お二人の結婚式が終わり、息をつく暇もなく、私はフェイロン様と共にフィリップ様に呼ばれて、フィリップ様の元へ行く。フィリップ様は本当にお元気になって、今はもう私の治癒も必要ないくらいになっている。
「やぁ、リリー、フェイロン。すまないね。」
フィリップ様はお着替えを済まされていた。
「何か御用でしょうか。」
そう聞くとフィリップ様は少し笑って言う。
「私の結婚式が済んだんだ、次はフェイロンとリリーの結婚式をやろうと思う。」
そう言われて私は驚く。
「でもその前に二人に聞いておきたいと思ってね。」
フィリップ様はいつもと同じように悪戯っ子のような笑みで聞く。
「二人の結婚式は盛大にやる事も、慎ましくやる事も出来るが、どっちが良いかな。」
私はフェイロン様を見上げる。フェイロン様も私を見ている。互いの瞳を見つめ合って、何も言葉を交わさずとも、互いの意志が分かる。互いに微笑み合い、頷き合う。フェイロン様がフィリップ様に言う。
「私たちの結婚式は慎ましやかにやりたいと思います。」
フィリップ様は少し残念そうに言う。
「そうか。」
フィリップ様がそんなお顔をするという事は、きっと盛大にやろうと思っていたのだろうなと思う。
「良いのかい?」
そう聞かれて私は微笑む。
「はい。」
しばらくの間はフィリップ様とソフィアの結婚で王宮は大忙しだった。私は日々、王宮内の神殿から祈りを捧げ、その加護が国中に広まるように尽力した。フェイロン様はフィリップ様と共に国政に精を出している。ソフィアは時折、デルフィーヌ様からの進言を受けながら、王妃としての務めを果たすべく、勉強の日々だという。
「リリー様。」
神殿で祈りを捧げていた私にそう呼び掛ける声。振り向くとロベリアが微笑んでいた。
「リリー様にどうしてもお会いしたいと言っている者が来ているそうです。」
そう言われて私は立ち上がり、ロベリアに聞く。
「誰かしら。」
ロベリアは少し怪訝そうに言う。
「エマという平民の少女だそうです。」
エマと聞いて思い出す。あの小さな村の…私が治癒した少女だ。私は微笑んで言う。
「会いましょう。」
王宮の中の私の為に造られた白百合宮にエマが来る。
「聖女様!」
エマは私を見ると嬉しそうに立ち上がり、駆け寄って来る。不意に私とエマの間にロベリアが入り、エマを制する。
「リリー様は白百合乙女様です。慎んでください。」
エマはそう言われて、少し驚いた後、一歩下がり、下を向く。そんなエマが可哀想で私は言う。
「良いのよ、ロベリア。」
ロベリアは私にそう言われて一歩下がる。下を向いているエマに言う。
「良く来てくれましたね、お顔が見られて嬉しいわ。」
エマは俯いたまま言う。
「すみません、私のような平民が来るところでは無いですよね…」
自身を蔑むようなその発言に心が痛む。昔の私を見ているようだった。
「良いのよ、気にしないで。」
そしてエマに近付き、エマの背中に触れ、言う。
「座って話しましょうか。」
エマは椅子に座っていても、何だか落ち着かないような素振りだった。きっと気後れしているのだろうと思った。かつての私がそうだったように。
「もう体の方は元気なの?」
そう聞くとエマはほんの少し私を見て言う。
「はい、治癒をして頂いてからは、健康そのものです。」
肌艶も良いし、きっとちゃんと食べているのだろう、体つきも以前よりふっくらし、健康的に見える。
「それは良かったわ。」
そう言うとエマは頭を下げる。
「治癒をして頂き、本当にありがとうございました。」
私はそんなエマに言う。
「私は聖女として当たり前の事をしただけです。だからもし私に感謝してくれるというなら、その分、お兄さんに返してあげて。」
エマは嬉しそうに私を見て頷く。
「はい。」
エマを見送り、白百合宮に帰る時、ロベリアが聞く。
「彼女とはどんな出会いなのですか?」
そう聞かれて私は言う。
「エマは私が東部から王都へ向かっている最中に出会ったの。病に苦しんでいて、今にも死んでしまいそうだった。そんなエマを治癒してほしいとエマのお兄さんが直談判しに来たのよ。」
思い出して少し笑う。あの頃の私は自身の力を信じ切っていなかった。
「リリー様が治癒をして完治した方なのですね。」
ロベリアがそう言う。
「えぇ、そうね。それ程の時が経っているとは思えないけれど、もう遠い昔の事のような気もするわ。」
そして私はロベリアに言う。
「次に誰かが私に会いに来て、嬉しさのあまり、私に近付いたとしても、間に割って入る事の無いように。それが誰であっても。」
ロベリアが頷く。
「かしこまりました。」
エマを見ていると昔の自分を思い出す。自分に自信が無く、立場も弱く、上の者に制されると言葉も紡げなくなる。昔の私もそうだった。ロベリアは決して間違ってはいない。私は白百合乙女で、大聖女とも言われている。宮を移動するだけで何人もの騎士たちが私の護衛につき、何人もの侍女が私の為だけに動いている。そしてそんな人間が王宮にはたくさん居る。こんなにもたくさんの人たちに支えられて、この国は動いているのだと実感する。
私とフェイロン様の結婚式は慎ましやかに行われる事になった。それでも、準備は多い。テイラーはフィリップ様とソフィアの婚礼の衣装を作ったばかりだ。
「大きなお仕事が終わったばかりなのに、すぐに私の婚礼の衣装作りをさせてしまってごめんなさいね。」
私の採寸をしながらテイラーが微笑む。
「とんでもありません、こんなに嬉しい出来事が続くのはとても喜ばしい事ですし、お衣装を作らせて貰えるなんて、光栄です。」
テイラーは忙しいだろうに、ウキウキしているように見える。テイラーは今や王族直属の仕立て屋となり、王都にもお店を構えているようだ。
「お店の方も忙しいのでは?」
聞くとテイラーが言う。
「確かに忙しくさせて頂いておりますが、最優先事項は王族の方々からのお仕事ですので、リリー様は何もお気になさらずに。」
採寸を終えた時、部屋にノックが響く。つい立の向こうで着替えていると、キトリーが私の所へ来て言う。
「王妃殿下がおいでになっています。」
ソフィアが数人の侍女と共に現れる。
「ソフィア妃殿下。」
私は着替えを終えて、つい立から出て、挨拶する。ソフィアはそんな私に言う。
「リリー様、そんなふうになさらないでください…」
何だかソフィアは悲しそうだ。