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第19話 教師思惑

朝の光がカーテンの隙間から差し込む。

休日が明け、再び学校に向かう日がやってきた。

いつもと変わらない日常が始まる。

私は鏡の前で身支度を整えながら、今日の計画を頭の中で何度も繰り返していた。

長い間コツコツと集めてきた証拠――リーグリス、アリシア、サラ、あの三人が私をいじめている証拠だ。

日記や目撃証言など、どれも確かなものばかりだ。

十分に証拠が揃った今、行くべきだと思った。

学校に向かう道すがら、私は心の中で自分に言い聞かせる。

大丈夫、私はちゃんと準備してきたし、今日が最適なタイミングだ。先生たちも証拠を見たら動かざるを得ないはず。

これでいじめっ子たちは終わりだ。

もし、動かなければ怒られるのを覚悟でグレアス様にぶん投げる。

教室に到着すると、なんだかいつもとは少し違う雰囲気が漂っている。

何が違うのかと周囲を見回すと、いつも馬鹿みたいに目立っているはずのリーグリス、アリシア、サラの姿がないことに気づいた。


「あれ…あの子たち、今日いないんでしょうか?」


私はその事実に軽く驚きながらも、すぐに冷静に戻った。

私用で休みってことか。

タイミングが良すぎる。

まるで作戦を進めるために与えられたチャンスみたいじゃないか。

三人がいないとなると、こちらの動きに気づかれることもないだろう。

それに周囲の生徒たちも今日はいじめっ子たちが不在のため、少しリラックスしている様子だ。

クラス全体が和らいで見える。

よし、今しかない。

私はしっかりと証拠が詰まったファイルをバッグから取り出し、それを手に持つ。

何度も確認してきた証拠だけど、もう一度念入りに目を通すことで、気持ちを落ち着けた。

間違いなくこれでいける。


「まずは職員室に行きましょうか。」


自分にそう言い聞かせ、私は廊下を歩き始めた。

普段なら何気ない廊下も、今日は少し緊張感がある。

足音が響き渡る度に心臓が高鳴るけれど、それを必死で抑えながら、私は職員室へ向かう。


──────────────────────────


職員室のドアをノックすると、ドアの向こうから返事が返ってくる。


「どうぞ。」

「失礼します。」


ドアを開けて入ると、先生たちがそれぞれのデスクに向かって作業をしている。

私は軽く一礼してから、目当ての先生――学年主任であるレイモンド先生の席に向かった。


「お忙しいところ、失礼いたします。少しお話ししたいことがありまして…」


レイモンド先生は私の顔を見て、穏やかに微笑んだ。


「どうしたのかね?何か問題があったかな?」


この瞬間、緊張が一気に増した。

けれど、ここで引き下がるわけにはいかない。


「実は…いじめについてご相談したいことがございます。」


そう言うと、レイモンド先生の表情が一瞬硬くなった。

やはり、いじめの問題は教師にとっても敏感な話題のようだ。


「いじめ…か。詳しく聞かせてもらえるかな。」


私は深呼吸を一つし、バッグからファイルを取り出した。慎重にそれを先生の前に置き、説明を始める。


「ここに、いじめの証拠を集めてまいりました。主に私が標的になっているのですが、リーグリス、アリシア、サラの三名によるものです。日記や目撃証言などをまとめております。」


