「ミーシャ、この話はグレアス様には内緒ですよ?」
「本当に宜しいのですか?」
「はい!私とミーシャだけの秘密です!」
私は己の唇に人差し指を当ててそう言った。
「秘密……っ!私と、クレア様だけの……っ!了解致しました!このクレア様専属メイドミーシャ!この一件を内密にすることを誓います!」
ミーシャの扱いにも慣れてきたなぁ。
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屋敷に帰ってきた私は早速ジョンさんを探した。
「ジョンさ〜ん!」
「なんだ?クレア嬢。俺に何か用か?」
「はい!お知り合いに変装が上手な方はいらっしゃいませんか?」
「変装〜っ!?」
「はい!」
「今度は何をしようってんだよ……」
「グレアス様にも内緒でやっているのです!」
「肝据わってるなぁ……俺には出来ねぇよ」
「私を攫ったじゃないですか」
「た、確かにそれはそうだが!!」
「いいじゃないですか!恩を返すつもりで!」
「ったく……後で怒られても俺は知らないからな……」
ジョンさんは快く、変装の上手なお知り合いを紹介してくれた。
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「初めまして、クレアと申します」
「ああ、ジョンの奴から大体聞いてるよ。俺はニジルだ。よろしく」
「よろしくお願いします!ニジル様!」
「様はやめてくれ、呼び捨てか…さんでいい」
「わかりました!ニジルさん!」
「よし、じゃあ俺も技術を教えていくからな」
「はい!がんばります!」
私はメモ帳片手にそう頷いた。
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それから数日、早くもお茶会の第二回が開催されていた。
「それで、どうでしたか?」
「完璧です!完全に変装技術を習得しました!」
「そうですか!それでは……」
「はい!これで、潜入が可能になりました!」
「素晴らしいです!こちらも学校に編入出来るように手筈を整えております」
「編入試験とか受けるんですよね!」
「いえ、受けません」
「え?今なんと?」
「受けません」
「なんでですか!?」
「クレア様の頭の良さであれば余裕で満点を獲得できるからです。ですので、編入試験で満点を取ったことになっています」
「受けていないのにですか!?」
「はい。そう言った改竄は貴族の嗜みですから」
「えぇ……」
貴族の怖いところを見てしまった気がする。
というより、片足を突っ込んでしまったのだろう。
「大丈夫ですか?」
「は、はい!それにしても意外でした。ローズ様がそう言った不正をなさるとは」
「今回に関しては相手の注意を惹きつける必要があります。ですので、満点という暴挙に出させていただきました」
「……満点が暴挙?どういうことですか?」
「ジュベルキン国立学校の試験は非常に難しいことで有名なのです。いつも平均点は30点前後、私でも満点は取ったことはありません」
「えっ」
「最高で86点でしたね」
「えっ。じゃあ、私、知能がバカみたいに高い人、ってことになってるじゃないですか!?」
「実際高いじゃありませんか」
「そういう問題ですか!?」
ちなみに後でどういった問題なのか見せてもらい、解いたところ。
満点だった。
問題なかったです。
「それにしてもこのクッキー美味しいですわね!」
「ありがとうございます!結構工夫して作ったのそう言ってくださると嬉しいです!」
「なので、潜入するクラスは私と同じクラスになります」
「そうなんですか!」
「その方が何かあった時のフォローもしやすいので」
「確かにそうですね!」
「がんばりましょう!」
「…………………………」
私はジト目でローズ様を見つめる。
「どうかなさいました?」
「いや、クッキー食べ過ぎじゃないですか?」
「えっ?」
お皿に山盛りに積まれていたクッキーはその8割近くが姿を消していた。
ちなみに私はまだ2枚ほどしか食べていない。
「あら、嫌だ!ごめんなさいね!あはははは!」
「いえいえ!いいんですよ!あははははは!」
「「あははははははははは!」」
私はこの人の胃袋を鷲掴みにしてしまったようだ。
「……次は何を作ってきてくださるの?」
「作りません」
「ええ!?どうしてですか!?」
「このままではローズ様がぶくぶくとお太りになられるからです」
「そんな……!!」
ローズ様はまるでこの世の終わりかと言わんばかりの落ち込み具合だ。
「ちゃんと他のご飯も食べて、運動したらまた作ってきますから」
「本当ですか!?本当ですね!?嘘なら許しませんよ!?」
ローズ様は私の手を取って、グイグイと寄ってそう言ってくる。
食いつきが凄い。
あの、奥でファシュさんがめちゃくちゃ恥ずかしそうにしてるんですがそれは。
「ローズ様、恥ずかしいので一旦離れてください」
ファシュさんは私からローズ様を引き剥がす。
「クレア様、本当に申し訳ありません。あなた様のお菓子を頂いてからというもの、この街のどのお菓子よりもクレア様の作ったお菓子がいいと言って聞かないのですよ。ここまでわがままなことは無かったのですが……」
どうやら私のお菓子で精神がおかしくなりかけているらしい。
お菓子だけに。
つまらないとか言わないでください。
「そんなに私のお菓子を気に入ってくれたんですね?ありがとうございます!ですが、食べ過ぎは良くありません!」
