「さあ、静かに!」
教室に響き渡る教師の声に、ざわめいていた生徒たちは一斉に静まり返った。
今日は、毎年恒例の学校行事“ダンジョン探索”に関する重要な説明が行われる日だ。
私は、自分の席で少しだけ居心地悪そうに身を縮めながら、その話を聞く準備をしていた。
ダンジョン探索は、学生にとって最も重要な実戦訓練の一つであり、学校の伝統行事でもある。
年に一度、各学年がチームを組んでこの巨大な地下ダンジョンに挑む。
それは、単なる冒険というよりも、戦闘能力や協力の重要性を学ぶための厳しい試練だ。
なんで貴族のボンボン達にこんなことをさせるのかはわからない。
死んだらどうするんだろうか。
「ダンジョン探索は、全50階層から成る地下迷宮に挑む行事です。各階層にいる魔物の討伐や、隠された宝の発見を目指してチームごとに協力し合い、できるだけ深く進むことが目標です。」
教師が黒板に描かれたダンジョンの概要図を指しながら説明を続けた。
図には、階層ごとに魔物の強さや特徴、宝の種類が記されている。
上層では比較的弱い魔物が登場するが、下に行くにつれて魔物の強さは増し、それに比例して得られる報酬も豪華になるという。
「ただし、下層に進むほど危険が伴うため、無理は禁物です。自分たちの力量を冷静に判断し、適切なタイミングで引き返すことも大事だ。命を無駄にするなよ。」
教師の厳しい口調に、教室の中の空気がピリッと引き締まる。
この行事が単なる遊びではなく、実戦に近い訓練であることを改めて実感する瞬間だった。
「それから、今年もチームはランダムに決定します。今から発表するぞ。」
この瞬間、教室に再び緊張が走った。
チームメンバーの組み合わせ次第で、このダンジョン探索がどれほど楽しいか、あるいは苦しいかが決まるからだ。
私は内心で少し不安になりながら、自分の名前が呼ばれるのを待っていた。
「チーム1、リーグリス、アリシア、サラ、そして――」
名前が呼ばれるたびに、周囲の生徒たちは反応を見せる。
リーグリス、アリシア、サラは皆、貴族の出身で、戦闘や魔法の才能においては学校内でも一、二を争う実力者だ。
彼女たちと一緒にチームを組むことになる生徒は、きっと注目を浴びるに違いない。
私は、まさか自分がその一人になるとは夢にも思っていなかった。
「――そして、お前だ、リーシェン。」
教師が私の名前を呼んだ瞬間、私は体が硬直するのを感じた。
リーグリス、アリシア、サラと一緒に?
信じられない思いで周囲を見ると、クラスメートの何人かがこちらを見てひそひそと囁いているのが聞こえる。
「マジで、あの子がチームに?」
「大丈夫なのかな……」
「リーグリスたち、怒るんじゃない?」
大丈夫なわけあるか。
誰もが、私がこのチームで役に立つわけがないと思っている。
実際、私もそのことは自覚している。
彼女たちは優秀すぎて、私が何かを提供できる余地なんてないのだ。
だけど、この状況は避けられない。
くじ引きの結果で決まったことだし、やるしかない。
「まあ、しょうがないか。」
私は小さくため息をついて、顔を伏せた。
自分が劣っているのはわかっている。
それでも、やれる範囲で頑張るしかないんだ。
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授業が終わると、すぐにリーグリスたちの冷たい視線を感じた。
彼女たちは教室の隅で集まり、私を睨みつけている。
私はその視線に気づきながらも、できるだけ気にしないように努めた。
「なんで、あんな役立たずと組むことになっちゃったのよ。」
リーグリスの苛立った声がはっきりと聞こえた。
彼女は髪をかき上げ、ため息をつく。
「ほんとよね。こんな行事で足を引っ張られるなんて、最悪。」
アリシアも同調し、眉をひそめている。
サラはただ無言で私に冷ややかな視線を送り続けていた。
「せいぜい、私たちの邪魔にならないようにしてもらいたいものだわ。アンタがいると、どれだけ迷惑かかるか分かってる?」
リーグリスが嘲笑を浮かべてこちらに近づいてきた。
