グレアス様とのデートの翌日。
「ふぅ……」
私は買ってきたとうもろこしの種を植えていた。
数はちょうどよく、均等に植えることが出来た。
「来年まで頑張って育てないと!」
額の汗を拭いながらそう呟いた。
「精が出てるな!クレア嬢」
「あ!ジョンさん!」
私が作業を終えて、少し休憩しているとジョンさんが声を掛けてきた。
「聞いたぞ?俺が唆したから屋敷を脱走したんだって?」
「いや!ジョンさんのせいってわけじゃ!」
「クレア嬢がそう言ってもなぁ……」
ジョンさんは遠い目をする。
「何かあったんですか?」
「ソフィーの婆さんに怒られちまった」
「私のせいで!?す、すいません!」
「いいんだ。気にするな!元々は俺が言ったからな。それに、グレアスの旦那とも距離が縮まったみたいでよかったじゃねぇか!」
「おかげさまで……」
少し照れながら、後頭部を掻く。
「アンタらを見てると俺と嫁さんの関係を思い出すよ」
ジョンさんはペンダントを軽く握ってそう言ってくる。
「ジョンさん……?」
「なぁ、この後時間あるか?」
「ありますけど……」
「ちょっとガゼボで話さねぇか?」
「いいですよ!」
私とジョンさんはガゼボへと移動した。
「何のお話をします?」
「俺の話でもいいか?」
「はい!ジョンさんの話聞きたいです!」
私の言葉にジョンさんは少し口角をあげて。
「そうか。そう言ってくれると嬉しいな」
ジョンさんのペンダントはロケットペンダントだったらしく、カパッと開き、写真を見ながらそう呟く。
「聞かせてください。ジョンさんとお嫁さんの話を」
「ああ」
ジョンさんは語り始めた。
────彼と奥さんの馴れ初めと思い出と、そして、その悲しい結末を。
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『俺とアイツが出会ったのは11年前のことだった』
街を歩いていた時、俺は1人の女性にぶつかった。
「すまない!大丈夫か?」
「こちらこそすみません……」
俺は転んだ女性に手を差し伸べる。
女性は俺の手を取って立ち上がる。
俺はその女性に思わず見惚れてしまった。
「顔に何か付いてますか?」
女性が不安そうに聞く。
そんな女性に思わず。
「いや。あなたが美しくて見惚れてしまっただけだ」
俺の言葉に女性は顔を赤くする。
「ほ、本気で言ってるんですか……?」
俺から顔を背け、チラリと視線を寄越してそう言ってくる。
「ああ。本気だ。心の底から綺麗だと思った」
「……私も」
「え?」
「私もあなたをかっこいいと思っていたんです」
その返答を聞いて覚悟が決まる。
「お嬢さん。俺と一杯お茶でもどうです?」
「はい!喜んで!」
『これが俺とアイツの運命の出会いだった』
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「んん〜っ!!ドラマティックですね〜!!」
私は2人の馴れ初めを聞いて悶えていた。
女子高生が恋バナで盛り上がるのがよくわかる。
「それでそれで?続きを聞かせてください!」
「ああ」
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『それから俺とアイツは近くのカフェに行った』
「改めて。俺はジョン。よろしくな」
「私はカナレです」
互いに自己紹介をし、コーヒーを飲みながら趣味や好物などお互いの話題で盛り上がった。
しかも、それらが想像以上に一致していた。
「私たちすごく気が合いそうですね!」
「ああ!そんな気がするよ!」
俺たちが完全に恋に落ちるまでそう時間は掛からなかった。
『それから俺たちはデートを重ねていった。喧嘩もないし、実家からも反対されることはなく、順風満帆だった。幸せを重ねていった俺たちは結婚した』
「新郎ジョン。あなたはカナレを妻とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「新婦カナレ。あなたはジョンを夫とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
『結婚しても俺たちは相変わらず幸せに過ごしていた。何も変わらない穏やかな日常。少し変わったとすれば、俺とカナレの距離だ。結婚してから前よりも距離が近くなった気がする。でも、それも心地よかった。結婚しているんだって実感出来たから』
