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休日が明けて、Y高校での授業日。受け持ちである三年四組の教室に行くと、確かに橘大地の姿があった。
(うわ、めっちゃいるじゃん……本気で気づかなかった)
料理教室での彼とは違って見える――そう、やけに目立たないのだ。派手さはないものの容姿端麗で、体だって大きいというのに。
ただ、一度気づいてしまえば、気になって仕方ないもので、授業中だというのにチラリと視線を向けてしまった。すると、ばっちり目と目が合う。
「――……」
諒太が慌てて目を逸らすと、フッと笑う気配が伝わってきた。明らかにバカにしている態度だ。
むっとしたものの、諒太は授業をやり過ごし、休み時間になったところで橘に声をかけた。
「君、笑っただろ」
「すみません。ちょっと面白くって」
悪びれもせず真顔で謝られて、諒太はどうしたものかと考える。生徒と馴れ合うわけにはいかないけれど、どうにもキツく言う気にもなれない。
「あのな、生徒として授業に身が入らないのは困るんだよ」
「俺、真面目に授業受けてましたけど。変に気にしてるのは先生の方じゃないすか」
「!」
真っ向から指摘されて、返す言葉がなかった。
「っ……ごめん、そうかも。自分で言うのもなんだけど、なんかソワソワしちゃってたんだと思う」
他の生徒たちもいる手前、声を潜めて諒太は告げる。
やはり気分が浮足立っていたのだろう。「仕事とプライベートは分ける」などと自分で言っておいて、これでは示しがつかない。
「いえ、ぶっちゃけ、俺も先生の授業受けるの楽しみにしてたんで」
こちらの考えを知ってか知らでか、橘は表情一つ変えず、さらりと言ってのけた。
あまりにストレートな言い方に、諒太は思わずドキリとする。生徒からそう言われたのは初めてのことだった。
「でも、先生がちょっと緊張してるのがわかってしまって。俺、嘘つけない性格だし」
つい笑っちゃいました、と。言って、頬をぽりぽりと掻く。
諒太は何とも言えない気持ちになり、そっと息をついた。
「仕方のないヤツだなあ、橘は」
口元が綻んでしまうのは、きっとまんざらでもないからだ。
生徒とこんなふうに心を通わせていいのだろうか――そんな葛藤がありながらも、個人的な感情はやはり抑えきれない。年甲斐もなく胸がドキドキとして、諒太は不思議な感覚を味わっていた。