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第10話 催眠令嬢

執務室に戻った俺はすぐさま本棚にある従者たちの資料の中からジョンについて書かれたものを取り出し、読み始める。

もしジョンがクレアを誘拐したのなら、何か動機があるはずだ。

それに俺たちに一切気付かれずクレアをどう連れ去ったというのだろうか。

……クレアなら警戒心が無さそうだな。

いやいや、そもそも屋敷内で警戒する方が難しいだろう。


「まさか……」


俺は連れ去った方法と思しきものを見つけた。

それは彼の魔法だった。

彼の魔法、それは。


「“催眠”……」


────────────────────


「さぁ、着いたぜ。クレア嬢」


俺は虚な目をしたクレア嬢をある場所に連れて来ていた。


「ははははは!まさかホントに連れてくるとは思わなかったぜ!」


そう笑うのはここのボスであるジュリーだ。

ここはこの街の輩の集団のねぐらである。

俺がここにいる理由。

それはクレア嬢に語らなかった過去にある。

カナレが倒れた後、他に救う方法がないかと思い、俺は街中を走り回った。

そこで俺は騙され、莫大な借金だけが残った。

しかも、利子が以上に高く、返せないところまで来てしまった。

知らぬうちに、所謂“闇金”に手を出していたのだ。

それから俺は奴らに頭が上がらなくなった。

容赦なく命を奪う集団だ。

“金が無いなら逆らうな。逆らえば殺す”

そう言われ、自分の命が惜しい俺は完全に奴らの犬になった。

奴らの要求は次第にエスカレートしていった。

そして今回の要求が“グレアスの旦那の婚約者を連れてこい”という命令だった。

俺は自分の魔法である“催眠”を使い、クレア嬢をここに連れて来た。


「これでお前も俺たちと同じ犯罪者だな!」


ジェシーはそう言って俺の肩を叩く。

俺はもう戻れない。


「兄貴、早くやりましょうよ!」

「そうだなぁ?」


ジェシーはニヤリと笑う。

嫌な予感がする。


「お前ら何をするつもりだ!!」

「せっかくいい女がここにいるんだ。やることは1つだろ?」


ジェシーは虚な目で抵抗しないクレア嬢の胸を揉む。


「小さいな」

「お前っ!!」

「そう怒るなって。お前にもやらせてやるよ」

「そういう問題じゃねぇ!!」


俺はジェシーの胸ぐらを掴む。


「うるさいなぁ!!」


ジェシーに顔面を殴られ、地面に倒れる。

そんな俺にジェシーがしゃがみ込んで。


「だったら魔法を解除してみろよ。あの女にトラウマを植え付けることになるぞ?さぁ、始めようぜ?」


その言葉に奥歯を噛み締める。

確かにこの男の言う通りだ。

俺の魔法が掛かっていると記憶も意識もない。

だが、解除すればそれらは戻る。

だから、クレア嬢はレイプされた記憶が残る。

だったらいっそこのまま……

本当にいいのか?