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「そうなんですね……」
結婚、か……
私もいずれは誰かと結婚しなければならない。
実家を追い出された今となってはどっちでもいいのかもしれない。
でも、結婚するなら私は……
「クレア嬢、“結婚するならグレアスの旦那がいいな”って思ったろ」
「へ!?」
ジョンさんに言い当てられ、顔が熱くなる。
「な、なな、何を言ってるんですか!?」
「アンタの顔にそう書いてるぞ?」
「え!?」
私は自分の顔をペタペタと触る。
「いやいや、書いてあるってそういうことじゃなくて、もののたとえだって」
「ああ。そうですね……」
「クレア嬢、もしかしなくてもアンタ、ポンコツだろ」
「ポ、ポンコツぅ!?」
「ああ。よく転ぶし、勝手にどっか行くし、それに動揺すれば言葉を真に受ける。ポンコツじゃねぇか」
「ひ、酷い!酷いですよジョンさん!」
「事実だろうに」
「なっ!?」
ジョンさんからのポンコツ呼ばわりにショックを隠せない。
「まぁ、いい。話を続けるぞ?」
「脱線したのはジョンさんじゃないですか!」
私は頬を膨らませて抗議した。
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『結婚してから7年後。問題が起きた』
「うぅ……!!」
「カナレ!?どうしたカナレ!!」
カナレが急に倒れた。
医学の知識がない俺が下手に手を出すわけにはいかない。
「待ってろカナレ!!医者を呼んでくるから!!」
俺は家を飛び出し、医者を呼びに行った。
医者を連れて戻ってきた時には、カナレの意識は無かった。
かなりマズい状態であると素人の俺でも身に染みてわかった。
「大丈夫ですか!?聞こえますか!?脈がないな……」
医者はその場で的確な処置をしたおかげでカナレは一命を取り留めた。
結局、入院して検査する運びとなった。
「どうですか?カナレは治りますか?治りますよね?」
俺は医者に聞く。
その言葉に、医者は黙り込み、視線を逸らす。
「なんで黙ってるんだよ!!」
医者の胸ぐらを掴み上げる。
「落ち着いてください。そうではないと話せません」
ハッと我に返り、医者から手を離す。
「すみません」
「いえ、落ち着かれたようで」
「それで、どうなんですか?」
「正直に言って厳しいです。“治癒”の魔法を使える者にも頼んでみましたが、治癒出来る範疇を超えていると」
「そんな……!!」
「医学の観点からでも、かなり厳しいことに変わりなく……申し訳ありません」
『俺は医者の言葉に絶望した。その日、どうやって家に帰ったか分からないくらいには憔悴していた。カナレは俺にとって生きる意味そのものだった。だから、どうすればいいのか分からなくなった』
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「ジョンさん……」
「そして、それから間も無くしてカナレは死んだ」
ジョンさんはペンダントを握りしめてそう言う。
「そんな悲しい過去が……」
「なんでクレア嬢が泣いてるんだよ」
「え?」
言われて初めて気付いた。
私は涙を流しているのだ。
泣くつもりなんてなかった。
でも、ジョンさんの話を聞いていたら思わず涙が溢れたのだ。
「人を愛するって素晴らしいことですよね」
「そうだな」
話し込んでいれば、晩ご飯のちょうどいい時間だった。
そこでふと思ったことをジョンさんに聞いてみる。
「そういえば、ジョンさんはどんな魔法が使えるんですか?」
「俺か?俺の使える魔法は……」
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「はぁ……」
俺は執務室でため息を吐いていた。
「ため息を吐いてもダメですよ?」
「それくらいわかっている」
昨日は素晴らしいほど幸せだったというのに……
正直なところ、王子なんて辞めてしまいたい。
だが、辞めたらやめたで国がマズいことになるだろう。
姉上は王位を継ぐ気はないと公言しているから俺が継承権第一位なのだ。
すなわち俺が破棄すれば姉上が王にならざるを得ない。
これがどれだけやばそうであるかよくわかるだろう。
「はぁ……」
「クソデカため息ですね〜」
ミーシャが息抜きに紅茶を淹れてくれる。
「クレアの側に居なくてもいいのか?」
「はい。クレア様が“私は1人で出来るからグレアス様の息抜きに紅茶でも淹れて差し上げて?”とのご命令を受けていますから!」