彼女の後ろにいるアリシアとサラも、同じように私を見下すような目をしている。
「…はい、できるだけ足を引っ張らないようにします。」
私は声を小さくして答えたが、彼女たちは私の言葉に興味を持っている様子はなかった。
彼女たちにとって、私はすでに“無能”で“邪魔者”という烙印を押された存在だ。
「できるだけ、ね。どうせすぐにパニックになって、逃げ回るだけでしょ?」
リーグリスが再び冷たい声で言い放つ。
アリシアも横でくすくす笑いながら、“まあ、せいぜいお荷物にならないようにね”と、嘲るように言い添えた。
私はその言葉を聞き流しながら、自分の胸に小さな決意を秘めた。
確かに、彼女たちにとって私は役に立たない存在かもしれない。
実力が足りないのは事実だ。
でも、それでも何もしないで終わるつもりはない。
少しでもチームのために役に立てるように、できる限りのことをしようと心に決めた。
流石に命に関わるこの行事で嫌がらせはしてこないだろう。
数日後、いよいよダンジョン探索の当日がやってきた。
朝の集合場所に向かう足取りは、決して軽いものではなかった。
私の心の中には、不安と緊張が渦巻いていた。
だけど、ここまで来たら逃げるわけにはいかない。
「今日から、ダンジョン探索を開始する。チームごとに協力して、目標を達成することが重要だ。決して無理をせず、力を合わせて進めること。わかったな!」
教師の指示が飛び、各チームはそれぞれダンジョンの入り口へと向かい始めた。
巨大な石造りの門が、私たちを静かに迎える。
門の向こうには、深い闇と冷たい空気が漂っていた。
「さて、行くわよ。」
リーグリスが先頭に立って歩き出す。
彼女の後ろにアリシアとサラが続き、私はそのさらに後ろを小走りでついて行った。
彼女たちは何も言わず、ただ前を見据えたままだ。
私は心の中で小さく息を吐き、彼女たちに遅れないように歩調を合わせる。
私たちの目標は、できるだけ深く進み、強力な魔物を討伐して宝を手に入れることだ。
しかし、私自身の実力では、どこまで役に立てるかは正直自信がない。
それでも、仲間に迷惑をかけないように、必死に頑張るしかない。
ダンジョン探検の準備が整い、私たちのチームはいよいよその入り口に立った。
見上げると、巨大な石造りの門の先には暗い洞窟のような入り口が私たちを迎えている。
ここから先には、数々の試練と危険が待っていることは分かっているが、私たちはそれを乗り越えるためにチームを組んで挑むことになった。
私の心は期待と不安でいっぱいだった。
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ダンジョンの中に一歩足を踏み入れた瞬間、私はそのひんやりとした空気に包まれた。
薄暗い通路の先には、何が待ち受けているのか全くわからない。
私たちのチームメンバーには、冷たく接してくるリーグリス、アリシア、サラの三人が含まれている。
私がこのメンバーと共にダンジョンに挑むことになるとは、正直言って驚きとともに、かなりの不安を抱えていた。
私の能力では役立つかどうか心配だったが、なんとか頑張らなければと思っていた。
「みんな、準備はいい? ここからが本番よ。」
リーグリスの声が響き渡り、彼女のリーダーシップに対する自信が伺える。
その自信に少し圧倒されながらも、私はその指示に従い、装備を整えた。
ランプの光が私たちを導く中、私たちは暗い洞窟の中へと進んでいった。
洞窟の内部は予想以上に広く、石でできた壁が続いている。
暗闇の中で視界が限られているため、私たちは一歩一歩慎重に進まなければならなかった。
私の心は徐々に高鳴り、軽い緊張感が体全体を包んでいた。
「あなた、遅れてるわよ。もっと早く歩けないの?」
アリシアの冷たい言葉が背中に刺さる。
私は心の中で深呼吸をして、彼女たちに遅れを取らないように必死に歩を進めた。
「ふぎゃっ!」
私は転んだ。
「何をしているの?本当に鈍臭いのね」
「すみません……」
地面に蔦なんてあるのが悪いのではないだろうか。
転んだのはもちろん演技だ。
……本当だからね?
