目を覚ました私はソフィーさんに連れられ食卓へと案内されていた。
「どうぞ。こちらが朝食になります」
料理人が朝食を出してくれる。
「では……」
私は両手を合わせ、朝食を口に運ぶ。
「クレア」
「ふぁい?」
「……口の中の食べ物がなくなってからでいい」
やらかした。
私は少し羞恥の感情を覚えつつ、料理を飲み込む。
「す、すいませんでした……」
「いや、問題ない。むしろクレアらしい」
「お恥ずかしい……それで、何か御用ですか?」
「先ほど、食事の前に何故手を合わせていた?」
「命に感謝していたんですよ」
「ほう?」
「料理というのは食材の命に、料理人の努力に感謝して食べるべきだと思っていますから」
「そうか……なかなか素晴らしいものだな」
グレアス様はうんうんと頷きながら言ってくる。
「そんなクレア、お前に問いたい」
「なんでしょうか?」
「お前は料理は出来るのか」
「はい!」
「分かった。では、そのうえでさらに質問をしよう」
グレアス様に何を聞かれるか分からないので身構える。
「料理長の前でこんなことを聞くのも失礼だと思うのだが、クレア。この料理の味についてどう思う」
「えっ!?」
本当に料理長の前で聞くことじゃないですよグレアス様!
内心でそう思いつつも、どう答えるべきか思案していると、料理長が。
「クレア様、本音を言って下さいませ。私とて料理人。それにこのグレアス様の料理を管理する料理長でございます。グレアス様に恥じぬ料理を出すのが我々の役目でございます」
まっすぐな目で私を見てくる。
流石にこれだけ言われてお世辞を言うのは何か違う。
私も料理人としての矜持というものは分かるつもりだ。
「では、お言葉に甘えて僭越ながら辛口評価をさせていただきます。まず、全体的に少し薄味ですね。健康を気遣うのはいいですがそれで料理のおいしさを損なうのは料理人としては失格ではないでしょうか。次に、バランスですね。どれだけ健康に気を使って薄味にしようが、そもそものバランスが取れていないと意味がありません。特に海藻類が不足しているように感じます」
私の辛口の評価を料理長はメモを取って聞いていた。
「恐縮なのですが、味付けをどれだけ濃くすればいいのか分からないのでお手本を見せて頂けると幸いなのですが……」
「分かりました」
私は椅子から立ち上がる。
「グレアス様、アレルギーはありませんか?」
「アレルギー?」
「えっと、食品を食べ際に赤い発心やかゆみ、のどの痛みなどの症状が出るんですけど……」
「特にそういうものはないな」
「そうですか。わかりました。では少々お待ちください」
私はそう言って厨房へと入っていく。
料理人たちは私を見てを驚きの表情を浮かべるが、私はそんなことを気にしている余裕はないのでそのま行く。
料理長から食材は好きなものを使って良いとのことなので、なにがあるのか確認をする。
「なるほど……」
なんとなく作るべき料理は思いついたので、ここからはテキパキと作業をしていく。
「すごい……」
「早い……」
「料理長よりも切る速度が早いなんて……」
他の料理人たちは私に圧倒されていた。
「うん。美味しい」
味見してそう呟くと。
「俺にも1口ください!」
「おい!なにを失礼なことを!」
「構いませんよ?」
私はソースを1口分掬って分け与える。
「う、うまい!!」
結構大きな声が出ていた。
「そんなに美味いのか!?」
「はい!これだけでやっていけるレベルには美味しいです!」
「お褒めいただき光栄です。そんなに褒められると照れちゃいます……えへへへ〜!」
出来た料理を持ち、グレアス様の元に行こうと踵を返し一歩踏み出すと。
「あたっ!」
厨房の柱に激突した。
「ク、クレア様!?」
「だ、大丈夫……料理はこぼしてないから!」
「そういうことではなくてですね……」
私はそのまま厨房を後のして、グレアス様のいる食卓へと戻った。
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「出来上がりました!」
「ほう。見てくれは美味そうだな」
「見てくれだけのハッタリじゃありませんよ?」
「そうか。それは期待出来るな」
グレアス様はそう言って完成した料理、エッグベネティクトを口に運んだ。
「……っ!」
グレアス様の瞳孔が開いた。
「いかがでしょうか?」
「お前は本当に貴族の娘か?」
「え!?あ、そうですけど……?」
「掃除も料理も出来るとは……素晴らしいな……素晴らしすぎるぞ……!」
グレアス様はひたすらに私を褒めてくる。
「えへへ……」
それに思わず照れてしまう。
私の料理をペロリとたいらげ、口元を拭ったグレアス様が口を開く。
「ここにいて何の趣味もないのはつまらないだろう?」
「え?まぁ、そうですね……」
掃除とかも気づいたら終わってるし……
1日中グータラっていうのもなんか違うし。
「自分の庭園を作ってみる気はないか?」
「え!?庭園ですか!?」
「思った以上に食いつきがいいな……」
グレアス様はちょっとびっくりしていた。
「よし。では、好きに作っていい庭園に案内しよう」
「はい!」
言われて私はグレアス様に案内された。
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「ここだ」
「え?」
私は唖然としていた。
何せ、私の部屋2個分ほどの広さの庭を頂いたからだ。
「いやいや!流石に大きすぎますって!管理しきれませんよ!」
「そうか?クレアなら余裕だと思ったのだがな」
「買い被りすぎですよ……」
「では、半分にしておこう。増やしたくなったらいつでも言ってくれ。すぐに手配する」
「ありがとうございます。っていうか、グレアス様の庭をお造りに?」
「いや、私は忙しくてな。あまり時間が取れないのだ」