「そういうところは気が利くのだがな」
「いかんせんドジですからね〜!」
「全くだ」
俺とミーシャが談笑している様子を婆やが冷たい目で見てくる。
「他の女性と仲良くしているとクレア様に嫌われますよ?」
「なんだと!?」
クレアには嫌われたくない。
本気で惚れているのだ。
そんなことあってはならない。
「ん〜……クレア様の性格的に“嫌う”というより、ヤキモチ焼いちゃうんじゃないでしょうか?」
「ヤキモチ?」
「はい!嫉妬するって意味ですよ!後、ほっぺたをプク〜って膨らませて拗ねそう!」
ミーシャに言われて、拗ねて頬を膨らませているクレアを想像してみる。
『グレアス様!ヤキモチ焼いちゃいますっ!』
「悪くない。むしろ、いいな」
「でしょ…じゃなくて、ですよね!?」
確かに途轍もなく可愛い。
ヤキモチを焼かせてみたい。
そんな衝動に駆られていると。
「坊っちゃま、ガゼボでクレア様と庭師のジョン様が楽しげに会話をしていますよ?」
「なんだと!?」
俺は窓に張り付いてその様子を見る。
確かに楽しげに、そして親しげに話している。
俺は椅子に座り、足を組んで。
「流石はクレアだ。俺以外の男とも仲良くなるとは」
「すっごく決め顔で言ってますけど、めちゃくちゃ動揺してますよね?」
「そうですね。一人称がぶれています」
「うるさいぞ」
クレアめ……
ヤキモチを焼く前に焼かせるとは……
「クレア様が他の男性と仲良くするの本当に嫌なんですね」
「別に?俺はなんとも思ってないが?」
「坊っちゃま。一人称がぶれていますし、砂糖を入れすぎです」
「え?」
紅茶の入ったカップを見れば、砂糖が溶け切らず、個体のまま残り、山を形成していた。
「す、すまない……」
「案外、独占欲強いんですね」
「別にいいだろう!?」
「そういうところを見せればいいと思うんですが」
「それは……無理だ」
「なんでですか?」
「……秘密だ!」
心の狭い男だと思われたくないのだ。
器の大きい男の方が女性は安心すると本に書いてあった。
「坊っちゃまはただ、クレア様に自分の心の狭さを、器の小ささを知られたくないのですよ」
「おい!俺の心を読むんじゃない!」
「あ〜……」
ミーシャは少し納得して、ニヤニヤとこちらを見てくる。
「なんだ!何か悪いか!」
「なんか、普段クレア様を揶揄ってるグレアス様が揶揄われてるのって新鮮じゃないですか?」
「別に毎回揶揄っているわけではない。発言をしたらそれがたまたま揶揄ったみたいになるだけだ」
「いや、それヤバいでしょ」
ミーシャは結構ドン引きしながら言ってくる。
どうやらこの場での発言は大抵悪手らしい。
そういうの本当にやめて頂きたい。
「もういい。私は仕事をする」
そう言って書類に視線を移す。
「それでは私達も下がりますね」
「何かあったらお申し付けを」
ミーシャと婆やは食器達を携えて、部屋を出た。
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それから気が付けば日も暮れるという時間になっていた。
「かなり集中していたか……ミーシャ達との会話がいいリフレッシュになったみたいだ」
体を伸ばしながらそう呟く。
クレアは寂しい思いをしていないだろうか。
最近は仕事、特に婚約披露パーティーに関する書類が多いから忙しい。
まともに会話出来るのは晩餐の時くらいだ。
「仕事も終わったし、少し早いが行くとするか」
そう思い、俺が執務室を出ると、バタバタとしていた。
またか……
どうせクレアが居なくなったとかそういうのだろう。
「坊っちゃま!」
「どうした?またクレアが居なくなったのか?」
「そうなのですが……」
「全く……今度こそ仕置きを……」
「それが、ジョン様も一緒に消えているんです!!」
その発言に俺は固まった。
基本的にここに従事する人間は従者棟に住んでいる。
だから、ここから出ることはまずないのだが……
「なん…だと……!?」
まさか、駆け落ちか?
いやいや、クレアに限ってそんなことはないだろう。
……ないよな?
最近、クレアの機嫌を損ねてばかりだったからそのせいか……?
俺の頭の中で色々なことがグルグルと駆け巡る。
「坊っちゃま!落ち着いてください」
「あ、ああ……」
「疑いたくはありませんが、ジョン様が何かした可能性があります。坊っちゃまはお調べになってください」
「わかった」
俺はそう返事をし、執務室に戻った。