お姉様からの話を聞いて私は嬉しくなる。
「それは本当?」
聞くとお姉様は頬を染めて頷く。
「えぇ。」
私はお姉様の手を握って言う。
「おめでとう、お姉様。」
お姉様は恥ずかし気に頷く。すぐ近くに居たウォルターに言う。
「お姉様をお願いしますね。」
言うとウォルターは少し会釈して言う。
「心得ております。」
その日の午後、早い時間にウォルターが私の元へ来る。
「陛下、お話がございます。」
私は執務の手を止めて、ウォルターの表情を見る。そして話の内容を察する。
「決まったのか。」
聞くとウォルターが頷く。
「はい。」
私は少し微笑んで言う。
「そうか。」
ウォルターは少し微笑んで言う。
「自領へ帰りたいと思っております。」
そう言われて私も頷く。
「あぁ、そうだろうね。ディアス領を治めるのはお前だけだろうからな。」
そしてウォルターに聞く。
「エリアンナには言ったのかい?」
ウォルターは微笑んで頷く。
「はい、申し上げました。そして自領へ一緒に向かう事にも同意を。」
ほんの少し溜息をつく。
「そうか、寂しくなるな。」
そこでセバスチャンが咳払いする。
「お寂しくなるお暇はありません。」
そう言われて笑う。
「確かにそうだな。」
花祭りが無事に終わり、すぐにフィリップ様とソフィアの婚礼の儀の準備が始まる。慌ただしく人々が行き交い、活気が戻った王宮は、また新しい息吹が吹き込んで来るかのようだった。
「リリー様、お願い出来ますか?」
部屋にソフィアが訪ねて来てそう聞く。婚礼の儀の時に、大神官様の隣で私も二人の誓いを聞くという大役をお願い出来ないかという話だった。
「私が大神官様のお隣で、二人の誓いを聞くのです?」
聞き返すとソフィアは微笑んで言う。
「えぇ、そうです、リリー様は白百合乙女様ですし、リリー様に祝福されて…その、婚礼の儀を…」
そう言うソフィアは頬を染めている。頬を染めるソフィアはとても可憐で可愛らしかった。外ならぬソフィアの頼み、断る訳にも行かない。私は少し笑って言う。
「分かりました、お受け致します。」
ソフィアはとても嬉しそうな笑顔になり、私の手を取ると言う。
「ありがとうございます。」
婚礼の儀の準備が着々と進む中、私は一つの別れを迎えた。
「お姉様。」
大きな馬車の前でお姉様と向き合う。
「リリー。」
お姉様と手を取り合う。
「お幸せになって下さい。」
私がそう言うとお姉様は少し微笑んで頷く。
「えぇ、ありがとう。あなたも幸せになるのよ。」
お姉様はそう言うと、私の手を離し、すぐ後ろに居たフェイロン様に向き合い、言う。
「リリーをよろしくお願い致します。」
そう言って深々と頭を下げる。フェイロン様は私の背中に手を当て、言う。
「約束しよう。必ず、幸せにする。」
そう言ったフェイロン様は、お姉様の後ろに居たウォルターに言う。
「頼んだぞ、ウォルター。」
ウォルターは真摯な顔で言う。
「この命に代えても。」
二人が馬車に乗り込み、馬車が出発する。軽快なヒヅメの音を残して、お姉様はウォルターの治める領へ旅立って行った。その馬車を見送りながら私は祈った。お姉様とウォルターがこの先もずっと仲睦まじく過ごせますように、と。
婚礼の儀━━━
真っ白なドレスに身を包んだソフィアとフィリップ様が神殿の赤い絨毯の上を歩いて来る。私はそれを大神官様の隣で見ている。私と大神官様の前に二人が立つと、大神官様が式を進める。婚礼の儀には東部からソフィアのご両親もいらっしゃっていて、最前列でその様子を見ている。フェイロン様は私のすぐ傍に居て、微笑んでいらっしゃる。神殿の周囲は黒い騎士から白い騎士に名を変えた護衛騎士様たちが白い騎士服で護衛についている。その中にはベルナルドもセバスチャンも居た。テイラーが特別に誂えたソフィアのドレスはとても可憐で美しかったし、対になるような礼服を着ているフィリップ様も、また美しく、そしていつしか逞しくなっていた。
━━━ 王の威厳 ━━━
それを感じさせるフィリップ様は亡くなった前国王様に良く似ていらっしゃった。式が進み、デルフィーヌ様がソフィアに王妃の冠を授け、大勢の人の目の前でソフィアに頭を下げた。代替わりの儀式の一つだという。こうして戴冠したフィリップ様と成婚したソフィアに頭を下げる事で、自身が国事からは身を引くと示すのだと聞いた。
「白百合乙女様、祝福を。」
大神官様にそう言われて私は頷き、祈る。
≪お二人が未来永劫、愛し愛されて過ごされますように…≫
婚礼の儀が終わると、その日の夜は盛大な夜会になった。数多くの貴族たちが成婚されたお二人の前に出て、祝辞を述べ、祝いの品を置いて行く。私はそれを見ながら、心から二人を祝福していた。
私が初めてフィリップ様に出会った時、フィリップ様は体を起こすだけで精いっぱいだった。ソフィアは私の侍女として私に付いてくれて、あるとあらゆる貴族のマナーや教養について教えてくれた。考えてみればもっと前から、キトリーがモーリス家に来た時から、私は見守られていたのだ。キトリーには文字を教わり、そのお陰で本を読めるようになったのだ。そしてそれはまだ幼かったであろう、フィリップ様の采配でもあった。ずっと変わらず優しかった二人が、私の目の前で本当に幸せそうに微笑み合っているのを見て、私も幸せだった。ふと私の寄り添う気配を感じる。見ればそこにはフェイロン様が微笑んで私を見下ろしている。
「リリー。」
フェイロン様は私の背中に手を当て、そしてほんの少し抱き寄せる。そんなフェイロン様を見て、思う。この方は本当に美しい方だと。王国内でも類を見ない程の美しい銀髪、銀色の瞳。騎士団長で今は王弟だ。
フェイロン様の人生もまた、数奇ではあったなと思う。忌み子という慣習のせいで王宮から出され、ほぼ息の掛かっていなかった子爵家で暮らし、その腕一本で騎士団長にまで昇り詰めた優秀さは、やはり、王家の血を引いていたのだと思うし、その統率力と人を惹き付ける人望はまさに前国王様を彷彿とさせる。フィリップ様とはまた違った意味で魅力的だと思うのは私がフェイロン様に想いを寄せているからだろう。
フェイロン様にほんの少し寄り掛かる。フェイロン様が聞く。
「疲れたかい?」
私は微笑んで首を振る。
「いいえ。」
フェイロン様を見上げる。
「幸せだなと思って。」
そう言うとクスっとフェイロン様が笑う。
「そうだね。」