「で、では私だけこんなことをしているのは……」
「気が引けるか?」
グレアス様の言葉に頷く。
「私は王子だ。王子が忙しいのは当たり前だろう?」
「そうなんですかね……?」
「ジュエルド殿は違ったのか?」
「まぁ、はい。ずっと食っては寝て食っては寝てを繰り返すような怠惰な人でしたから」
「そうか……こんなことを言ってなんだが、婚約破棄されたのは正解だったかもしれないな」
「今ではそう思います。ここは暖かい人が多いですから」
そう。
ロレアス王国とは大違いなのだ。
向こうは私をただの道具としてしか見ていないような節があった。
だから、使えないと判断して捨てた。
ここはそんなことはない。
私をちゃんと1人の人間として見てくれている。
「言い忘れていたが、庭師のジョンに道具は借りるといい。何か欲しい苗や道具があれば言ってくれ。すぐに用意しよう」
「ありがとうございます!」
「では、私はもう時間だから行くが、くれぐれもお転婆な真似は謹んでくれよ」
「はい!」
グレアス様は踵を返して去っていった。
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「ここは図書室か〜……」
グレアス様がお仕事に行かれた後、私は屋敷の中を探索していた。
本がたくさん置いてある。
流石は王家のご子息が住んでいる場所だ。
情操教育を受けられているのだろう。
「うわ〜……この本懐かしいな〜……当時、サインも貰ったんだっけ……」
大好きな推理小説を手に取り、そう呟く。
「懐かしいとはどういうことでしょうか?」
「え?」
振り返れば、掃除をしていたであろうソフィーさんがいた。
「ソ、ソソ、ソフィーさん!?」
「幽霊が出たみたいに驚かないでください」
「す、すみません……」
「それで、その本は私がまだ若い時の本のはずです。あなたが生まれた頃には著者の方は亡くなっておられます。あなたがサインを貰うことは出来ないはずなのですが?」
「すいません!記憶違いでした!こっちの方でした!」
私は新しい推理小説を手に取ってそう言う。
「確かにそれはその小説のリメイクですからね。それなら著者にサインをもらうことも出来ますね。では、私は掃除に戻ります。今度、その小説についてお話ししましょう」
「はい!楽しみにしてます!」
私は本を戻し、他にどんな本があるのか見てみる。
結構たくさんの専門書が並んでいたりする。
特に目新しい本はなかった。
「次、行ってみよ〜!」
次は中庭に移動してみた。
中庭の中心にはガゼボがある。
「すっごい……」
水を与えられたばかりの葉っぱに残る水滴に太陽の光が反射し、キラキラとしている。
言葉では言い尽くせないほど美しい光景が広がっていた。
屋敷の凄さを思い知らされるたびに、私は本当にグレアス様の婚約者になったのだと実感する。
本当は夢なのではないかとすら思っていたが、現実らしい。
私はガゼボの椅子に腰掛ける。
「ふぅ〜……疲れた〜……」
あれだけ広い屋敷内を歩き回ったのだ。
そりゃ、足にもくる。
強制されることがないってこんなにのんびり出来て……暇なんだな……
これまでずっと頑張ってきた。
お父様やお母様の期待に応えられるように精一杯の努力をしてきた。
ジュエルド様の隣が相応しい淑女になるために努力してきた。
でも、努力だけじゃ、何も報われなかった。
結局、私が努力し続けて守ったジュエルド様の隣は妹にあっさりと奪われてしまった。
居場所も、何もかも。
「何が正解だったのかな……」
「人生に正解はないよ」
「え?」
振り返れば、イケおじがいた。
「初めまして、クレア嬢。俺は庭師のジョンだ。以後、お見知り置きを」
「どうも」
私とジョンさんは握手を交わす。
「それで、さっきの言葉の意味って……」
「そのままさ。人生に正解はないし、むしろ正解を求めようとするのが間違ってるとも言える。人生自体が無数にある結末に対して、それがわからない状態で手探りで進んでいくものさ。誰がどんな結末を辿るのかは、今この時点で誰も知らない。誰も知らないからこそ、人生ってのは進めていくもんだ。不幸になっても、努力が報われなくても。いつか必ず全てがひっくり返る。これだけ言える」
ジョンさんは優しくそう言ってくる。
「そう、ですよね!」
これまで学んできただろ、私!
「ちょっとネガティブになりすぎてました!ありがとうございます!」
「いいってことよ!」
未来がどうなるかなんてわからない。
だったら、私のやりたいこと、全部やればいい!
私はガゼボから飛び出した。
「うわっ!」
躓いて転んだ。
「大丈夫か、クレア嬢!?」
ジョンさんがすぐさま駆け寄ってくれる。
「だ、大丈夫です……」
「鼻血!鼻血出てるって!」
「え?」
鼻のしたあたりを触れば、指に血が付着する。
「あ、ホントですね」
「落ち着きすぎだろ!?」
「なんで鼻血程度で騒ぐんですか?」
「いやいや!普通は貴族令嬢が怪我をしたって時点で相当やべえんだよ!」
「そんなものなんですね」
私は冷静に止血作業に入った。
「手慣れてるな……」
「ええ。そりゃよくやりますから」
それから少しして鼻血が止まった。
「よし!ジョンさん!ありがとうございました!今度、庭の道具借りに来ますからね〜!」
私はジョンさんに手を振りながら走っていく。
「クレア嬢!ちゃんと前見ないと……」
「あたっ!」
柱にぶつかった。
「言わんこっちゃない……全く、クレア嬢はそそっかしいんだから……」
「あははは……」
苦笑いしながら、私はジョンさんの目の前から去った。
私のやりたいこと。
まずは、この街を見てみたい!
ということで、正面から出ていけば面倒なことになりそうなので、お忍びで行くとしよう。
目立ちにくい服に着替えて……
「いざ行かん!」
私は頑張って塀を登り外へと脱出した。