休日の朝、私はいつもより少し早く目を覚ました。
今日は久しぶりにローズ様とお茶会をする約束がある。
普段の学校生活の中で、私があえていじめのターゲットになっている以上、あまりゆっくり話す時間が取れないから、こうした休日にお互いの進捗を報告し合うのが楽しみなのだ。
それにしても、グレアス様が、理事長代理としてこの学校に来ているのは、未だに信じられない。
お茶会でローズ様に進捗を話さなきゃと思う反面、私は少し胸の内で緊張していた。
「さて、今日のお菓子はどうしようかな…」
私は自室の小さな棚から、自分が手作りしたクッキーを取り出した。
バターと砂糖の香ばしい香りが漂う、シンプルだけど自信作だ。
私の得意なレシピで、何度も作ってきたものだが、今回は少しだけアレンジを加えて、チョコチップを入れてみた。
ローズあ様は甘いものが好きだから、きっと喜んでくれるはずだ。
「これで準備は完璧かな」
バッグにお菓子を詰めながら、私は小さく息をついた。
「では参りましょうか」
ミーシャの言葉に頷いた。
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お茶会の場所は、ローズ様の家の庭にある小さなガゼボ。
庭園は美しく手入れされていて、四季折々の花が咲き誇っている。
今日は、春の陽気に包まれた温かな空気が漂っていた。
「クレア様、こっちですわ!」
ローズ様が遠くから手を振っているのが見えた。
奥にはファシュさんがいる。
彼女の明るい笑顔に、私も自然と顔がほころぶ。
「お待たせしました、ローズ様!」
私が駆け寄ると、テーブルの上はすでに準備を整えられており、彼女のお気に入りの紅茶ポットが置かれていた。
甘い香りが鼻をくすぐる。
「遅れてないですよ、クレア様。ちょうどいいタイミングでしたわ。さあ、座ってくださいな。お菓子持って来ました?」
「はい、今日は私の特製クッキーです。ちょっとアレンジして、チョコチップを入れてみたです!」
私はバッグからクッキーを取り出し、ローズ様の前に差し出した。
彼女は興味津々にそれを見つめ、すぐに一つ手に取った。
「まあ、すごくおいしそうです!クレア様の作るお菓子っていつも本当においしいですよね。早速いただきまーす!」
ローズ様がクッキーを口に入れると、すぐに目を輝かせた。
「ん〜!やっぱりおいしい!クレア様、本当にこれ、売り物みたいですわよ。私、こんなの作れませんわ!」
「そんなに褒めなくても大丈夫ですよ、ローズ様。でも、喜んでくれてよかったです。私も自信作ですので」
ローズ様の反応に私は照れくさくなりながらも、少し誇らしい気持ちになった。
彼女がこうして率直に褒めてくれるのは、とても嬉しい。
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お茶を飲みながら、私たちは自然と学校の話題になった。
特に気になるのは、やはりあのグレアス様のことだ。
私にとって、学校に潜入している間、彼と顔を合わせないようにするのが最も重要な課題なんだけど…。
「それで、学校での潜入生活はどうです?私はグレアス様が来てびっくりしました」
ローズ様はクッキーを食べながら、さりげなく私に言って来た。
その質問に、私は少し表情を引き締めた。
「そうですね、まさかグレアス様が理事長代理になるなんて思ってもみませんでした。びっくりどころじゃありませんよ。正直、最初はどうしようかと思いましたけど…まあ、今のところはバレてないみたいなので、順調ですね」
私は少し笑いながら、ローズ様に答えた。
ローズ様も頷いてくれたけど、彼女の顔には少し心配そうな色が浮かんでいた。
「でも、クレア、本当に大丈夫?グレアス様って相当目がいいし、変装しててもバレないかって心配なんだけど」
「うーん、そこは確かに心配なんですけど、私だって何も考えなしに潜入してるわけじゃないですよ。彼とはなるべく接触しないようにしてるし、髪型とかも普段とは違うから、きっとバレない…はずです」
自分に言い聞かせるように話しながらも、私は心の奥で少し不安が残っていた。
彼の能力は確かにすごいし、いつどこで私の正体に気づかれるか分からない。
でも、今はそれを考えすぎないようにしている。
「クレア様がそう言うなら大丈夫だと思いますけど、無理はしないでくださいね。私も何かあったら助けますから」
