パーティーが始まってから、たくさんの貴族が私の元に挨拶をしに来る。
中には私を下衆な目で見てくる貴族もいた。
上辺だけでも取り繕うべきなので、営業スマイルで対応していた。
グレアス様はそんな貴族を不機嫌そうに見ていた。
酷いときには殺意を全開にしていたので、それはちょっとやめてほしい。
「初めましてクレア様?私はローズ・ケンドリッジと申します」
カーテシーの体勢を取って、挨拶してきた。
「改めましてクレアです。よろしくお願いしますね?ローズ様」
「お前は問題なさそうだな」
「え?」
「ちょっと、グレアス様!?」
いなくなってから言うならまだしも、その場でそんなことを言うのはやめて欲しい。
だが、これまで挨拶してきた貴族の中で最も誠実で、優しそうだとは感じた。
長年の勘とでもいうのだろうか。
そういうものがこの子とは友達になるべきだと告げている。
「あの……!」
私が声を掛けようとしたその時、何かが倒れる音がし、悲鳴が上がった。
「何事だ!」
「お父様!」
ローズ様が慌てて駆け寄っていく。
どうやら、ローズ様のお父様が倒れたらしい。
私はすぐさま様子を見に行く。
すると、食事テーブルの近くで倒れている男性がいた。
「もしかして……!」
男性に駆け寄る。
私はある可能性を考え、男性を仰臥位にする。
「お父様!お父様!」
ローズ様はかなりの動揺を見せている。
「ローズ様、落ち着て下さい」
「落ち着けるわけないでしょう!?」
「大丈夫です。死なせはしません」
私は男性を観察する。
「呼吸困難、全身の発疹、口唇の腫脹……」
やはり、これは……
「アナフィラキシー……!!ミーシャ!ミーシャはいますか!」
「はい、ここに!」
ミーシャは私のバッグを持ってくる。
「ありがとうございます」
私はその中から注射器を取り出す。
「クレア様!?」
「大丈夫」
投与前に0.7mLを捨て、0.3mLにしたエピペンを大腿の前外側に筋肉注射した。
すると、医者が到着する。
「えっと……」
「大体の処置は終わりました。あとは、お願いできますか?」
「はい!お任せください!」
そうして、ローズ様のお父さんは運ばれ、ローズ様もそれに付き添う形で退場していった。
「すごい……」
「さすがはグレアス様の婚約者だ……」
貴族たちは私を見直したのか、そんな感想を漏らす。
「クレア……」
「は、はい!」
「お前はどこまで有能なのだ……」
グレアス様が頭を抱えていた。
「え?」
「これだけ見ていると、お前を捨てたロレアス王国が本当にバカだということがよくわかる。まぁ、そのバカさには感謝しているがな」
「そ、そこまで言いますか……?」
「ああ。それほどまでにお前と婚約できてうれしいのだ」
「あ、ありがとうございます……」
パーティーは一悶着あったがこれ以降は特に問題なく終幕を迎えた。
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翌日。
「大丈夫ですか?グレアス様」
グレアス様が過労で倒れた。
「すまない……」
「いえいえ!こういうのも婚約者っぽくていいじゃないですか!」
ソフィーさんがやると言っていた看病をわざわざ変わってもらい、私がやっている。
ニッコニコで。
「随分と楽しそうだな……」
「ええ!もちろんですとも!これほどまでに楽しいことはありません!なにせ、いつも主導権を握られている私が主導権を握ることが出来るんですから!」
「ふっ……全く、お前らしいな……」
「はいはい、無理しないでください。ちゃんと寝て治してくださいね」
「ああ……」
グレアス様はそう返事をして、目をつぶった。
「おやすみなさい。グレアス様」
私は静かにそう言って、部屋を後にした。
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「元気でしたか?ジョンさん」
「ああ、お久しぶりだな。クレア様?」
「あら、”様”付けはやめてくださる?」
「おっと!これは失礼した!クレア嬢?」
ジョンさんは帽子を取ってそう言ってくる。
「それで、問題はありませんでしたか?」
「いい感じだ!栄養失調にも陥っていないし、特に問題は起こっていない」
「そうですか!婚約披露パーティーまでの庭の管理、ありがとうございました」
「いやいや!庭の調整は俺の仕事だからな!特に苦じゃなかったぞ」
「そう言っていただけて嬉しい限りです」
私は順調に育っているトウモロコシを撫でながらそう言った。
「そういえば、グレアスの旦那はどうした?」
「このところの疲労がたまっていたらしく、倒れてしまいました」
「そうか……」
ジョンさんは顎髭を撫でながら、そう言う。
「疲労が溜まっているのはクレア嬢、アンタもだろ?顔に出てるぞ?」
「……っ!」
私は目を見開いた。
平静を装っていたつもりだったのだがジョンさんはそれを見抜いてきた。
ただの考察の可能性もあるが、誰も指摘してこなかったことを、彼は指摘した。
「そうですか?」
「自分では隠してるつもりだったんだろうが、俺にはわかるぞ。俺の嫁も締め切り前はそんな顔をしていた。大丈夫だって言って、結局はぶっ倒れる。そんなあいつを看病するのも好きだった。いや、今はそういう話をしているんじゃないな。まぁ、俺が言いたいのは、無茶をするなってことだ。お前を心配する奴がいるんだ。それだけは忘れるなよ」
ジョンさんは私の肩に手を置いてそう言った。
「はい。心に留めておきます」
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「それで、今度はお前か」
