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第21話 動揺奔走


実習は思っていた以上にスムーズに進んでいた。

私はいつも通り、周りの生徒たちと息を合わせ、ダンジョンを攻略しながら、何事もなく終わることを願っていた。

そんな中で、クレア様がいつも少し心配だったけれど、彼女ならきっと大丈夫だと信じていた。

実習が終わり、全員が戻ってきて点呼が行われた。

その時、私はなぜか少し緊張していた。

全員無事に戻ってきてくれればいいけれど、無意識のうちに何か違和感を感じていたのかもしれない。


「リーグリス、アリシア、サラ、そして…リーシェンは?」


と、点呼を取る教師の声が響いた。

その瞬間、私の心臓が一瞬止まったような気がした。

クレアの名前が呼ばれたが、彼女の返事はなかった。


「リーシェンがいない?」


私は小声で呟いた。

それはほんの一瞬のことだったが、時間がゆっくりと流れているかのような感覚に襲われた。

周囲の生徒たちがざわざわとし始め、私の中で不安が一気に膨れ上がっていく。


「先生!リーシェンが…リーシェンが転落したんです!」


突然、リーグリスの震える声が響いた。

彼女は目に涙を浮かべながら、動揺している様子だった。

その隣にはアリシアとサラも同じように悲しそうな顔をして、彼女たちも涙を流していた。

私はその場に立ちすくんだ。

転落?クレアが?


「どういうこと?」


私は何とか声を絞り出し、彼女たちに問いかけた。

だけど、私の声は震えていた。

クレア様がそんなことになるなんて信じられなかったし、何が起こったのか理解できなかった。

リーグリスは涙を拭いながら、震える声で続けた。


「私たち、一緒にダンジョンを探索していたんです。でも、リーシェンが…ドジを踏んで、誤って吹き抜けから…」

「そんな、どうして…」


私は言葉を失った。

彼女たちの涙を見ても、何かが引っかかっていた。

リーグリスたちはクレア様をいじめている。

彼女たちがクレアに対して抱いている感情が良くないこともわかっていた。

でも、今ここで泣いている彼女たちを責めることなんてできなかった。

だって、ドジなクレア様のことだ。

もし本当にクレア様が転落した可能性もある。

そうだとしたら、今はそんなことを邪推している場合ではない。

彼女が無事かどうか、それだけが気がかりだった。


「先生!どうかリーシェンを助けに行ってください!」


アリシアが涙ながらに教師に訴えた。

その声は切実で、必死に見えた。

教師たちもすぐに対応を始め、数名がダンジョンに向かう準備を整えていた。

私はその場に立ち尽くしていた。

どうすればいいのか分からない。

ただただ不安が押し寄せてきて、胸が締め付けられるような感覚に陥っていた。

クレア様は今、どうなっているんだろう?