ローズ様のその言葉に、私は安心感を覚えた。
彼女は本当に頼りになる友人だ。
こうして休日にお茶会をしながら、悩みを共有できることが、私にとってどれだけ救いになっているか分からない。
「ありがとうございます、ローズ様。何かあったらすぐに言いますよ。ですが、今はまだ大丈夫です。潜入生活は意外と順調ですし、グレアス様のことも気にしないでやっていけそうですから」
私は自分に言い聞かせるように、再び笑顔を浮かべた。
ローズ様も笑顔で返してくれて、また話題は軽い雑談へと移っていった。
「そういえば、ローズ様…」
私は軽い調子で話を切り出した。
「いじめの証拠、最近少しずつ集まってきてます。例の件、順調に進んでますよ。」
ローズ様は紅茶を一口飲んでから、少し顔を曇らせて私の顔を覗き込む。
「本当ですか?クレア様、無理してませんか?」
私は思わず笑ってしまった。
「無理ですか?全然!むしろ楽しくてしょうがないですよ。こういうのって、ゲームみたいなものじゃないですか?あのいじめっ子たちが何かやらかすたびに、次はどう動こうかって考えるのが面白いんですよね。探偵になった気分ちちというかなんというか」
ローズ様は驚いたように目を見開いて、それから少し笑った。
「クレア様、本当に破天荒ですわね。ですが…ありがたいです。本当に感謝してくいます。あの子、私の大切な友達だから…助けたいのです」
彼女の友達、エミリー様のことだ。
エミリー様は目立たないけれど、優しい心を持つ女の子で、前のいじめのターゲットにされていた。
私が転入してきたことで今は事なきを得ている。
それに、何か困難な状況に挑むこと自体が、私にとってはワクワクすることだった。
「エミリー様が助かるなら、何でもやるよ。実際、少しずつだけど証拠は集まってきてますし。あのいじめっ子たち、私たちが見ていることに気づいてないのか、割と無防備なんですよね。だから、日記を手に入れられたんですよ。まあ、たまたま教室に置きっぱなしにしてたんだけどさ。」
「え、日記ですか?それって大丈夫なんです?」
ローズ様は心配そうに顔をしかめた。
「大丈夫です。私はちゃんと自分の立場をわきまえます。それに、この学校に潜入してる以上、こういうことも仕事の一環だからね。証拠集めが楽しいなんて、普通じゃないかもしれないけど、こうして少しずついじめっ子たちを追い詰めていくのが、正直スリリングで面白いんですよ」
私の言葉に、ローズ様は少しだけ表情を和らげた。
彼女は優しいから、いつも他人のことを気にかけてしまう。
でも、私が楽しんでやっていることを知れば、少しは安心してくれるはずだ。
「ですが、クレア様…どうしてそこまでできるのですか?普通の人であれば、こんな大変なこと、怖くてできないと思うのですが…」
ローズ様は少し戸惑った様子で尋ねてきた。
私は返答を少し考えた後、軽く肩をすくめた。
「……私は挑戦が好きなんですよ。何かを解決するために頭を使って、行動することが楽しいんです。今回のいじめ問題も、その延長線上にある感じですかね。それに、ローズが大切に思ってる人を助けるためなら、なおさら力を入れますとも」
ローズ様は私の答えに少し感動したのか、静かにうなずいた。
そして、私の手をそっと握りしめた。
「本当にありがとうございます、クレア様。あなたがいてくれて、本当に心強いです。」
ローズ様の友達であるエミリー様を救うために、私は全力でこの学校の闇を暴こうとしている。
そして、その過程で私たちの友情もさらに深まっているのだ。
証拠を集めること自体、私はむしろ楽しんでいた。
日々の小さな出来事の積み重ねが、いじめっ子たちの背後にある真実を少しずつ浮かび上がらせていく。
時には、彼らが何気なく口にした言葉や、廊下ですれ違ったときの態度から、新たな手がかりを見つけることもある。
お茶会は、そんな感じで進んでいった。
ローズ様と私は、いじめ問題について話しながらも、お互いの友情を確かめ合うように笑い合ったり、ふざけ合ったりしていた。
時間が経つにつれて、少しずつリラックスした雰囲気が漂う。
お菓子がなくなりかけたころ、ローズ様がポツリとつぶやいた。
「本当に、クレア様には感謝してます。こんなに大変なこと、私一人じゃ絶対にできませんでした。あなたがいなかったら、どうなってたんだろうって思うと、怖くなります。」