「す、すみません……」
俺は布団で顔を半分ほど隠しているクレアに呆れたようにそう言った。
「全く……疲れていたのならそう言え」
「はい……」
「それと、あまり私を心配させるな」
「はい……」
「それから……」
俺が言葉を続けようとすると、婆やが間に入ってくる。
「そのくらいにしてあげてください。坊っちゃま」
「婆や……」
「クレア様。おかゆを持ってまいりました」
「ありがとうございます……」
クレアはそう言って体を起こす。
「婆や、私がやろう」
「「えっ」」
婆やとクレアがそう言った。
「なんだ?お前だってやったではないか」
「それは、そうですが……」
「それとも、私じゃ不服だというのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
クレアはバッと起き上がってそう言う。
「クレア様、あまり無茶しないでください」
「す、すみません……」
「まぁ、坊っちゃまが望むのであれば、そう致しましょう」
婆やは盆を置いて、部屋を後にした。
「あ!ちょっ……っ!?」
クレアは心底驚いた顔で婆やを引き留めようとしていたが、無駄だった。
「覚悟はいいか?クレア?」
「か、覚悟って……ご飯食べさせるだけですよね!?ね!?」
「それはどうだろうな?」
「ハ、ハードなものはご勘弁を……」
俺がクレアに何をしたかは、語らないでおこう。
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体調が回復して、数日が経ったある日。
私が庭の手入れをしていると、ミーシャがやってくる。
「クレア様、ローズ様からお手紙です」
「ローズ様から?」
何かあったのだろうか。
私はミーシャから手紙を受け取り、中を見る。
するとそこには。
【クレア様、お元気ですか?突然のお手紙申し訳ありません。本日、お手紙をお送りしたのは、先日のパーティーで倒れた父の容態が安定し、回復に向かっているためご連絡をした次第でございます。つきましては、お茶会をしたいと思っておりますので、いいお返事をお待ちしております】
と、文面が書かれていた。
「忘れてましたわ……」
「なんで自分でやったことを忘れてるんですか」
「あまりにも色々とありましたし……」
「グレアス様による看病ですか?」
「え!?い、いえ!そんなことはありません!」
「チッ!」
「今舌打ちしましたね!?」
「いいえ。気のせいです」
「気のせいじゃないでしょう!?」
「別にしてませんよ?あの男、クレア様を看病出来て死ぬほど羨ましいな〜、なんて思ったりしてませんよ?」
「思ってますよね!?その感じ、絶対思ってますよね!?」
全く……私のこととなると目に見えて暴走する癖はなんとかしてほしいものだ。
何故、私の周りには暴走する人しかいないのだろうか。
「クレア。どうかしたか?」
「いえ、別になんでもありません。なんで私のこととなると周りが見えなくなる人が多いのかなって思っただけです」
そこまで言って、私は背筋を凍り付かせる。
ギギギと錆びついた人形のように後ろを振り返れば。
「グ、グレアス様……!ごきげんよう……」
「いいや。ごきげん斜めだ」
その返しに思わず吹き出す。
「ほう。これは面白いのか……」
グレアス様は興味深そうにメモ帳にメモをしていた。
「それより、お前は今、自分に関して周りが見えなくなる奴らが多いと宣ったな?」
「は、はい……」
「そうか。お前は自分がどれだけ大切にされているのかいまいち理解をしていないのだな?」
「へ?」
「ならば、仕方あるまい。私の部屋で懇切丁寧に、この俺がお前をどれだけ大切にしているか教えてやろう」
一人称がブレてる!!
これは明らかにオコだ。
そんなグレアス様の前にミーシャが立ち塞がった。
「クレア様を離してください。冷徹男」
「なんだと?ミーシャ、お前は喧嘩を売っているのか?」
「ええ。豊富な品揃えです」
「なら、1つ買わせてもらおうか」
「いやいや!喧嘩しないでください!」
私が止めに入ると。
「「クレア(様)は黙っていろ(てください)」」
当事者なんですが。
仕方ない。
「2人とも喧嘩をやめてください!やめないと……」
私は手紙を開封するのに使用したナイフを首元に持っていき。
「今ここで死にます」
「「やめます」」
「素直でよろしい!」
「お前はよろしくないがな」
「え?」
「そうですね。どうやら、今回の目的は一致していますね。無表情男」
「ああ。口悪女」
2人は悪口を言い合いながら、私に迫ってくる。
「え?な、なんですか!?」
私はそのまま壁に追いやられる。
「おい、クレア。お前にはもう少し、お前という存在が俺たちにとってどれだけ大事か教え込む必要があるようだ」
「い、いえ!十分わかっておりますので……」
「わかってませんよね?」
「いや!本当にわかってますので……」
「では、何故冗談でも“死ぬ”などとほざいた?」
「そ、それはお二人が喧嘩をやめなかったので……」
「ほう。喧嘩をやめなければ、“死ぬ”などというタチの悪い冗談を言っても許されると?お前はそう言いたいのだな?」
「それは…そのぉ……」
「そんなふざけたことを抜かす奴には仕置きだ」
そう言ってグレアス様は私をお姫様抱っこする。
「あっ!ズルいです!」
「フン。これが婚約者の特権だ。残念だったな?性悪従者」
グレアス様に煽られ、ミーシャはグギギと歯を食いしばって悔しそうな表情を浮かべていた。
「さぁ、いくぞ」
「え?ええええええええっ!?」
それから3時間ほど、コッテリと絞られた。
これ、私が悪いの?