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第1話 嫁にほしくなるほどのカレ(3)



    ◇



 休日が明けて、Y高校での授業日。受け持ちである三年四組の教室に行くと、確かに橘大地の姿があった。


(うわ、めっちゃいるじゃん……本気で気づかなかった)


 料理教室での彼とは違って見える――そう、やけに目立たないのだ。派手さはないものの容姿端麗で、体だって大きいというのに。

 ただ、一度気づいてしまえば、気になって仕方ないもので、授業中だというのにチラリと視線を向けてしまった。すると、ばっちり目と目が合う。


「――……」


 諒太が慌てて目を逸らすと、フッと笑う気配が伝わってきた。明らかにバカにしている態度だ。

 むっとしたものの、諒太は授業をやり過ごし、休み時間になったところで橘に声をかけた。


「君、笑っただろ」

「すみません。ちょっと面白くって」


 悪びれもせず真顔で謝られて、諒太はどうしたものかと考える。生徒と馴れ合うわけにはいかないけれど、どうにもキツく言う気にもなれない。


「あのな、生徒として授業に身が入らないのは困るんだよ」

「俺、真面目に授業受けてましたけど。変に気にしてるのは先生の方じゃないすか」

「!」


 真っ向から指摘されて、返す言葉がなかった。


「っ……ごめん、そうかも。自分で言うのもなんだけど、なんかソワソワしちゃってたんだと思う」


 他の生徒たちもいる手前、声を潜めて諒太は告げる。

 やはり気分が浮足立っていたのだろう。「仕事とプライベートは分ける」などと自分で言っておいて、これでは示しがつかない。


「いえ、ぶっちゃけ、俺も先生の授業受けるの楽しみにしてたんで」


 こちらの考えを知ってか知らでか、橘は表情一つ変えず、さらりと言ってのけた。

 あまりにストレートな言い方に、諒太は思わずドキリとする。生徒からそう言われたのは初めてのことだった。


「でも、先生がちょっと緊張してるのがわかってしまって。俺、嘘つけない性格だし」


 つい笑っちゃいました、と。言って、頬をぽりぽりと掻く。

 諒太は何とも言えない気持ちになり、そっと息をついた。


「仕方のないヤツだなあ、橘は」


 口元が綻んでしまうのは、きっとまんざらでもないからだ。

 生徒とこんなふうに心を通わせていいのだろうか――そんな葛藤がありながらも、個人的な感情はやはり抑えきれない。年甲斐もなく胸がドキドキとして、諒太は不思議な感覚を味わっていた。

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