ガゼボに座った私たちにメイドさんたちが紅茶を入れてくれる。
「クレア様。怪我、したんですね?」
「は、はい……」
ミーシャがジト目で私を見てくる。
「グレアス様に怒られますよ」
「やっぱり、怒られますかね……」
「絶対に怒りますよ」
「ですよねぇ……」
どうしたものだろうか。
私が困っていると。
「私のメイドのファシュの魔法が”治癒”ですので治しましょうか?」
「いいんですか?」
「お父様を助けていただきましたし」
ローズ様のとのとなりにファシュさんが並び立つ。
「私自身、あまり魔法が得意でないので発動して効果を発揮するのに時間がかかる上、1日に1回しか使えませんが」
「え、それなのに治してくれるんですか?」
「はい。このケンドリッジ公爵家の恩人とあらば」
すごい忠義の意志だ……
「ファシュはすごくいい従者なんですよ」
「ええ。見ていれば分かります」
そんな会話をしながら、ファシュさんに足を差し出す。
「ファシュ、話してもいいかしら?」
「はい。私としては過去のこととして割り切っていますから」
飄々とそう言うファシュさんには尊敬の念を禁じ得ない。
「彼女は実家に捨てられたんですよ。無能として」
「……っ!」
その言葉を聞いて、私は少し目を見開く。
「出来のいい兄と比較され、家族内でも無下に扱われてしました。そして、捨てられた彼女を見つけたのが私です。そこから、ファシュはのびのびと生活できるようにした結果、魔法として”治癒”が覚醒し、それを除いてもとても優秀な専属メイドになりました」
ファシュさんのことを語るローズ様はどこか母性を感じる。
それにしても、ファシュさんって私と似たような境遇なんだ……
「そうなんですね」
「はい。治療も完了しました」
ファシュさんは立ち上がった。
「ありがとうございます」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「ファシュさん、私と似てますね」
「そうなのですか?」
「そうですよ!実家から捨てられたり、感謝されてもつい、当然のことって言ってしまうところが!あ、婚約者に捨てられたことってありますか?私、捨てられた中でもトップクラスにすごい捨てられ方したんですよ!婚約者を妹に寝取られて!実の両親にも見限られて、家の荷物も捨てられて、身一つでグレアス様に拾われたんですよね~!あはは~!」
「「「……………………………………」」」
私の言葉にその場にいた全員が静まり返った。
「あれ?どうしたんですか?」
「クレア様……それは、サラッと言っていい事じゃないですって……」
ローズ様が少し深刻そうな表情を浮かべてそう言った。
「気にしていないと言えば嘘になりますけど、もうかなり吹っ切ってるので大丈夫ですよ!」
「いえ、そう言うことではなくてですね………」
「え?」
「クレア様のその重すぎる経歴を一気に浴びせられてこっちが無事じゃないんですよ」
ローズ様は頭を抱えながらそう言う。
「じゃあ、もう少し詳しく知ります?」
「いいんですか?お父様とあれほど深刻そうに過去の話をしていたのに」
「はい。ファシュさんの話を聞いていたら、ローズ様になら話してもいいと思ったんです」
「まさかそこまで買っていただけているとは……もう少し疑ったりした方がいいんじゃないんですか?」
「ローズ様、私もそう思っていたところだったんですよ」
「ミーシャまでそう思ってるんですか!?」
「当り前じゃないですか。おそらくグレアス様も思ってますよ」
「マジですか……」
私は若干落ち込んだ。
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「それで、クレア様の元婚約者ってどなたですの?」
気を取り直して、私の過去についての会話が弾んでいた。
「ジュエルド様ですわ」
私の言葉に、ローズ様は紅茶を飲む手が止まる。
「今、なんとおっしゃいました?」
「え?ジュエルド様と言いましたが………」
「ジュ、ジュエルド様って、ジュエルド・ロレアス様のことですの……!?」
「はい、そうですよ?」
軽く返事をして、紅茶を口に運ぶ。
ローズ様とファシュさんが固まっていた。
「そうです!そんなことより、私、お菓子を作ってきたんです!」
ミーシャに持たせていたカバンからお菓子を取り出す。
「そ、そんなこと、ですか!?」
「え?」
私がお菓子の準備をしていると硬直から戻ってきたローズ様が結構大きめの声でそう言ってくる。
「過去にとらわれてばかりじゃダメだってわかりました。大事なのは今ですから!」
何度も言うが完全に払拭したわけではない。
「クレア様………」
「それより、どうでしょうか?上手にできたと思うんですけど………」
私は箱に入ったスコーンを取り出してそう言う。
「これ、クレア様がお作りになられたんですか!?」
「そうなんですよ!」
私はムフ~ッと胸を張ってそう言う。
「いただきますね!」
そう言ってローズ様はスコーンを口に運ぶ。
「~~~ッ!?」
ローズ様は目をパチクリさせていた。
「もしかして、お口に合いませんでしたか……?」
恐る恐るそう聞くと、スコーンを飲み込んだローズ様は私の手を取って。
「結婚しましょう」
「うぇ!?」
私に求婚してきた。
「いや、お気持ちは嬉しいんですけど、私、グレアス様と婚約をしているので……」
「そうですよね………あまりに衝撃的なおいしさで思わず求婚してしまいしまいました」
「求婚って思わずしてしまうことなんですか!?」
「はい。結構衝動的にやるものです」
「えぇ……」
流石の私も困惑せざるを得ない。
「先ほどのお話に戻りますけど、ロレアス王国からいらっしゃったということは学校に行ったことはないんですの?」
「学校……」
確かにまだクレアは行ったことがない。
「そうですね……案外憧れだったりしますのよ?」
私の言葉にローズ様のスコーンを取る手が一瞬止まる。
「そんなにいいものではございませんわ」
「そうなんですか?」
「ええ……現在、そのことで頭を悩ますくらいには」
ローズ様が悩んでいる!!