先生は私の言葉を真剣に聞いていたが、ファイルを手に取って中を確認すると、その表情がさらに深刻なものに変わっていった。


「これは…かなり具体的な証拠だね。君が集めたのか?」

「はい、私と、あと少しの協力者とで、少しずつ集めました。これ以上他の誰かが傷つく前に、どうしても解決したいと思っております。」


私の声はなるべく落ち着いたトーンで話したつもりだったが、心の中では次第に高揚感が増していた。

ここまでの道のりは長かったけれど、ようやくこの瞬間にたどり着いたのだ。

これでやっと、あの三人を追い詰められる。

問題はこの教師が証拠をもみ消さないか、だ。

先生は黙ってファイルをめくり続け、時折眉をひそめることもあったが、最後まで読み終えると、静かに頷いた。


「君たちがこれだけの証拠を集めてくれたことは本当に大きなことだ。学校としても、いじめを見過ごすわけにはいかない。すぐに対応を考えよう。」


その言葉を聞いた瞬間、私は小さくガッツポーズを取った。

冷静な振りをしていたけれど、内心はほっとしたというか、興奮に近い感覚だった。

やった。

これでエミリー様を、他のみんなをを守れる。


「ありがとうございます、先生。」

「いえ、こちらこそ、君たちがしっかりとした行動を取ってくれたことを感謝するよ。私たちも責任を持って、この問題に取り組むつもりだ。」


そう言ってもらえて、私はほっと一息ついた。

この段階まで来たら、もう後戻りはできない。

後は学校側が適切な対応を取ってくれるのを待つのみだ。


「では、失礼いたします。」


軽く頭を下げて職員室を後にした私は、心の中で自分に勝利を告げた。

これで、誰しもがきっと安心して学校に通えるようになる。

リーグリスたちがいない今日のうちに、全てを終わらせる準備が整った。


-再び廊下に戻り、私は自分の教室に戻る道を歩きながら、これまでのことを思い返していた。

最初は小さな一歩だったけれど、こうして計画が形になり、いじめっ子たちを追い詰めるまでに至ったのは、私たちが諦めなかったからだ。

まだ終わってないけど、あともう少しだ。

この学校のために、ここまで来たんだから最後までやり遂げよう。

次のステップに進む準備は整った。

私たちの証拠がどう作用するかはまだわからないけれど、このまま進めば間違いなくリーグリスたちは追い詰められるだろう。

彼女たちが休んでいる今こそ、私たちにとって最大のチャンスだ。


──────────────────────────


レイモンドは、職員室のデスクに重々しく腰を下ろし、机の上に置かれたファイルを不快そうに眺めていた。

いじめの証拠がまとめられたその書類は、あまりにも詳細で、読み進めるほどに事態の深刻さが浮き彫りになっていた。

だが、その内容に対しての彼の表情には、同情も怒りも一切なかった。


「ふん…くだらない。」


レイモンドはそう呟くと、手にしていた証拠の書類を机の上に乱雑に叩きつけた。

彼の眉間には深いシワが寄り、まるで迷惑な仕事を押し付けられたかのような顔をしている。


「(いじめだと?そんなことは知ったことではない。むしろ面倒だ。こんな問題に首を突っ込んでいたら、自分の立場が危うくなるかもしれない)」


彼の脳裏には、自分のキャリアや立場のことしかなかった。

いじめを放置すれば問題になることはわかっている。

しかし、処分すればもっと厄介なことになるのだ。

リーグリス、アリシア、サラ。あの三人の家柄を考えれば、下手に動いて彼女たちに罰を与えることは、自らの首を絞める行為に等しい。

彼女たちの親は権力者であり、学校の理事会とも密接なつながりがある。

彼女たちに手を出せば、すぐに報復が待っているだろう。


「やってられん。こんな面倒なことに付き合っていられるか。」


彼はファイルを乱暴に閉じると、そのままゴミ箱に向かって投げ捨てた。

紙束は無造作にゴミ箱の中に落ち、その存在を一瞬で無に帰した。


「(これでいい。誰にも気づかれない。証拠なんてものは、結局はただの紙だ。誰もそれを確認しなければ、存在しないも同然だろう)」


レイモンドは深くため息をつき、目の前のデスクに視線を戻す。

彼にはもっと重要なことがあった。

例えば、来週行われる学校の行事の準備だ。

親たちが集まるイベントであり、ここで失敗すれば自分の評価にも響く。

更には生徒達がチームを組み、ダンジョンへと行く研修もある。

いじめ問題などに時間を割いている余裕はない。


「それにしても…あの子、よくこんなに証拠を集めたもんだな。」


彼は先ほど証拠を提出してきた生徒の顔を思い出した。

静かでおとなしい印象だったが、これだけの証拠を集める行動力には少しばかり驚かされた。

しかし、それも無意味な努力だ。

いくら証拠を積み上げても、それが日の目を見ることはない。


「学生ごときが、教師に逆らうなんておこがましい。」


レイモンドはそう呟きながら、デスクの引き出しを開けた。

そこには、学校の理事会に提出するための報告書が入っている。

もちろん、いじめに関する報告など一切含まれていない。

学校は“平穏”であると伝えるための、綺麗事ばかりが並んでいる。

彼は書類を取り出し、ペンを走らせ始めた。

どれだけ事実を歪めようが、表向きの報告さえ整っていれば問題ないのだ。

親たちや理事会のメンバーも、実際に学校内の様子を詳しく知ることはない。

重要なのは、いかに上手く報告書を作り、問題がないと見せかけるかということだ。


「(これで一件落着だ。余計な問題は全て消し去った)」