「そんなこと言わないでください、ローズ様。私だって、この状況を楽しんでるんですから。友達を助けるために行動することが、こんなに充実感を与えてくれるなんて、思ってもみませんでした」
私の言葉に、ローズ様は再び微笑んだ。
私たちの友情は、エミリー様の問題をきっかけにして、さらに強固なものになっている。
そう感じながら、私はまた一つクッキーを口に入れた。
そして、心の中で決意を新たにした。
証拠をしっかり揃え、エミリー様を救うために、そしてこの学校を少しでも良い場所にするために、私たちは進み続けるんだと。
「クレア様、証拠はだいぶ集まったけど、これで本当に上手くいくのでしょうか…?」
ローズ様が心配そうに紅茶のカップを見つめながら問いかけてきた。
「大丈夫ですよ、ローズ様!」
私は明るい声で返した。
「これだけ証拠が揃えば、もう後はタイミングの問題だよ。いじめっ子たちが自分たちのやったことを認めざるを得ない状況を作るだけ。楽しみになってきたよ。それにせっかくグレアス様がいますし、困ったらぶん投げればいいかと!」
私が笑顔で言うと、ローズ様は少し引き攣った笑みを浮かべる。
「グレアス様に怒られますよ……」
笑みはすぐに消え、まだ不安そうな表情を浮かべる。
「ですが…エミリーはまだ怖がっていますし、あの子たちもいつか何かしら仕返ししてくるんじゃないかと…」
エミリー様は確かに、心優しい子だ。
だからこそ、いじめられていることに対しても声を上げられずにいた。
彼女の気持ちを考えると、早く解決したいという焦りもあったけれど、無理に急ぐことで証拠が不十分なまま突き出すのも危険だ。
焦りは禁物だ。
「エミリー様のためにも、もう少し証拠を集めて完璧にしよう。そしたら誰にも言い逃れできない状態で、学校側に提出できる。それに、仕返しなんてさせる暇もないくらいに追い込んでやるからさ!」
私の言葉に、ローズ様は少しだけホッとしたように見えた。
彼女は心配性だから、私の少し楽観的な態度が逆に安心感を与えるのかもしれない。
いじめっ子たちの一歩先を読み、彼らが次にどう動くのかを予測しながら証拠を集める。それは、まるで戦略ゲームのようでワクワクするのだ。
「…そうですね。クレア様がそう言うなら、私も信じてみます。前にあなたが私の父を助けてくれたように、今回もきっとうまくいきましよね。」
ローズ様がそう言ってくれるのを聞いて、私は心の中でにやりとした。
「もちろん。私は完璧主義だから、成功させないと気が済まないしね。」
私たちはそれからまた少しお茶とお菓子を楽しみながら、軽い話題に戻った。
ローズが最近読んだ本や、次の休日の予定について話していると、学校での厳しい状況も少しだけ忘れられる。
ローズ様とのお茶会は、いつも私にとって癒しの時間だ。
いじめ問題や学校での潜入活動はプレッシャーが全くないわけじゃないけど、ローズ様と一緒にいると自然とリラックスできる。そして、彼女のために、そしてエミリー様のために、私は何としてもこの問題を解決するんだという決意を新たにした。
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お茶会が終わり、夕方の陽が沈みかけた頃、私たちは名残惜しそうにお互いを見つめ合った。
学校に戻れば、また日常の戦いが待っている。
でも、今日は少しだけ心が軽くなった気がする。
ローズ様との友情が私に力を与えてくれている。
「また学校で会いましょう、クレア様。次のお茶会も楽しみにしていますわ」
ローズ様はそう言って、軽く手を振った。
「はい!では!」
私も手を振り返し、彼女と別れた。
その後、私はミーシャと共に馬車に揺られながら、これからの計画を再び頭の中で整理していた。
証拠は着実に集まっているし、いじめっ子をなんとかする準備も整いつつある。
後はタイミングだ。
完璧な瞬間を見極めて、いじめっ子たちを追い詰める。
それを考えると、胸が少し高鳴る。
ローズとのお茶会で元気をもらった私は、再び学校での任務に戻る準備ができていた。
エミリー様を救うため、そしてローズ様の信頼に応えるため、私は決して諦めない。次に待っているのは、証拠をどう活用していじめっ子たちを撃退するか。
その瞬間が来るのを楽しみにしていた。