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第3話 最悪のカミングアウト(2)



    ◇



「だいちくんっ、ドライヤーやって!」


 風呂上がりの美緒が、濡れた髪のままパタパタとキッチンに駆けていく。その先には食器洗いをしている橘の姿があった。


「うん、いいよ」


 橘は穏やかな笑みを浮かべつつ快く了承する。その返事に満足し、美緒は嬉々としてリビングのソファーに腰かけた。


「ごめんな、橘。こんなことまでさせちゃって……ああ、洗い物代わるよ」

「いえ、もう終わりますから。先生もちゃんと髪乾かしてくださいよ」


 諒太が申し訳なさそうに声をかけるも、橘にやんわりと押し戻されてしまう。


 今日は平日の金曜日。特に会う約束はしていなかったものの、偶然にも帰宅途中でばったりと出くわしたのだ。夕飯は一人だと聞き、それならば――と、こうして家で夕食を共にすることになったわけだ。


 つい先週の日曜日も家に招いたばかりだし、ますます頻度が増えている気がする。先日受けた学年主任からの忠告もあって、少し控えるべきだろうかと思いつつも、喜ぶ美緒の顔を見たらどうにもならない。


 それに、諒太自身も助かっているのだ。橘はてきぱきと家事をこなし、諒太よりもずっと早く仕事を片付けてしまう。作る料理も美味しいし、よく気が利いて美緒の面倒も見てくれる。そして、何より一緒にいて楽しいのだ。


 だから、彼が遊びに来てくれることは素直に嬉しいと思うし、できればこのまま通い続けてもらえたらとも思ってしまう――などと、考えていたときだ。


 ピンポーン、とドアチャイムの音が鳴る。


 こんな時間に誰だろうか。用心しつつ、覗き穴から確認してみれば、


「嘘だろ……」


 予期せぬ来客に愕然とする。こんなことなら、アパートではなくオートロック式のマンションに住んでいればよかった。


「橘、ちょっと美緒のこと頼む」


 短く告げて、諒太はドアを開けて玄関先へと出た。本当はドア越しに話したかったけれど、美緒や橘もいる手前そうはいかない。


「久しぶりだね」


 諒太が顔を見せるなり、開口一番に相手――元カレである大道寺啓介が言った。

 久しぶりに会った彼は以前と変わりないようだが、どことなく嫌な目つきをしているように見える。


「『もう顔も見たくない』って言ったよな」諒太は低く言った。


「だけど、こうして出てきてくれたじゃないか」

「あんたが押しかけてくるからだろ。無視したら、それはそれで……っ」


 グイッと腕を掴まれて言葉が途切れる。すぐに振り払おうとしたが、力が強すぎてびくともしない。


「何すんだよ!」

「もう一度だけチャンスをくれないか。俺が本当に心を許せるのは諒太しかいない――俺には諒太が必要なんだ」


 悲壮感すら漂わせながら大道寺が訴えかけてくる。

 不意に顔を近づけられ、諒太は思わず後退った。


「やめろ! 俺はもうあんたなんかっ」

「愛しているよ、諒太」


 拒む声も虚しく、大道寺に抱きしめられてしまう。同時に、ずくんと胸の奥が疼くのを感じた。

 この大きな体に何度抱かれたことだろう。諒太の脳裏に、かつての恋人だった男の姿が蘇ってくる。しかし、もう二度とあんなふうには戻れない。


「やだ、やだって!」

「強がるなよ。本当は今だって、俺に抱かれたいんだろ?」

「やっ、んなワケ……」


 嫌悪感と怒りがない交ぜになって、諒太は必死に大道寺の胸を押し返す。それでも力は緩まることなく、かえって強くなった気さえした。


 と、そのとき。ガチャリという音がして、今もっとも聞きたくない声が耳に届いた。


「先生?」


 諒太はハッとして身じろぎを止める。振り向けば、橘がドアを開けて固まっていた。

 その視線は、諒太と大道寺の間で行ったり来たりと彷徨っている。


(見られた――)


 男が男に抱きついているだなんて、どう見ても普通の関係とは思われないだろう。一瞬にして血の気が引いて、目に涙が滲んだ。


「お願いだから……離してくれよ、大道寺さん」


 震えそうになる声で、どうにか言葉を紡ぐ。

 すると、大道寺は名残惜しげに離れてくれたものの、今度は橘の方に向き直って口を開くのだった。


「君、諒太の何なの? 彼氏――いや、諒太の趣味を考えればセフレかな?」


 その発言を聞いた途端、諒太の胸は張り裂けそうになった。

 橘はそんなのじゃない――思わず叫びたくなったけれど、それよりも先に橘が動く。


「だったら、どうだって言うんすか」

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