「───っん、う〜ん……」
私が目を開くと、自室の天井が目に入った。
「起きたか」
柔らかい声の方を見れば、グレアス様が椅子に腰掛けて、本を読んでいた。
「グレアス様……」
「すまない。お前を揶揄いすぎた」
そう言われて思い出す。
「そうですよ!酷いじゃないですか!」
「ああ……本当に申し訳ない。あの後、ミーシャに怒られてな……」
私は思わず吹き出す。
「な、何がおかしいのだ」
「いえ、グレアス様も怒られたらしょげるんだなと思いまして」
「私をなんだと思っているのだ……」
「可愛げのある婚約者、でしょうか」
「可愛げって……それなら私よりもクレアの方があると思うがな」
「へ!?」
唐突な褒めに思わず気が抜けた声が出る。
グレアス様は容赦なく私に近づき、髪の毛に触れる。
「この美しい金色の髪だって、青い瞳だって。私にはないものだ」
ち、近い……!!
「そ、そんなに見ないでください……恥ずかしいですから……」
「手もスベスベだし、華奢な体型だ」
「きゃ、華奢!?」
「ああ。全体的に引き締まった体だ」
「む、胸が無いって言いたいんですか?」
グレアス様は真剣に胸元を見て。
「そうだな」
肯定しやがった。
「グレアス様のバカああああああっ!!」
私はグレアス様の頬に全力のビンタをして、部屋から飛び出した。
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俺は一体何が起こったのか全くわからなかった。
「何故俺はビンタされたのだろうか……」
おっといけない。
一人称が崩れてしまった。
「坊っちゃま。クレア様に何を言ったのですか?」
「婆や……」
「泣きながら走っていくクレア様をお見かけしまして、ミーシャに後を追わせています」
「すまない。迷惑をかける」
「それで、クレア様になんとおっしゃったんです?」
「それがだな……」
俺は婆やにありのままを話した。
「私のどこが間違っていたのだろうか」
「坊っちゃまはもう少し女心の勉強が必要ですね」
「やはり、私が間違っていたのか……」
「ええ。髪や瞳、肌感を褒めるのは良かったと思います。ですが、体型について女性にとやかく言うのはいただけませんね」
「そういうものなのか?」
婆やは頷く。
「女性というのは、外見に強いコンプレックスを持っている方もいらっしゃますからね。気にしていない方なら問題はなのですが、クレア様の場合はそうもいかないと思います」
「そうなのか?」
「はい。これは推測になるのですがよろしいでしょうか?」
「ああ。構わない」
「クレア様は元婚約者であるジュエルド王子に一方的に婚約を破棄されたと伺っています。クレア様の中では“捨てられた”と認識しているでしょう。ですから、自分の何がいけなかったのかをずっと考えていたのだと思います。その結果、原因の1つに自身の外見があったのかもしれません。男性をものに出来なかった、自身の外見へ少なからずコンプレックスを持っていたのではないでしょうか。そして、それを坊っちゃまが無自覚にも刺激をしてしまった」
そう聞かされてよくわかった。
「婆や、俺は……」
「追いかけてください。そして、しっかりとお話をしてください」
「ああ」
俺は部屋を飛び出し、クレアを追った。
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「クレア様!!」
私が庭を走っているとミーシャが追いかけてくる。
「1人に…うわっ!!」
私は転び、耕した畑に突っ込んだ。
「あっ」
ミーシャのそんな声が聞こえてくる。
何も植えてなくてよかった……
いやいや、そうじゃなくて!