心の中では、私が役立たずだとされていることを実感していたが、それでも前向きな気持ちを保ち続けようと努めていた。
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ダンジョンの奥深くに進むにつれて、私たちは幾度となく魔物と遭遇した。
リーグリスとアリシア、サラは戦闘において非常に頼りになるスキルを持っており、彼女たちの連携プレイによって魔物たちはあっという間に倒されていった。
私の役割は主に全くと言っていいほどなかった。
何せ、私はただ転んで、転んで、転ぶだけ。
戦闘は全くもって出来ないし、私の魔法も戦闘向きじゃない。
本当に何も出来ない完全なお荷物だった。
そのせいか、魔物との戦闘が続く中で、リーグリスたちの態度はますます冷たくなっていった。
戦闘の後、宝物を見つけるたびに、私たちのチームは喜びを分かち合うべきなのに、宝物の取り扱いに関しては常にリーグリスが一手に引き受けていた。
「これ、すごくいいわね。」
サラが宝箱の中身を確認し、目を輝かせている。
宝物には金貨や魔法のアイテムが詰まっており、それらの価値を見て喜ぶのは当然だろう。
しかし、私にはその喜びを共有することはできなかった。
宝物がどれほど価値のあるものであっても、私にはその喜びを感じる余裕がなかった。
「あなたに分ける価値はないわ。何一つ役に立たない足手纏いだもの」
リーグリスが冷たく言い、宝物を確認しながら、私に対して分け前を用意することはなかった。
うん、おっしゃる通り。
私がどれほど貢献しようとしても、リーグリスたちがすべてを持っていき、私はただ転び、壁にぶつかり、滑って転ぶ。
なんでダンジョン探索なんかに来たのかと言われてもおかしくないような有り様である。
そのせいで、4人のうちで誰よりもボロボロになっている。
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ダンジョンの深部に進んでいくと、私たちはついに大きな吹き抜けに出会った。
そこは広がる空間で、下に行くほど深く、その底はまったく見えないほどの深さだった。
吹き抜けの縁に立つと、深い闇とその奥に広がる光の中に、恐怖を感じた。
「ここが吹き抜けね。」
リーグリスが冷静に言いながら、私をその吹き抜けの縁に立たせる。
私は心臓が激しく鼓動し、恐怖に包まれながらも、リーグリスの指示に従わなければならなかった。
吹き抜けの深さに圧倒される中で、私は冷静を保ちつつも心の中では不安が募っていた。
「どうしたの? まさか、この程度の吹き抜けが怖いの?」
アリシアが冷たく言う。
その言葉には嘲笑のニュアンスが含まれており、私の心はますます乱れた。
私は深呼吸をし、心の中で気持ちを落ち着ける。
こんな時こそ冷静になれ……
「いいから、さっさとここに立っていろ。」
サラの言葉も厳しく、私を一層緊張させる。
吹き抜けの縁に立つと、私は自然と体が後ろに傾く感覚に陥り、恐怖と混乱が心を支配していた。
なんで立たせるのか、それにしても怖い。
吹き抜けの縁に立たされる中で、周囲の冷たい言葉が一層私を追い詰めていった。
「ここから下の階層が見えるでしょ?」
リーグリスが私の隣に立ちながら、口元に薄い笑みを浮かべて言った。
その視線は私の顔ではなく、足元の崖を見つめている。何かが起こる予感がした。
「ええ……確かに、よく見えますね。」
私は何も疑わずに答えた。
だけど、次の瞬間、背後からアリシアが私を押し寄せてくる感覚を感じた。
その衝撃に私はバランスを崩し、体が前に傾いた。
「えっ……」
あっ、これ、アカンやつや。
驚く間もなく、私は足元が崩れ落ちるのを感じた。
そして、次の瞬間、体が宙を舞い、下層へと落ちていく感覚に襲われた。
吹き抜けの縁から体が崩れ落ちる感覚が全身を包み込み、風が私の体を包み込みながら、落ちる速度がどんどん加速していった。
心の中では、これがどういう結果を招くのか想像することもできず、ただ恐怖と混乱が私を支配していた。
落下する感覚が続く中で、私の体は次第に重力に引かれ、深い闇の中へと吸い込まれていった。
体がまるで浮かんでいるかのような錯覚に陥りながら、ただひたすらに落ちるしかなかった。
落下している間、心の中では色々な考えが交錯していた。
“どうしてこんなことになったのか”
“これが最後の瞬間なのか”
“もっと何かできたのではないか”
など、思考がぐるぐると回っていた。
しかし、結局何もできなかった自分を責めるばかりで、ただ落ち続けるのみだった。
「グレアス様…ごめんなさい……」
私はそれだけ呟いて、落下しながら意識を失った。