あれだけ俺の話を楽しそうに聞いて、カナレの死を間接的ながらも悲しんでくれた。

そんないい子をこのままみすみす酷い目に合わせていいのかよ……


「いいわけ…ないだろ……!!」


俺は立ち上がる。


「は?何言ってんだよ」

「俺はクズだ。こんなにいい子を騙すような形でこんなところに連れて来て……お前らと同じクズに成り下がった。だけど、覚悟が決まった。お前らと決別する覚悟が!!」


ジェシーに凄んでそう言う。


「あはははははは!!覚悟?この人数を相手に勝てると思ってんのか!!」


俺とクレア嬢を囲うように数十人の輩が出てくる。


「クレア嬢は俺が守ってみせる!!この身を賭けても!!」


────────────────────


「ふむ……」


クレアとジョンが姿を眩ましてから、1時間。

俺はジョンのことを全て調べ上げた。

もちろん、輩たちに逆らうことが出来ないという状況であることも。


「急いで行くとするか」


ジョンがどちらに転ぶか分からない。

クレアに手を出すかもしれないし、そうではないかもしれない。

出さなかったとしても相手は輩だ。

ジョン自体は戦闘に向いていないし、“催眠”だって同時に複数人に掛けられない。

俺が急いで行かなければいけないことに変わりはない。


「待っていろクレア」


俺は調べ上げた輩の場所へと向かった。


────────────────────


「ぐはぁっ!!」


俺はボロボロになっていた。

それに対して輩は誰一人として傷ついていない。


「雑魚がイキがってんじゃねぇよ」


ジェシーは俺の腹部を踏みつける。


「ぐあっ!」

「お前はそこで見てろ」


ジェシーを俺を蹴り転がし、クレア嬢の方へと向かう。

そして、彼女の服を脱がそうと手を掛けようとした瞬間、声が響く。


「貴様。私のクレアに何をしようとしている?」


そして、天井が突き破られ、空からグレアスの旦那がゆっくりと降りてくる。

全員がその姿を捉えた時、空気が凍った気がした。


────────────────────


俺は輩のねぐらの天井を砕いて、クレアの前に降りてくる。


「おうおう!王子様が1人で勝てると思ってるのか?空飛ぶことしかできない癖に!俺たちは全員“肉体強化”だぜ?」


輩のリーダーであるジェシーの煽り文句を俺は鼻で笑う。


「フッ。なら、教えてやろう。魔法で全てが決まるわけじゃないとな」


俺は腰に携えていた剣を抜く。


「死にたい奴から掛かってこい」

「舐めるなぁ!!」


────────────────────


言い出すタイミング逃したぁ〜!!

