに既読がついた。

 橘からは『ありがとうございます』と簡素な返事が届く。電車内にも関わらず、諒太はクスッと笑ってしまった。

(橘らしいなあ)

 素っ気ない文章からでも、喜んでいることが伝わってくる。

 橘は淡々とした話し方をするし、表情や態度もあまり変わらないことが多いけれど、なんとなく喜怒哀楽はわかりやすい気がするのだ。そこが面白く、また最近になって気づいたが、案外可愛げがある。

(なんて思っちゃうのも、相当惚れこんでいる証拠だよな……)

 ふう、と諒太は大きな息を吐く。橘のことを考えていたら、少しばかり寂しくなってしまった。

 最後に会ったのはいつだったか。高校での授業もなければ、最近は受験の妨げになるかと思って家に誘うこともなかった。日頃からLINEでやり取りをしているとはいえ、やはり直接会って話をしたいのが本音ではある。

(たまには、こっちから出向くのもいい……かな)

 明日は何も授業のコマが入っていない日――久しぶりの休日だった。

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