これはお友達として、力になるしかない!!
「ローズ様!今どんなことでお困りなのですか?」
「聞いてくださいます?」
「はい!」
「長くなりますけど、よろしいですか?」
「もちろんです!何時間でも聞きますとも!」
そうして、ローズ様は悩みを語り始めた。
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「私の通っているジュベルキン国立学校は国立なだけあって、身分を問わず入学することが出来ます。それに実力に応じてクラスが分けられるので劣等感を感じることは少ないのです。ですが、身分は関係なく入り乱れています。その影響で、生徒同士の諍いがよく起きるのです。学校側としては、生徒に過度な干渉はせず、生徒間で解決することを推奨しています。ですが、どうしても解決出来ない場合は、教師の介入の元、解決すると」
「それだけ聞けば、社会の縮図のような全然いい感じの学校だと思いますけど……」
「はい。こういうコンセプトであるお、というところまでは全然問題ないのです。本当の問題はここからです」
「本当の問題……?」
「はい。現在、この国立学校で、特定の平民を虐める貴族のグループが存在しています。そのいじめの主犯格の名前はリーグリス・シュナイツァー。私たちはケンドリッジ家と同じ公爵家です。リーグリスは本人を含めて3人程度の人数でその平民をいじめています。これ以上は看過できないと判断した私は教師にこのことを伝えに行きました。その時の教師はなんと行ったと思いますか?『貴族が自分よりも身分の低いものに対して配慮する必要などない。むしろ、構ってもらっているのだからありがたく思うべきだ』。そんな戯言を言ってのけたのですよ」
「なっ……!?」
流石に酷すぎる。
教師というものは公平な立場から生徒を守り、育てる義務がある。
「他の先生は:どうだったんですか?」
「他の先生も同じでした。全員が口を揃えて、『貴族が平民に対して配慮は必要ない』と言い放ちました」
「最悪ですね……」
「そう思いますよね?」
「ええ。非常に同意します」
「ですのでそれをづどうにかしたいとおというのが今のえ今の私の悩みです」
なるほど……
確かに解決がかなり難しい問題だ。
だが、不可能じゃない。
「ローズ様!私が力のなりましょう!!」
立ち上がり、胸をポンと叩いてそう言った。
「クレア様が……?どういうことですか?」
「私がいじめられます!」
「「「……………………………………」」」
私の言葉に3人が静まり返った。
「あ、言葉が足りませんでしたね!私が学校に潜入して、いじめのターゲットを私に変更します。そして、そのターゲットが変わった時に、いじめの証拠を手に入れます。それで、次にするべきは、教師陣の仕事をしていない方を炙り出すことです。いじめの証拠を手に全先生に一度訴えでます。その時の対応の悪かった先生の対応をまとめておきます。で、最後にグレアス様に丸投げで気がつけば全てが片付いているという寸法ですよ!」
私は自信を持って話した。
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜……っ」」」
3人は非常に大きなため息を吐いた。
「クレア様、誤解を招くので最初からそのように説明をお願いします」
「す、すみません……」
「それから!!何故、毎度当たり前のようにご自身を犠牲になさるんですか!いじめているリーグリスは本当に過激なんですよ!?下手をすれば命に関わります!もう少し自分を大事になさってください!」
「大事にしていますけど……?」
「本当に大事にしている方はすぐに自らの身を戦場へとは差し出しません」
「す、すみません……」
「ですが、囮作戦自体は確かに成功する可能性が高いですし、現在もターゲットを確実に救出することが出来ますね」
「ですが、ローズ様では顔が割れているので流石に無理でしょう」
「そうですね。私は無論、ファシュも案外認知されていますからね」
「ということは、ここは私の出番でしかないでしょう!?」
「何故他の従者を使うという選択肢がないのですか!?」
「かわいそうじゃないですか」
「そう思えるなら自分に対してもそう思ってくださいよ……」
「それは多分無理です!」
「クレア様は超が付くほどのお人好しですからね」
「それほどでも〜!」
「褒めていない気がしますが……」
ローズ様は呆れたようにそう言った。
「………クレア様、本当に宜しいのですか?」
ローズ様が真剣な声音で聞いてくる。
「はい。最初からそのつもりでしたので」
するとファシュさんが挙手をする。
「1つ、宜しいでしょうか?」
「なんですか?」
「先日の婚約披露パーティーは大々的に新聞に取り上げられたと思うのですが、クレア様の顔もバレませんか?」
「「「あっ」」」
完全に失念していた。
「大丈夫です!変装します!」
「当てがあるのですか?そういうことに詳しい友達がいそうな知り合いはいます!なので、当たってみますわ!」
「わかりました。本日のお茶会はこの辺りでお開きにしましょう」
「ローズ様!ありがとうございます!紅茶、美味しかったです!」
「いえいえ!こちらこそ、おいしすぎるスコーンありがとうございます!またしましょうね!」
「はい!近いうちに!次は違うお菓子を作ってきますね!」
「あら!それは楽しみですわ」
「では!ごきげんよう!」
「ごきげんよう!」
そうしてグレアス様には内緒の学校潜入大作戦が始まろうとしていた。