彼女は無事でいてくれるのか?私はそれを考えるだけで、息が詰まりそうだった。


────────────────────────



時間が経つにつれて、私の不安はどんどん増していった。

グレアス様に報告のために学園に戻った一部の教師以外の教師たちはクレア様の捜索に出発したが、その間、私たちは何もできずに待つしかなかった。


「大丈夫かな…」


私は小さな声で呟いた。

その言葉は自分に向けたものだった。自分に『大丈夫だ』と言い聞かせるための言葉。

しかし、心の奥では本当にそう信じているかどうか分からなかった。

リーグリスたちはまだ泣いていたが、その涙に何か不自然さを感じるのは私だけだろうか。

彼女たちは本当にクレアを心配しているのか、それとも何か他の目的があるのだろうか。

そんな疑念が頭をよぎったが、今はその答えを考える余裕はなかった。


「リーシェン…どうか無事でいて…」


私はそう祈るしかできなかった。

彼女が転落したという事実が信じられない。

そんな事故が起こるはずがないと、自分に言い聞かせようとするが、現実の重さに押しつぶされそうだった。



時間が経つにつれて、教師たちは次第に焦燥感を募らせているようだった。

捜索隊が戻ってこないこともあって、私たちの周りには不安の空気が漂っていた。


「先生、リーシェンはまだ見つかってないんですか?」


私が聞いたとき、教師の顔には焦りの色が浮かんでいた。


「今も捜索中だ。しかし、ダンジョンの深層は複雑で、見つけるのに時間がかかっているのだろう」


その言葉は私にさらなる不安を与えた。

クレア様がどこかで苦しんでいるかもしれないという考えが、私を狂わせそうだった。

リーグリスたちは未だに泣いているが、その表情にはどこか違和感があった。

涙は流れているが、何かが嘘臭く見える。

私の心に小さな違和感が芽生えたが、それを確かめる勇気がなかった。


────────────────────────



時間が経つにつれて、私の心の中で不安がどんどん大きくなっていく。

クレア様は無事なのか、本当に事故だったのか。頭の中では次々と疑問が浮かんできたが、それを口に出すことはできなかった。


「もし、もしリーシェンが…」


その考えが頭をよぎった瞬間、私は自分を止めた。そんなこと考えたくない。彼女はきっと無事に戻ってくる。そう信じなければ、私はその場で崩れ落ちてしまいそうだった。


周りの生徒たちも不安そうな顔をしているが、誰も何も言わない。ただ、リーグリスたちの涙を見ているだけだ。しかし、その涙が本物かどうか、私は次第に疑い始めていた。


「リーシェン…お願いだから無事でいて…」


私は心の中で何度もそう祈り続けた。しかし、時間が経つにつれて、その祈りが届かないのではないかという恐怖が押し寄せてくる。



時間が経つにつれて、私の中である疑念がどんどん強くなっていった。

リーグリスたちの涙が本当にクレアを心配して流されているものかどうか、私は疑い始めていた。

彼女たちがクレア様に対して抱いている感情は、私も知っている。

作戦とはいえ、ずっとクレア様をいじめてきたことも、彼女たちが冷たい態度を取ってきたことも。

しかし、今ここで泣いている姿を見ると、その涙がどうにも偽りのように思えてならなかった。


「何かおかしい…」


私は心の中でそう思ったが、証拠もなく、何も言えなかった。

ただ、彼女たちがクレア様に対して何か悪意を抱いている可能性を捨てきれなかった。


「リーシェンは本当に事故で転落したのだろうか?」


その疑問が私の心に強く刻まれた瞬間、私はリーグリスたちの言葉が信用できないものだと感じ始めた。

しかし、それを証明する方法はなく、ただ不安と疑念が胸の中で渦巻いていくばかりだった。

────────────────────────

その日、学校での業務はいつも通り順調に進んでいた。

理事長代行としての役目を担うことになってから、日々忙しくも充実した日々を送っていた。

しかし、午後も半ばを過ぎたころ、突然の報告が私の平穏を打ち砕いた。


「殿下、緊急の報告がございます。実習中に、ある生徒がダンジョンで転落事故を起こしました。」


報告に来た教師の顔は蒼白で、まるで何か非常に重大な事態が発生したかのようだった。

俺は心の中で軽い動揺を感じつつも、すぐに平静を保とうと努めた。

事故はどんな場面でも起こり得る。

焦っても何も解決しない。

冷静さが肝要だ。


「事故の詳細を教えろ。その生徒は無事か?」


俺は教師の言葉を待ちながら、手元の書類を一旦脇に置いた。

彼の顔には明らかに緊張が浮かんでいる。


「実は…その生徒は深層に落ちてしまい、現在捜索中です。状況はまだはっきりしておらず…」

「落下した生徒の名前は?」


と俺は間髪入れずに尋ねた。

教師は躊躇しながらも答えた。


「リーシェンです。」


その瞬間、何かが胸の中で弾けたような感覚に襲われた。

リーシェン?