レイモンドのペンは滑らかに進み、いじめの問題は無かったかのように処理されていく。

書類上では、学校は健全で、学生たちは楽しい学校生活を送っているとされている。

それが偽りであろうと、誰も真実を知る術はない。

レイモンドは、自分がいじめ問題を完全に封じ込めたことに満足していた。

彼の顔には薄ら笑いが浮かび、仕事を終えた後も上機嫌で帰路に就いた。

彼の頭の中には、明るい未来しか見えていなかった。

自分の地位は守られ、学校も“問題のない”状態を保っている。

いじめの被害者たちの叫びなど、彼にとっては取るに足らないノイズに過ぎなかった。


「(誰も俺には逆らえない。教師である以上、俺が正しいのだ)」


そう自らに言い聞かせるように、レイモンドは自信に満ちた歩みで夕暮れの道を進んでいった。

──────────────────────────


ベルトラムは足早に廊下を歩いていた。

彼の手には、いくつかの封筒と、何枚かの写真が収められた厚みのあるファイルが握られている。

顔にはいつもよりも険しい表情が浮かんでおり、その一歩一歩が重々しい決断を含んでいるかのようだった。

ベルトラムは、この学校の理事会の一員であり、長年教育に携わってきた経験豊富な教師だった。

そのため、彼の前に立ちはだかる問題はいじめという見過ごすことのできないものであり、今回の件については学校全体に波紋を広げかねないほどのものだった。


「(このまま黙っているわけにはいかない。学校の評判を守ることは大事だが、それ以上に、生徒たちを守ることが最優先だ)」


最近になって、いじめに関する証拠をいくつかの教師に渡したという話が広まっていた。

ベルトラムもその一人だった。

彼が手にしているのは、リーグリス、アリシア、サラの三人が行っていたいじめの詳細な証拠だ。

それは、いじめられていた生徒が密かに集めていたものを、他の教師に託したものだった。


「(しかし…なぜレイモンドがこの件をもみ消したのか…)」


ベルトラムは心の中で呟いた。

レイモンドが証拠を受け取ってから何も動きがなく、逆に問題はなかったかのように処理されてしまったという話を聞いたとき、ベルトラムは強い違和感を覚えた。

そして、このままでは問題がさらに大きくなると感じ、最終的な決断を下した。

彼の足は、ある部屋に向かっていた。

それは、現在学校の理事長代行を務めている、グレアス王子殿下の執務室だ。

彼の冷静かつ公正な判断力は、すでに周囲の教師や生徒たちから高く評価されており、彼が理事長代行として選ばれたことは当然の成り行きだった。

その執務室は、学校内の一角にあり、他の教師たちからも少し距離が置かれていた。

広々とした部屋の中には、彼が座っている大きなデスクがあり、窓からは学校の庭が見渡せる。

整然とした部屋は、彼の冷静さと秩序を重んじる性格を反映しているかのようだった。


「殿下、ベルトラムです。」


ベルトラムが軽く扉を叩くと、グレアスの澄んだ声が返ってきた。


『入れ』


ベルトラムは一瞬息を整え、静かに扉を開けた。

グレアスはデスクに向かって仕事をしていたが、ベルトラムが入ってくると手元の書類を片付け、顔を上げた。


「何か問題があったのか?」


グレアスの声は冷静でありながら、どこか鋭さを感じさせた。

ベルトラムは深く頭を下げ、そして彼の手にしていたファイルを慎重に机の上に置いた。


「はい、殿下。これは、学校内で発生しているいじめに関する証拠です。」


グレアスは一瞬、目を細めてファイルを見つめた。

そしてゆっくりとそれを開け、中に収められている写真や手書きのメモに目を通し始めた。


「いじめの証拠か…。どうしてこれがここに?」

「実は、いじめを受けていた生徒が密かに証拠を集めており、それを私たち教師の一部に託したのです。ところが、その後、レイモンドが証拠をもみ消してしまい、事態は全く進展しておりません。」


ベルトラムの言葉に、グレアスの表情が少し変わった。

彼は再びファイルに目を落とし、慎重に中身を確認した。


「レイモンドがもみ消した?」

「はい、殿下。レイモンドは、三人の加害者の家柄を恐れてか、いじめ問題を無かったことにしようとしているようです。」


ベルトラムの声には明確な怒りが含まれていたが、それは正当なものだった。

彼にとって、生徒たちを守ることこそが教師としての務めであり、いじめを見過ごすことは断じて許されるべきではない。


「…なるほど。」


グレアスは、ファイルを丁寧に閉じた。

その表情は無表情でありながら、内に秘めた感情が見え隠れしていた。

しばらくの沈黙の後、彼は静かに口を開いた。


「ベルトラム、君がここに持ってきた証拠は、信頼に値するものだと判断する。しかし、レイモンドの行為については、もう少し慎重に調査を進める必要がある。」


ベルトラムはグレアスの言葉に深く頷いた。

彼が慎重であることは理解できた。理事長代行という立場からしても、いきなり断罪するような真似はできないだろう。

しかし、何もしないわけにはいかない。


「分かりました、殿下。どうか、この件については慎重にご判断ください。」

「もちろんだ。」


グレアスは冷静にそう答え、再びファイルを見つめた。

その瞳の中には、学校の運営に携わる者としての責任感が滲んでいた。

そして、もうひとつ。


「(この文字の癖は……まさか)」


グレアスは何かに気づいた。


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