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第13話 招待令嬢

クレアは俺に絞られた翌日、厨房へと足を運んでいた。


ローズ殿からお茶会に誘われたらしい。


日程も明日に決まったようだ。


そこに土産として自作の菓子を持っていくそうだ。


俺はクレアに何があっても大丈夫なように入り口で見守ることにした。


「ク、クレア様!?」


「どうしてこちらに!?」


「料理に何かご不満でも!?」


料理人たちが冷や汗ダラダラでそう言う。


「いえ、別にあなた方の料理に不満があるわけではありません」


「それでは何故……?」


「ローズ様にお茶会に誘われましたの!ですから、お土産に美味しいお菓子を、と思いまして!」


「ク、クレア様?失礼ながら、お茶会で手作りのお菓子は……」


「何か問題があるというのか?」


俺が少し睨みを効かせて言えば。


「い、いえ!問題ありません!」


この通り、素直に問題ないと認めてくれる。


いきなり菓子を持っていくのは毒が盛られているのではないかと疑われる。


だが、クレアのあの性格、婚約披露パーティーでのあの処置、それから俺が感じたローズ殿の印象。


これらを加味すれば、疑うこともなく受け入れてくれる思った。


まぁ、もしもの場合は俺がなんとかフォローすればいい。


むしろ、フォローしたい。


最近、落ち込んでいる女性のフォローの仕方を習得したのだ。


試してみたい。


「おい、顔怖男。クレア様に対して失礼なことを考えているんじゃないでしょうね」


そんな冷たい声に、想像の世界から引き戻される。


「お前か」


「なんですか?私じゃ不満ですか?」


「ああ。大いに不満だ。私が声を掛けられて嬉しくないランキングの一位をくれてやる」


「そんな不名誉な一位は必要ありません。クレア様の好き好きランキングの一位だけで十分です」


「ほう?クレアの1番はお前だと言うのか?」


「ええ。逆に自分だと思っていたんですか?はは、笑えない冗談ですね〜!」


「貴様、死にたいのか?」


「私を傷つけたらクレア様、悲しんじゃうだろうな〜?」


コイツ……どこまでも小賢しい真似を……!!


「まぁ、いい。今は共にクレアを見守ろうじゃないか」


「そうですね」


俺とミーシャが厨房に目を向けると。


「「居ない……!?」」


すると、料理人が気まずそうに。


「もう完成したそうなので、去っていかれましたよ……?」


その言葉を聞いて俺とミーシャは膝から崩れ落ちた。


──────────────────────────────


翌日。


私はローズ様の待つケンドリッジ公爵邸へと向かっていた。


その道中の馬車の中で、私は深呼吸をしていた。


「ふぅ……」


「そんなに緊張なさる必要はないと思いますよ?」


「いえいえ。緊張しますとも!何せ、同年代の友達の家に行くなんてクレアとして初めてですから!」


「クレアとして……?」


「え、ええ!実家の前を捨てたクレアとして初めてという意味です!」


「確かにそうですね。婚約披露パーティーまでは忙しい上に、人脈を広げることは叶いませんでしたから」


「ですから、私、楽しみなのです!お茶会が!……上手に出来るでしょうか……」


すごく不安だ。


私は淑女として、令嬢として、グレアス様の婚約者としてまだまだ未熟だ。


こんなところでグレアス様に恥をかかせるわけには……


「大丈夫です。クレア様」


ミーシャはそう言って私の手を取ってくれる。


「公のお茶会ではありません。ありのままのクレア様で大丈夫です」


まっすぐな目で私を見てくる。


「……少しは気を張った方がいいかもしれません」


「真剣な目でのフォローありがとうございます」


「いえいえ!」


と、そんな会話をしているうちに、ケンドリッジ公爵邸へと到着した。


「足元、お気をつけ……」


「ふぎゃあっ!!」


馬車の階段を盛大に踏み外した。


「言わんこっちゃない……」


ミーシャは頭を抱えていた。


「大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です……」


私はミーシャの手を取って立ち上がる。


「ドレスに目立った汚れはありませんね」


「よかった〜……」


「……エスコートしましょうか?」


「いやいや!だいじょう…うわっ!!」


私は再び転びそうになったが、ミーシャが支えてくれて、なんとかなった。


「ありがとうございます」


「…………………」


ミーシャはジト目で私を見てくる。


「……エスコート、お願いします」


私はミーシャに手を引かれながらケンドリッジ公爵邸の玄関へと向かう。


……介護かっ!!


いや、運動神経が壊滅的で、ドジでそそっかしい私がえ悪いけどさ!?


