次の瞬間、光の柱が消える。ティアラを頭に載せたリリーが立っている。神々しいその姿は本当に眩しかった。
「見ろ。」
兄上が言う。兄上は大きな白百合乙女様の像を見上げている。見上げるとそれはリリーの姿形に変わっていた。
「リリー、フェイロン。」
兄上が呼ぶ。リリーの背中に手を当て、兄上を見る。
「これから黒い騎士は白百合乙女の庇護者のみに与える称号としよう。騎士団の命名は…そうだな、白い騎士としよう。」
兄上は優しく微笑んでそう言う。周囲の聖女たちはその様子をポカンと見ている。話について来られなくて当然と言えば当然なのかもしれないなと思い、クスっと笑う。
「貴重な経験をした。」
そう言って兄上がリリーに近付く。
「ありがとう、リリー。」
そう言ってリリーの頭を撫でる。その光景はまるで兄と妹だ。兄上は俺を見ると真摯な顔になる。
「フェイロン。」
呼び掛けられ、兄上を見る。
「リリーを頼んだぞ。」
兄上にそう言われて俺は片膝を付き、言う。
「この命に代えても。」
そして周囲を見回して兄上が言う。
「さぁ!建国祭、花祭りを楽しもう。」
「エゼルバルド王国、フィリップ国王陛下にご挨拶申し上げます。」
壇上の玉座から見下ろす。挨拶したのは隣国の皇国から来た使者、ヴィンセント・エヴァンスだ。
「良く来てくれた、礼を言おう。」
そう言うとヴィンセント・エヴァンスは頭を下げたまま言う。
「勿体なきお言葉にございます。」
そう言うヴィンセント・エヴァンスを見る。体つきはうちの騎士たちとそう変わらないが、何か憂いを秘めているように感じる。
「そなたは隣国の英雄と聞いている。」
言うとヴィンセント・エヴァンスはほんの少し顔を上げて私を見る。真っ青な碧眼が美しい。
「英雄など過ぎた言葉にございます。私は自身の責務を全うしているだけにございます。」
そう言ってまた頭を下げる。責務とそう言った。そこに何か引っかかりを感じたが、それは他国の事情だ。私が首を突っ込む問題では無い。
「花祭りは今日までだ、ゆっくり楽しんでくれ。」
そう言うとヴィンセント・エヴァンスはほんの少し微笑んで言う。
「ありがとうございます。」
そう言って立ち上がり、深く礼をしてその場を辞する彼を見ながら、セバスチャンに言う。
「うちの騎士たちと交流を持たせてやれ。」
言うとセバスチャンが頷く。
「御意にございます。」
その後、達しを出し、黒い騎士と名乗っていた王国騎士団の精鋭たちは白い騎士とその呼び方を変えさせた。
「白い騎士…なかなかの評判でございます。」
セバスチャンが言う。私は微笑む。
「そうか、それは良かった。」
あの光の柱の中で初代王と初代白百合乙女に会う事が出来た。光に
「我が国花は白百合、そして国王を守護する騎士たちは白い騎士、白百合乙女様を守護する者にのみ黒い騎士の称号をお与えになる。」
セバスチャンが微笑みながら続ける。
「全てが美しく整っております。」
そう言われて私も笑う。
「そうだな。」
「リリー。」
呼ばれて振り向く。そこにはフェイロン様が微笑んでいる。
「フェイロン様。」
微笑むとフェイロン様がガゼボの中に入って来る。私は王宮の中の庭園を散歩し、ガゼボで休んでいた。フェイロン様は私の腰掛けている所に来て、私の横に座る。
「散歩かい?」
フェイロン様はそう言いながら私の頬に触れる。私はほんの少し目を閉じ、言う。
「えぇ。」
フェイロン様は私を見てクスっと笑い、言う。
「リリーはどこに居てもすぐ分かる。」
そう言われて聞く。
「分かるのですか?」
フェイロン様はまたクスっと笑って言う。
「あぁ、分かるよ。まるで何かに導かれるようにここへ来る事が出来たんだ。」
フェイロン様が私の手を取る。
「白百合乙女と黒い騎士の絆かな。」
フェイロン様がそう言う。そうかもしれないと思う。蝶々がふわふわと飛び回っている。
「陛下、各地の報告書にございます。」
セバスチャンにそう言って渡された報告書に目を通す。そこには西の森の黒魔術師ディヤーヴ・バレドに傾倒していた者、操られていた者たちの名があり、そのほとんどが今は屍のようになっていると書かれている。地下牢に居るディル・マルタンやモーリス伯爵、伯爵夫人と同じだった。
「もう元に戻る事は無さそうだな。」
そう言うとセバスチャンが難しい顔をする。
「そうかもしれませんね。」
これで今回の事態は収束したと言って良いだろう。捕らえるべき者は捕らえた。捕らえた者は皆一様に屍のような状態になってはいるが。そしてフェイロンから聞いた初代王と初代白百合乙女の話を思い出す。
双子の王子として生まれ、片方は悪に傾倒し、禁術である黒魔術に身を染め、一時は国を支配したが、双子の弟である初代王に討たれた。その封印の間際に受けた攻撃と呪い故に、その後の王族の血脈は不治の病を患ったと聞いた。私の持病も、父上の持病も、その呪い故の事だったのだ。しかし、その諸悪の根源がリリーによって浄化され、今の私は健康な状態になっている。リリーは念の為と言って、私の元へ来ては治癒をしてくれるが、もうその必要も無いだろうと思っている。長い戦いに終止符が打たれたのだ。
「戦いに終止符が打たれたな。」
そう言うとセバスチャンが微笑む。
「フィリップ様の世代で終止符が打たれたのは、大変喜ばしい事です。」
そう言われて私は笑う。
「終止符を打ったのはリリーだよ。彼女こそが白百合乙女であったから、なんだ。」
「エリアンナ様、リリー様がおいでです。」
ディアス卿が言う。扉が開き、リリーが現れる。いつ見てもリリーは光り輝いている。
「お姉様。」
リリーはいつもと同じように笑顔になり、私の所へ来る。リリーを見る度に少しの罪悪感が顔を出す。リリーはソファーに座っている私の所へ来ると聞く。
「座っても?」
そう聞かれて私は頷く。
「えぇ、もちろん。」
リリーは嬉しそうに私の横に座る。長い銀色の髪がふわっと揺れる。その髪色を見ると亡くなった前国王様を、そしてフェイロン様を思い出す。
「花祭りには行きましたか?」
リリーが聞く。私は微笑んで頷く。
「えぇ、ディアス卿に誘って頂いて、行って来たわ。」
そして私はリリーを見て、聞く。
「リリー、あなたはフェイロン様と?」
リリーは頬を染めて頷く。
「はい。」
リリーの胸には白百合が挿されている。きっとフェイロン様が贈ったのね、そう思う。白百合は国花、王族は祝事の時はその国花を身に付けると聞く。そして花祭りである今日、その花を身に付けているという事は、王族からその花を贈られたという事だ。リリーに手を伸ばし、リリーの頭を撫でる。
「私は何故、あなたを虐げていたのかしらね…」
リリーは私に頭を撫でられ、とても心地良さそうにしている。そして私の手を取り、握る。
「過ぎた事はもう良いのです。これからの事を話し合いに来たのですから。」
これからの事…そう言われて私はすぐ近くに居たディアス卿をチラッと見る。ディアス卿は私の視線に気づいて少し微笑む。
「その事なんだけど、リリーに相談があるの。」