現在、私の目の前ではグレアス様が半グレ達をバッサバッサとぶった斬っている。

実の話をすると、ジョンが私のために頑張って戦ってるところくらいから意識は戻っていた。

助けたかったが、私に戦闘力は無いので足手纏いになるだけだと思い、ジッとしていた。

そうしたら、ガチギレしているグレアス様が空から降って来て、完全にタイミングを失った。


「クソがっ!!」

「雑魚のくせにイキがるな」


グレアス様は半グレリーダーの吐いていた言葉を返していた。


「死んでもらおう」


そう言ってリーダーを容赦なく斬り捨てた。

この瞬間を持ってここにいた半グレは全滅した。

王子が殺しちゃっていいのだろうか。

そんなことを思っていると。


「ジョン。お前はどうなりたい?」


グレアス様は剣先をジョンさんに突きつけてそう言う。


「クレアの意識がない間に決めさせてやる」

「お慈悲、感謝致します」


ジョンはそう言って頭を下げる。


「一思いに……」

「ちょっと待ったぁぁぁ!!」


流石に声を上げた。

私の意識が戻っていることに2人は驚く。


「ジョン。解除したのか?」

「いや!解除はしていない!俺も驚いている!」

「なぜ、魔法が解けている?いつからだ?」


グレアス様が質問責めしてくる。


「ジョンさんが“クレア嬢は俺が守ってみせる!!この身を賭けても!!”って言ってくれたところくらいですかね……」


私の言葉を聞いて、ジョンさんは顔が赤くなる。


「グレアスの旦那。殺してくれ。今すぐ」

「なんでぇ!?」

「恥ずかしくて死にたいんだよっ!!」

「でも、早まっちゃダメですよ!?」


なんとか、ジョンさんを死なせないことに成功した。


「クレア。何故、庇う。お前に対して無断で魔法を使い、危険な目に遭わせた男だぞ?」

「そうなんですか?」

「は?」

「私、ジョンさんが守ってくれたところからしか思い出せないので、本当かどうか分からないんですよね〜!」


こんなのは詭弁であると認識している。


「誰か他に私がジョンさんにやられたって見た人はいるんですか?」

「それは……」

「俺がやったんだよ、クレア嬢!」

「口ではなんとでも言えますよ?」

「それはお前だって……」

「私はいいんですぅ〜!」

「なんと強情な婚約者なんだ……」


グレアス様は頭を抱えていた。

そして。


「ふはははは!だが、確かにそうだな。ジョン。お前がやった証拠はどこにもない」

「ジョンさんはたまたま私に魔法を見せていて、そのタイミングで私がたまたま連れ去られて、たまたま追いかけて来て、たまたま頑張っていた。そうですよね!」


私たちの言葉にジョンさんは少し笑って。


「全く……無茶苦茶な人たちだ……」

「そうですか?」

「ああ。あれだけの怖い目にあったというのに……」

「まぁ、元気です!」


私がマッスルポーズをすると、腰が抜けてその場に座り込んでしまう。


「クレア!大丈夫か?」

「あ、あれぇ〜?大丈夫だと思ったんですけどねぇ……」

「ジョンの魔法を強制解除出来るくせに結構ビビリなんだな?」

「ビ、ビビりじゃないですぅ!」

「いや、ビビってるでしょ」

「ひ、酷いです!2人とも酷いです!」


私は抗議の声を上げる。

するとお腹の虫が鳴く。


「あっ……」


恥ずかしさで顔が紅潮する。


「ふふふ。晩餐がまだだったな。では、帰るとしよう」


グレアス様は私をお姫様抱っこする。


「へ!?」

「動けないならこうするのがいいのだろう?本で読んだ」

「どんな本読んでるですかっ!」

「“女性を落とす100のコツ”という本だ」


ジョンさんは大真面目に答えるグレアス様の肩に手を置いて。


「ありがとな。俺の嫁さんの本を読んでくれて」

「「えっ!?」」


私とグレアス様は全く同じ反応をする。


「旦那が読んでるのはカナレの書いた本だ」

「そうなんですか!?」

「ああ。カナレは他人の恋愛を見るのが大好きだったからな。応援という意味も込めてその本を執筆してたんだ」

「そ、そうなのか……」


そんな会話をしながら、私たちは帰路に着いた。


────────────────────


「ご無事でしたか!」


帰って来るなり、いきなりミーシャに縋りつかれる。


「一応は」

「それで坊っちゃま。犯人はどなただったのですか?やはりジョン様でしたか?」

「いや、ジョンはただクレアを助けようとしてくれていただけだ。怪我をしているから手当てをしてやってくれ」

「承知致しました」

「ミーシャ。君は晩餐の準備を頼む」

「はい!お任せください!」


3人が掃け、私たちだけになる。


「ホントによかったんですか?」

「何の話だ?」

「ジョンさんのことです。グレアス様なら“許さん。殺す”とか言ってもおかしくなかったと思うんですけど」

「お前は私を悪魔か何かと勘違いしていないか?」

「たまに鬼畜な人だなとは思います」

「よし。あとで仕置きだ」

「なんでですかぁ!?」

「そのことは置いておいて」

「置いておかないでください!」

「駆けつけた時、お前に乱れた形跡はひとつもなかったのとジョンがボロボロになっているのを見て、コイツはクレアを守ったのだと思った。連れて行ったのはアイツかもしれないが、守ったのもアイツだ。それに前半部分を有耶無耶にしたのはお前だろう?残った後半だけを見れば、ジョンは俺が駆けつけるまで俺の婚約者を命懸けで守り抜いた英雄だ。マッチポンプな感じは否めないが、俺は別にクレアに危害を加えないのであればどうでもいい」


グレアス様は少し早口でそう言った。

今回の一件でジョンさんは少し成長したのではないだろうか。

小娘が何を言っていると思われるかも知れないが、ジョンさんも過去と決別し、新たな一歩を踏み出せるだろう。


「では、晩餐と行こうか。マイレディー?」

「喜んで」


私はそう返事をして、ダイニングへと向かった。


────────────────────


ダイニングで食事をしていると。


「クレア。体のサイズを教えてくれないか?」

「ぶふーっ!!」


水を飲んでいた私は思わず吹き出す。


「ゲホッ!ゲホッ!いきなりなんなんですか!?」

「いや、婚約披露パーティーで着ていくドレスを仕立ててもらおうと思ってな。普段のサイズでいいものか聞こうと思っていたんだ」

「言葉足らず過ぎですっ!!グレアス様が変態になったのかと思いましたよ……」

「なっ!?」


グレアス様が動揺していると、ソフィーさんが現れて。


「坊っちゃま。サイズに関しては私達は測っていますので大丈夫です。女性に直接聞くのはマナー違反ですよ」

「そうなのか?本には書いていなかったからよく分からなくてな」


そういう問題じゃなくね?

そう思ったが口には出さなかった。


「クレア、すまない。先ほどの発言は無かったことにしてくれ」

「仕方ないですね……」


私は口元を拭いながらそう言って、先ほどの発言をなかったことにした。


「それと、明日からレッスンは厳しくなるらしいぞ」

「そっちを早く言ってください!!」


婚約披露パーティーまで1ヶ月を切った。

相応しい淑女になれるだろうか。

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