「はい……」
ローズ様はしゅんとなって、そう呟いた。
「それで?私はいつから転入することになるのでしょうか?」
「明後日ですわ」
「わかりました!何か必要なものはありますか?」
「いえ、特にはないですよ」
「じゃあ、明後日、学校で会いましょう!」
「はい!」
私はローズ様のお屋敷を後にした。
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私が屋敷に帰ると。
「クレア。最近、頻繁に出かけているな?」
グレアス様に目を付けられた。
「な、何か問題がありますか?」
「いや、お前が危険なことをしていなければ、俺はなんでも構わない」
「そうですか!実は最近、ローズ様との仲を深めていまして!」
「ケンドリッジ公爵の娘か」
「はい!王家の懐刀と呼ばれる彼らと仲を深めるのは特段変なことではありませんよね?」
「確かにそうだな。何かあった時に助力を求めやすいのは素晴らしい。それに、お前にいい友人が出来るのも嬉しいことこの上ない」
「グレアス様……」
「だが、危険なことはするな。絶対にだ。いいな?」
「もちろんですよ!私がそんなことをするように見えますか?」
「見える」
「……………………」
「そんな不服そうな顔をしてもダメだ。日頃の行いを振り返れ」
「私特に何もしてないじゃないですか!」
「お前がそう思っているだけで、こっちは何度肝を冷やしたことか」
「グレアス様も肝を冷やすことがあるんですね」
「私を人間以外の何かと勘違いしていないか?」
「いえいえ!素晴らしい方だと思っているだけですよ?」
「調子のいいことを…全く……」
口では怒っているような感じを出しながらも、私との会話を楽しんでくれているのか、グレアス様の口元は少し綻んでいた。
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そして、学校に転入する日を迎えた。
「初めまして!リーシェン・モンティコーロです!」
そう挨拶し、勢いよく頭を下げると、ゴツン!と教卓に頭をぶつける。
「痛いです〜……」
「だ、大丈夫!?」
「は、はい……」
私はおでこを摩りながらクラスを見渡す。
ふむ……こちらを不快そうな目で見ている女生徒が今回の目標の人だろう。
校内を歩いていた感じ、私が試験で満点を取ったという噂はすでに広がっている。
なので、彼女たちからも私はマーキングされているはずだ。
なら、接触してくるのも時間の問題だろう。
そこで向こうが何かアクションを起こすか、それとも媚び諂ってくるか……
自分で言っていてなんだが、結構ムカつくような行動に、声音をしているので、後者はないだろう。
初回から手を出してくるか、それとも様子見で接触してくるか……
私からすればどっちでも大歓迎!
「それじゃあ、空いている席に座って」
「はい!わかりました!」
私はおそらく現在狙われているであろう子の隣に座った。
隣に座られたことでビクッと反応していた。
そして、ボソリと。
「他の席の方がいいですよ。私なんかと一緒にいたら、あなたまで巻き込んでしまうから……」
「そんな悲しいこと言わないでください!私は大丈夫ですから!何をされようが私は屈したりしません!」
横目でターゲットを捉えながら、あえて大きい声でそう言った。
その言葉に、周囲の生徒がザワザワとし始める。
「アイツ、怖いもの知らずだな……」
「どうせすぐに根を上げるに決まっている」
そんな言葉が飛んでくる。
あなた達が屈した結果、この子が辛い思いをしているというのに、他人事のように言うんですね?
私はそう言ってやりたかったが、こんなところで言ってしまってもしょうがない。
なので、一旦飲み込む。
「なんで、そんなに拒絶するの?」
「……私、嫌がらせを受けてて、それで私と一緒にいれば、あなたも巻き込んでしまう……」
まず、正すべきはターゲットでも学校でもない。
この子自身だ。
「あなたはずっとそれでいいんですか?」
「え?」
「抗うことを諦めて、嫌がらせ全部受けて、それで何も反撃せずにずっとだんまり。あなたは本当にそれでいいのですか?自分を変えたいとは思わないのですか?嫌がらせをしてくる人たちを見返そうとは思わないのですか?」
「………………………………」
「私、一度色々諦めかけたことがあるんです。全てを失って、行く当てもなくて。ですが、それでも最後まで抗うと決めました。側から見たらどれだけ醜くても、誰かから愚かだと言われようとも、生きている限り、諦めないと決めたんです。そうしたら、今に繋がった。あなたは変えられるのです。1人で怖いというのなら、私が手を貸します。私の仲間が手を貸します!さぁ、あなたはどうしますか?あなたの答えを聞かせてください」
私はそっとその子に問いかけた。
すると少しの間を空けて。
「……………………………変わりたい」
そう呟いた。
「私、自分を諦めたくないです。自分を救いたいです。ですが、1人では勇気が出なかった。ですが、あなたが力を貸してくれると言うのなら!私は変わりたい。素直に受け入れるんじゃなくて、抗うってみます。あなたがいる限り私はもう折れたりしません」
その目からは硬い決意を感じ取った。
そんな私達の様子を見て、横目で見ていた主犯は舌打ちをしていた。
完璧に敵意の誘導ができたようだ。
そして、私といじめられっ子による共同戦線が組まれ、反撃の狼煙が上がろうとしていた。