なんか、客観的に見たら、従者の手がないと歩けない老人のように見えないだろうか。


……ちょっと不服だ。


玄関前に到着し、ドアノッカーに手を伸ばした時だった。


バァン!と物凄い勢いでドアが開く。


「クレア様〜!!」


「ひゃあっ!!」


その勢いに驚いた私はその場に尻餅をついた。


「クレア様!申し訳ありません!うちの娘が!」


そう言ってローズ様の首根っこを掴み、奥へと引き摺り込む。


そして、私に手を差し伸べてくれる。


「私が勝手に驚いて転んだだけですから……」


私はその方の手を取り立ち上がる。


「改めまして。ローズ・ケンドリッジが母、アイリス・ケンドリッジと申します」


「ご丁寧にどうも。クレアと申します」


アイリス様とは初対面だが、すごくいい母親なのだと、この一瞬のやりとりでわかった。


……私の母親とは大違いだ。


「どうかなさいました?」


「いえ。なんでもありません。少し物思いに耽っていただけですので」


「そうですか」


「あっ!クレア様、お父様が少しの時間でいいのでお話がしたいといおっしゃっていたのですがよろしいでしょうか?」


「はい!もちろんです!」


こうして私はローズ様のお父様の部屋へと通された。


────────────────────────


部屋の中央に置かれあベッドではローズ様のお父様が横になっていた。


パッと見る限り、発疹なんかは治っているのでアナフィラキシーの症状は落ち着いたようだ。


「お父様、クレア様を連れて参りました」


「ああ」


そんな返事が聞こえると、ローズ様のお父様は体を起こす。


「このような形の出迎えとなってしまい、申し訳ない」


「いえ。改めてまして、クレアと申します」


「ジョージ・ケンドリッジだ。クレア殿、貴殿が居なければ私は今頃死んでいたであろう。心より感謝申し上げる」


ジョージ様は頭を下げていってくる。


「とんでもないです!私は自分に出来ることをやっただけですから!」


「あなたは本当に優しいのだな。それにしてもよく、あれほど的確な処置が出来ましたな?医者も褒めていましたぞ」


「ただの可能性の予見です」


「と、言いますと?」


「この世には、好き嫌いの問題ではなく“食べられないもの”がある人がいらっしゃいます。理想はそんな方に配慮した料理を提供することですが、形式上、それはほぼ不可能に近いです。なので、万が一、そういう方がいらっしゃっても問題ないように対処するための薬を用意していました」


「そうでしたか!その予見、見事でありますな!はっはっは!」


「笑い事ではありませんよ?」


私の言葉にジョージ様は姿勢を正す。


「今回の反応は初めてでしたか?」


「あ、ああ……」


「そうですか……」


となると、今回初めて口に入れたものに対してアレルギーがあったのか。


あの時の料理に含まれているものでアレルギーに該当するものは……


「くるみ、ですか?」


「おぉ!医者にもそう診断されました!」


「そうですか。今後はくるみの入った料理は口に入れないでください。それから、一応ですが、他のナッツ類についても検査することをおすすめします」


「わかった。クレア殿がそう言うのであればそうしよう」


「クレア様、本当のお医者様みたいですね」


「え゛っ゛」


思わず汚い声が出てしまう。


「す、すみません!出しゃばった真似をしてしまいました!」


「気にすることはない!私のことを気遣ってくれたのだからな」


「ジョージ様……」


「改めて、本当にありがとう。君がいたから、私はこうして家族と一緒に居られる。君は私の幸せを守ってくれた英雄だ」


「〜〜〜っ!!」


ジョージ様の言葉に声にならない喜びを噛み締める。


ああ、そうだった。


人に感謝されるってこんなに嬉しいことだったんだ……


本当にいい家族だ。


「……羨ましい」


「クレア様……」


どれだけ知識があっても、感謝されても、家族からの愛はもうないのだ。


まぁ、私も家族への愛は微塵もないわけだが。


「クレア殿、あなたは実家と縁を切ったそうだね」


「はい。それがどうかしましたか?」


「私たちケンドリッジ公爵家とあなたの婚約者の王家は繋がっていてね?巷では王家の懐刀とも呼ばれている」


「は、はぁ……?」


急にどうしたのだろうか。


「このケンドリッジ公爵家は君にとって親戚の家のようなものだ。だから、いつでも来てくれて構わない。私たちはいつだって温かく君を歓迎する。グレアス王子にはしにくい相談があるのなら、私たちが乗るし、一緒にお茶会だってしよう。それに勉強会も、お泊まり会も、なんでもしよう」


「ジョージ様……」


嗚呼…この国はなんて温かい国なんだ。


「ありがとう…ございます……」


思わず目頭が熱くなる。


「何故実家と縁を切ったかは聞かない。君が話したい、聞いて欲しいと思うのなら、私は、私たちはそれを聞こう。たとえ、何時間、何十時間、何百時間掛かろうとも」


ジョージ様のその言葉に、私は涙を堪えきれなくなった。


────────────────────────


「恥ずかしいところを見せてしまいました……」


「そんなことはありませんよ」


私はローズ様と庭を歩きながらそう呟く。


「それにしても、クレア様はやはりドジなのですね?」


「いやいや!あれはたまたまですから!」


2階にあったジョージ様の部屋から帰る時に、ドレスの裾を踏んづけ、そのまま階段から転げ落ちたところをバッチリと見られてしまったのだ。


「先日のパーティーでも階段から転げ落ちてましたよね?」


「いや!あれも、たまたまですから!普段はめちゃくちゃしっかりしてますから、うああっ!」


言ったそばから、私は足を挫いた。


「………………」


「わかってます…わかってますからそんな目で見ないでください!」


とりあえず、私はヒールを脱ぎ、応急処置をする。


「早いですね」


「この際だから言いますけど、よく怪我をしますから」


「ドジですものね!」


「そんなニコニコで言われても困るんですが」


「可愛いじゃないですか!」


「か、かわっ!?」


顔が熱くなる。


「もしかして褒められるの慣れてないんですか?」


「……褒められること自体、少なかったので」


「そうですか。でも、大丈夫です!グレアス様もいらっしゃいますし、何より、私たちがクレア様を褒め倒しますから!」


「ふふっ、ありがとうございます」


「では、そろそろお茶会を始めましょうか!」


私たちは庭にあるガゼボへと向かった。 

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