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 しっかりとブロックされていた。ボイチャの連絡先からもいつの間にか削除されていたし、こういうところ、先輩の根暗っぽいとこだよなぁと思いながら、私はぼうっとベッドに転がって、盗撮写真の数々をスクロールしていた。

 お姉ちゃん曰く、私は結構重いらしい。弟からはストーカー気質だと言われた。その自覚も何となく出てきたし、残念ながら証拠もあった。先輩をこっそり撮った写真はいくつもあるけどその一枚目は、初めて出会った翌日の、まだ声も掛ける前。映えを狙う振りをして、ケーキよりも端に収めた先輩にピントを合わせた一枚で、我ながら言い訳のしようもなかった。あの時は単に、その横顔を家でも眺めていたいと、そう思っただけだったけど。

「……」

 何度考えてもわからなかったし、わからないから、諦めようもなかった。私が先輩を傷つけたことだけはわかったけど、私もしっかり傷つけられた。それでも先輩は私を好きだと言っていたし、私も先輩をまだ好きだった。

「風呂あたし先でいい?」

「……いいよ」

 がちゃ、と前置きもなしに扉が開いて、お姉ちゃんが顔を覗かせる。頷くと、お姉ちゃんは私の手元に気付いて、はっきりと顔を顰めた。

「うわ、もしかしてあんたまだ見てんの? うわキモ重、引くわーまじで」

「うっさい」

 勝手に人の部屋開けといて。でももうお姉ちゃん帰ってきてたんだ。ついさっきベッドに転がった気がしたのに。この平日、答えが出ないままじゃ会っても一緒かと放課後も昼休みも一人で過ごして、その癖時間は飛ぶように過ぎていった。退屈な時間がいっぱいだなぁ、なんて思ってたのに。元々薄っぺらい人生が、靴裏に潰されてぺしゃんこになったみたいだった。

「その調子じゃ来年までそうしてそうじゃん。いい加減忘れるか、もっかい話し合うかしな」

「うっさいってば! 風呂行け!」

 投げつけたクッションはドアに塞がれて、ぼとりと力なく落ちた。お姉ちゃんはけらけら笑いながら、ドアを閉め切らないまま廊下を行った。溜め息を吐いて立ち上がって、ばたんと乱暴に閉める。

 忘れないために。話し合うために、こうして考えてるんだから。そんなことちゃんとわかってる。言われなくても、まだこんな中途半端で諦めるつもりなんてさらさらなかった。先輩も先輩だ。勝手に言いたいことだけ言って、肝心なことはまだ隠し持って、これきりなんて。

 でも、もう一週間が終わって、明日は土曜日。先輩が、美術室にいる休日。行くかどうかは、まだ決められていなかった。思考は堂堂回りで、どうして、で終わって、止まってしまった。直接訊いても教えてくれないだろうことは、馬鹿な私でもわかった。

「そうそう」

 足音が戻ってきて、また断りもなく開けて。投げつけた別のクッションを手でべしと落としてから、お姉ちゃんは何でもなさそうに、言った。

「あの子だけどさ、多分、お前を避けてるんじゃなくて、自分から逃げてんだと思うよ」

「……」

 言ってる意味はわからなかった。それがどういう意味のアドバイスかもわからなかったけど、私は別のクッションを持って、それに顔を埋めて、首を振った。

「先輩はそんなに弱くないもん」

「あんたがんなこと思ってるからだろ。大体誕生日一ヶ月も離れてない癖に、そんなんで心の強さ変わるかよ。ああいう図太く見える子は、結構繊細なの」

 あんたもわかってんじゃないのと言われて、またクッションを投げつけた。

「ま、幻滅するならして、より戻せそうならすりゃいいじゃん」

 ずけずけと、何の気遣いもくれずに。お姉ちゃんとかお母さんのこういうとこ、好きじゃなかった。ばたんと今度は扉を閉めて、お姉ちゃんは廊下の向こうへ行った。もう一個クッションを投げつけたら、もう抱きかかえる分も残らなかった。ぼすりと扉にぶつかったクッションは、下に溜まった三つにぶつかって、ぺすと情けない音を立てた。

 取りに行こうか、すこし考えて、そのまま手の中のスマホを見た。ロックを解除して、先輩のアルバムをスクロールした。

 最後に撮った写真に行き着いた。描きかけのキャンバスを写した一枚。先輩が帰ってしまったあとで、撮った一枚。先輩と私を描いた、という絵。あれから調べて知ったこと。烏には、太陽の使い、という見方もあるらしい。

 先輩が繊細で弱いなんてこと、根暗で見栄っ張りなんてことくらい、私の方が百倍わかってた。そんなことすら愛しいくらい、そんなとこにすら惚れたくらいなんだから、今更幻滅とか、するわけなかった。

 映った烏が先輩で、画面にはない太陽が私なら。先輩の言った顔も見たくない、声も聴きたくないっていうのが、目を逸らしたいってことなら。私の、絵から。先輩自身から。

『……お前は私の絵なんか、……好きじゃないだろ』

 絵に返事をくれなくなったこと。いいんじゃない、なんて曖昧な言葉しかくれなくなったこと。先輩が本当は弱いこと。繊細なこと。強がること。見栄を張ること。それが少しずつ繋がってきた気がして、私は唇を結んだ。

 サブ垢でログインして、先輩のアカウントを覗いた。投稿は増えてなくて、お気に入り欄も動いてなかった。それにすこしほっとしてから、今度は先輩のフォロー欄を覗いた。先輩の真似をして、私もフォローをしている人ばっかりだった。私も確かに好きになった人もたくさんいたし、イマイチぴんと来ていない人もたくさんいた。

「…………」

 それからまた、先輩のお気に入り欄を覗いた。それを少しずつ遡って、ひとつひとつ、覗いていった。私の絵が三枚過ぎる頃には、溢れる気持ちが勝手に涙になって、それがぽたりと滴になって落ちた。怒りとも、安堵とも、悲しさともつかないような、熱い滴だった。

 馬鹿みたいにそのまんまだった。私の絵だけ、ぽっかり浮いていた。それにやっと、ようやく気付いて、なんだ、と、もう、そんなことかよ馬鹿と、なんか、もう、ぐちゃぐちゃで、わからなくなってしまった。

「…………」

 ごしごしと目を拭って、本垢に戻って、ばーかとだけ投稿した。それから一応交換した連絡先にあった家電に直接掛けて、先輩に取り次いでもらった。

『…………なに』

 静かで平坦な言葉だった。でも、そんな声でも聴けたのが嬉しくて、私はまたばーかと言いたいのを堪えて、代わりに言った。

「明日、もう一回話したいので……美術室、来てくださいね」

 もしかしたら、ビンタくらいはしてしまうかも。なんて、思いながら。

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