目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第4話 意地っ張り同士のふれあい(1)

「風呂、ありがとうございました」


 そう声をかけられて諒太が振り返ると、そこにはスウェットを着た橘の姿があった。


「悪い。やっぱ服小さかったよな」

「いや、全然平気っすよ」


 寝間着としてスウェットを渡したものの、平均並みの諒太に対し、橘は身長も高く体格もいい。丈が足りないのはもちろん、肩幅もパツパツな印象を受けた。下着も買っておいた新品のものを渡したけれど、それだって怪しいだろう。


(あまりに突然だったしな……)


 何の準備もないまま人を家に泊めるだなんて、いつぶりなのかもわからない。

 とりあえずソファーに座るよう促すと、橘はそれに従って腰かけた。


「湯上りになんか飲む?」諒太が問いかける。

「じゃあ、水もらえますか」

「はいよ、っと」


 キッチンで二つのグラスに水を注ぐ。諒太は片方を橘に差し出しつつ、その隣に座って、自分の分の水をあおった。

 そうして少しの間、互いに無言でいたのだが、やがて諒太から口を開いた。


「何も訊かないのな」

「話したくなさそうなことをわざわざ訊くほど、野暮じゃないっすよ」


 橘は淡々と答える。

 相変わらず大人びた対応をするものだ。先ほどの出来事について尋ねたいはずなのに、決してそうしない。ただ静かに、こちらの言葉を待ってくれている。


 話そうとしなければ、おそらくそのまま流してくれるのだろう。けれど、それはそれで居心地が悪い気がして、諒太はぽつりと呟いた。


「もうバレてんだろ、俺がゲイだって」


 押しかけてきたのは付き合っていた相手だったこと。別れを切り出したのに、なかなか縁が切れなくて最近困っていたこと――。

 そのようなことを話しながら、なんだか泣きたい気持ちになった。


「あーあ、橘には知られたくなかったなあ。男が好きだとか……ちょっと戸惑っちゃうよな」


 言うと、橘は首を横に振る。


「いえ、それは――なんとなく《そっち系の人》かなとは思ってはいたんですが」

「ああ、そう……」


 生返事をしつつ、ワンテンポ遅れて「は?」と口にした。まさか、以前から見抜かれていたとでもいうのか。


「ちょっと待って。俺、いかにもなゲイじゃなくない!? ヒゲとか生やしてないし、痩せっぽちだし!」

「そりゃあ、人の好意とかフツーにわかるものじゃないですか。特に、先生は顔に出やすいっていうか」


 と、そこで言葉を区切り、


「先生、俺のこと好きでしょ?」

「なっ!?」


 真剣な表情で告げられ、諒太は絶句する。すぐに否定しなくてはと思ったものの、言葉がうまく出てこず、ただ赤面するしかない。


「ほら、赤くなった。やっぱりわかりやすい」

「違っ、そんなんじゃ」

「それと気づいてないかもっすけど、先生ってすげー俺のこと見てくる癖ありますよ」

「う、うそ……」


 愕然とする。言われてみれば思い当たる節はあるかもしれない――けれど、完全に無意識だった。

 こんなの、さすがにわかりやすすぎる。思わず頭を抱えた諒太だったが、その手を橘が掴み、強引に引き剥がした。


 顔を覗き込むようにして、真っ直ぐに見つめられる。視線を逸らすことも許されないような眼差しに射貫かれ、諒太の心臓がどくんと跳ねた。


「いや、その……橘のことは確かに好きだけど、別に恋愛対象とかではなくてっ」

「え、もしかして自覚ないんですか。それとも俺を試そうとしてるんすか」


 焦る諒太に対し、橘は冷静に切り返してくる。

 彼は何を考えているのだろう。その瞳からは感情を読み取ることができない。


「……ごめん」


 だから、諒太はただ謝った。

 さんざん否定してきたけれど、こうしてよくよく考えてみれば、やはり彼のことが好きなのだと思える。が、いざ認めたところでこれだ。


(……ああ、終わりだ)


 引導を渡すなら早くしてくれ――そう思ったのも束の間、


「どうして? 俺も先生のこと好きですよ」


 橘がさらりと告げ、今度こそ耳を疑った。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?