「なんで追いかけてくるんですか」
私は地面に座りこんでそう言う。
「大事な主人が泣いていましたから」
そう言ってタオルを差し出してくる。
「ありがとう、ございます……」
私はタオルを受け取り、顔を拭く。
「それで、何を言われたんですか?」
「なんで言われたってわかるんですか」
「グレアス様が手を出さないっていう約束を破るわけがないので」
「なるほど」
「それで?なんだったんですか?」
「……………胸が小さいって言われたんです」
「わかりました。グレアス様をしばいてきますね」
「待って!!大丈夫ですから!!」
私はミーシャの服の裾を掴んで引き留めた。
「そうですか?」
「だ、だって、ビンタしてきたんですから……」
「まぁ!さすがクレア様です!」
ミーシャが私の手を取って言ってくる。
「え?そこ、褒められるところではない気がするんですが……」
「いいえ!バカな男はこれでわからせるに限るんです!」
鼻息荒く拳を見せつけてくる。
「えぇ……」
そんなことを言われても困る……
と、そこへ。
「クレア!」
息を切らしたグレアス様が現れる。
「話がある」
「………………………」
私は無言を突き通す。
すると、グレアス様はゆっくりと頭を下げて。
「済まなかった。今回の件はあまりにもノーデリカシーが過ぎた。俺はまだ、女性をレディーとしてちゃんと扱うことすら出来ない。未熟な俺を許してくれ」
一人称がブレるくらいには動揺をしてくれたってことだよね……
「グレアス様」
私はグレアス様の肩に手を置いて。
「デ、デデ、デート、したら許してあげます……」
少し、視線を逸らし、頬を赤らめながらそう言った。
「喜んで。愛しのマイレディー」
グレアス様は片膝を着いて、私の手の甲に唇を落とした。
「なっ……!?」
それに顔がブワッと赤くなる。
「よ、汚れたのでお風呂に入って参ります!うわっ!」
私は踵を返すと同時に転ぶ。
「ク、クレア!?大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!」
私はすぐに起き上がり、歩き始める。
「覗かないでくださいね!」
「ああ。わかっている。いずれベッドの上でいくらでも見られる」
「なっ!?バーカバーカ!グレアス様のバーカ!」
子供っぽく怒ってみてフイっと顔を背けてお風呂に向かった。
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お風呂から上がり、カジュアルなコーデに身を包んだ私は玄関で待つグレアス様のところへと向かった。
「お、お待たせしました……」
「ああ」
グレアス様は私の方に振り返り、固まった。
「……………………」
「グ、グレアス様……?」
似合わなかっただろうか。
私が来ているのは白を基調として、檸檬色の差し色の入ったノースリーブのワンピース、それに麦わら帽子を被り、足元はスポーツサンダルである。
「坊っちゃま」
「あ、ああ。すまない。可愛すぎて思わず見惚れていたよ」
「ふぇ!?」
グレアス様は私に触れながら言ってくる。
「そ、そうですかね……」
動揺して、たじろいでしまう。
「そうやってすぐに動揺するのも可愛らしい」
「なっ!?」
私が硬直していると、グレアス様は跪いて。
「では、参りましょうか。我が姫よ」
「ひゃ、ひゃい!」
完璧なエスコートによって、私の心はすでに完全に奪われていた。
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「ふむ。なかなかに視線があるな」
「そりゃそうだと思いますけど……」
何せ顔の割れてる王子様が女を連れて悠々と街を歩いているのだ。注目されない方がおかしい。
「そうだな。クレアは可愛いからな」
「わ、私ぃ!?」
思わず令嬢とは思えない顔でグレアス様を見る。
「すごい顔をしているぞ?可愛らしい顔が台無しだ」
「……っ!!」
この男はナチュラルに女たらしみたいなことをしてくる。
本当にどうかと思う。
「まずはどうする?」
「そうですね……」
どうしようかと悩んでいると、私のお腹の虫が鳴く。
「ふふっ。まずは食事だな」
「わ、笑わないでくださいっ!私だって恥ずかしいんですから!」
「すまない。相変わらずお前の怒った顔も愛らしい」
グレアス様はそう言って私の頬に触れてくる。
「行きますよ」
「あ、ああ……」
あえて釣れないような態度を取る。
「どこに行くんだ?」
「この前行ったところです」
「この前?ああ。抜け出した時か」
「そうですよ」
そんな軽い会話をしながら、前の料理屋さんへと向かった。
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「いらっしゃいませ〜!何名様でしょうか〜!」
「2人だ」
「では、奥の席どうぞ〜!」
私たちは案内された席に座る。
「何がいいんだ?」
「やっぱり、グレアス様ってこういうところは初めてなんですか?」
「ああ。当たり前だろう?クレアこそ令嬢なのに来たことがあるのか?」
「……抜け出した時に来たって言ったじゃないですか」
「それもそうか」
それから私達は食事をした。
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「美味かったな」
「当たり前です!私が美味しいと思ったんですから!」
「それもそうだな」
私たちがその場を後にして、街を歩いていると、何やら人だかりが見えた。
「何かあったのだろうか」
目を凝らしてみれば、倒れている人の足元が見えた。
「……っ!!」
私はすぐさま走り出す。
「クレア!?」
グレアス様に声すら無視をする。
「退いてください!」
私が人混みを掻き分けると、人が倒れていた。
「大丈夫ですか!?わかりますか!?」
だが、反応はない。
脈拍を測っても、無い。
心拍は……無い!?
「マズいな……!!」
私はすぐさま心臓マッサージを開始する。
「この人が倒れたのはどれくらい前ですか!?」
「2分くらい前……だと思う」
「わかりました!」
私はマッサージを続けながら、レスポンスする。
救命確率が75%か……!!
救う…絶対にっ!!