聞き覚えのない名前だが、そうであれば私にとって特別な意味を持たないはずだ。

しかし、心の中ではなぜかこの名前が異常に引っかかる。


「リーシェン…」


彼女は確か、最近校内でいじめ問題に関する調査に協力していた生徒の一人だったはずだ。

そう、いじめに関する資料の中に、彼女の名前を何度か見かけた。

筆跡も覚えている。

その資料は、いじめの証拠を提出していた生徒たちの中でも、特に詳細に書かれていたものだ。


「彼女の状態はどうなのですか?」

「まだ正確な情報は得られておりません。ただ、ダンジョンの深層は危険です。早急に捜索隊を送っていますが、発見には時間がかかるかもしれません。」


俺はその報告を聞いて、すぐに自分の机にあった資料を手に取った。

いじめの件に関して送られてきた膨大な資料の中に、リーシェンのものが含まれていた。

何度も目にしたその文字…そこに何か違和感を感じ始めた。

この筆跡、どこかで見たことがある。

資料を一つ一つ確認するうちに、俺の中である疑念が膨れ上がっていった。

リーシェンという名前と、この筆跡が俺の頭の中で結びついていく。

見覚えがある。

あまりにも馴染み深い、あの筆跡。


「まさか…」


私は急に胸が苦しくなり、息が詰まりそうになった。

リーシェンという生徒が、まさかクレアなのか?

最近何かコソコソとしていると思っていたが……まさか?


「リーシェンが、彼女だというのか…?」


急激に状況が飲み込めなくなった。

もし、もしこのリーシェンが俺の婚約者のクレア・シーケンスだとしたら?

彼女が転落したというのなら、一体何が起こったのか?

頭の中で次々と疑問が浮かび上がり、冷静さを保つことが難しくなっていく。


「すぐに現場に向かう!」


と私は叫んだ。

立ち上がり、教師に指示を出しながら自分でも信じられないくらい焦っていた。


────────────────────────


俺がダンジョンに向かう準備を整える間もなく、頭の中ではクレアのことが一瞬たりとも離れなかった。

彼女がいじめの証拠を集めていたこと、そしてその証拠がどれだけ重要だったのか。

それが今になって繋がってきた。


「彼女が本当に…あのクレアだというのか…?」


資料を改めて確認しながら、俺は筆跡をじっくりと見つめた。

何度も、何度も見たことがある文字。

あの優しくも繊細な筆致は、間違いなく彼女のものだった。

変装していたとしても、文字までは変えられない。

いや、むしろそこに無意識のうちに彼女の本質が出てしまったのかもしれない。

あのドジ娘が!

あれほど無茶をするなと言ったではないか。

まさか、彼女が“リーシュン”いう名前で通っていたなんて…。

そして、そんな彼女が今、命の危険にさらされているなんて。

胸の奥から込み上げてくる感情が抑えきれなくなっていた。

恐怖と焦り、そして怒り。

どうして彼女がこんな目に遭わなければならなかったのか。

なぜ、もっと早く気づかなかったのか。

俺に言えば解決したのではないか。


────────────────────────


俺は急いでダンジョンに向かうための準備を整えた。

捜索隊がすでに現場に向かっているという報告は受けていたが、私は待つことなどできなかった。

彼女がどこかで傷ついているかもしれない。

いや、もしかしたらもっと危険な状態に陥っているかもしれない。


「すぐに行く!彼女を救うために、私も現場に向かう!」


と叫んだ。

従者たちは俺の様子を見て戸惑っているようだったが、そんなことは気にしている暇はなかった。

今すぐにでも、彼女の元へ駆けつけなければならない。


「殿下、我々が先に捜索を続けますので、どうかご無理はなさらず…」


「そんな時間はない!」


俺は強い口調で従者を一蹴した。


「クレアは、彼女は私にとって大切な人なんだ。何としてでも俺が必ず救い出す!」


自分でも驚くほど強い感情が込み上げていた。

彼女が転落してしまったこと、その背景にあるいじめの問題、そして何よりも、彼女の命が危険に晒されている現実。

全てが一度に押し寄せてきて、俺は自分の感情を制御することができなくなっていた。



ダンジョンの入り口に到着した私は、すでに何名かの教師や捜索隊員たちが現場に向かっているのを見た。

しかし、それだけでは足りない。

俺自身が彼女を見つけ出さなければならないという思いに駆られていた。


「ここが…」


目の前に広がるのは、冷たい石造りの巨大なダンジョンだった。

入り口から見えるのは暗闇と、下へと続く不気味な階段。

まるでこのダンジョン自体が生きているかのような錯覚を覚えた。


「クレア、待っていてくれ。俺が必ず助けに行くから…」


階層式の構造で、深層に行くほど危険な魔物が現れると言われているが、それがどうしたというのだ。

クレアを救うのにそんなことで躊躇などしていられない。

俺はダンジョンに足を踏み入れた。


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