「クレア……?」
「グレアス様!医者をお願いします!」
「あ、ああ!」
グレアス様に医者を呼んでくるように頼み、汗だくになりながらも、マッサージを続けた。
すると。
「がはあっ!!」
息を吹き返した。
「やった!!」
「すげえな嬢ちゃん!」
「まるで医者みたいだったぞ!」
そのタイミングでグレアス様が医者を連れてくる。
「クレア!医者を連れて来た」
「ありがとうございます。お医者様。なんとか息を吹き返しましたが、あとはお願い出来ますか?」
「はい。お任せを」
倒れていた人はお医者様によって連れて行かれた。
「ふぅ……」
私は汗を拭う。
「クレア、お前はすごい……っ!?」
グレアス様は私から視線を逸らす。
どうしたのだろうか。
そう思い、キョロキョロと周囲を見回すと、男性たちは視線を逸らし、カップルらしき男性が私をジッと見ていると、カバンで頭を叩かれていた。
「どうかしたんですか?」
「自分の服を見た方がいい」
「へ?」
そう言われて、視線を下げると、休みなく心臓マッサージをしていたせいで汗をめちゃくちゃかいたせいで服が透けて、下着が見えかかっていた。
「きゃああああああっ!!」
私は身を隠すようにしてしゃがみ込む。
「も、もう少し早く言ってください……っ!!」
上目遣いで睨みつけながらそう言う。
「そんなに睨み付けても無駄だ。ただクレアが可愛いだけだ」
「なっ!?」
その一言で、私の恥ずかしさは加速する。
「ズルイです……」
「私からしてみれば、無意識の動作が全て可愛い方がズルいと思うが?」
「お互い様ですっ!!」
「とりあえず、服を着替えよう」
グレアス様は私に上着を着せ、服屋へと入った。
「いらっしゃいませ!」
「コイツに似合う服を頼む」
「お任せください!」
私は店員に試着室へと連れ込まれ、一瞬で着替えさせられた。
「いかがでしょうか〜!」
そう言って試着室のカーテンを開かれる。
「おうふ……」
グレアス様から変な声が漏れている。
私は胸元を隠し、モジモジとする。
何せ、今着せられているにはバニーガールの衣装なのだから。
「もうちょっと露出を抑えてくれ……目のやり場に困る」
「そうですか……」
すると店員さんは再び私を着替えさせてくる。
「ではこちらでどうでしょうか!」
「……っ!?」
今度はチャイナ服である。
「だ、ダメだ!」
「そうですか……」
それから私はしばらくの間着せ替え人形にされた。
メイド服、水着などなど……
「つ、疲れました……」
結局は普通のノースリーブワンピースに帰着した。
「すまないな。私があの店を選んだばかりに……」
「いえ……私の服が薄かったせいです」
「お前のやったことは間違っていない。命を救ったんだ」
「ありがとうございます」
「それにしても、お前はなぜあそこまで完璧な対応が出来たのだ?」
「えっ!?」
「公爵令嬢があのような医療の知識を持っているのが不思議でな」
「そ、そうですか?」
私は目を泳がせる。
「随分と動揺しているようだが?」
「レディーには秘密の1つや2つあるものなんです!」
「そうか。クレアがそういうのならば深く詮索するのはやめておこう。言いたくなったら言ってくれ」
「はい」
私たちは服屋を後にし、植物の種を売っているお店へと来ていた。
「クレアの要望だから来たが……種くらい使用人に用意させるぞ?」
「いえ!自分で選んでこそ価値があるんですよ!」
私はグレアス様に力説する。
「そういうものなのか?」
「はい!」
グレアス様にそう返事して、熱心に畑に植える種を見定める。
何の種を植えるべきだろうか……
どうせなら美味しく頂けるものがいいよね……
「う〜ん……」
私が悩んでいると、グレアス様は1つの種に釘付けになっていた。
なんの種だろうかと見てみれば。
「とうもろこし?」
「え?あ、少し気になってな」
「もしかして好きなんですか?とうもろこし」
「ああ……そうだな」
「わかりました」
私は迷わずとうもろこしの種を手に取る。
「これにします!」
「いいのか?綺麗な花だってあるんだぞ?」
「いえ。他のどんな花よりも、グレアス様の好きなものを育てたいですから!」
「そうか。本当にお前は可愛らしい」
グレアス様は私の頭を撫でた。
「きゅ、急に撫でるのは反則です!」
人差し指でバツを作ってそう言う。
「では、次からもそうしよう」
「なんでですか!?」
「クレアの可愛い反応が見られるからだ」
「なっ!?い、意地悪ですぅ!」
「悪いな。お前には意地悪をしたくなる」
グレアス様はいたずらっ子のように口角をあげてそう言った。
「ほら、会計をして帰るとしよう。時間もいい頃合いだ。屋敷で婆やたちは美味しい料理を作ってくれているはずだ」
「はい!」
私は会計を済ませ、グレアス様と帰路に着いたのだった。