確かに騎士になるのは子爵位や男爵位の方が多いと聞く。
「父や母は官職に就けと言いましたが、私はそれを断り、黒い騎士となりました。陛下に付き従い、忠誠を誓っています。東部に一緒に赴き、側近筆頭であるセバスチャンに師事し、今まであるとあらゆるものを見聞きして来ました。」
ディアス卿の瞳は優しい。
「ですので、人の裏側なども多く見て来ました。」
そう言うディアス卿は少し寂し気に見える。きっと今まで見たくないものも見て来たのだろうと察する。
「エリアンナ様がフェイロン殿下に想いを寄せていた事も知っています。」
そう言われ胸が痛む。確かに私はフェイロン様に想いを寄せていた。麗しい見目のフェイロン様に惹かれていたのだ。でもそれは私がまだ何も知らなかったからだ。
「お倒れになったエリアンナ様がベッドに横になっているのを、ずっと見ていました。その時の私はまだ、命じられてそうしていました。」
ディアス卿が自身の手を見ている。
「お倒れになったエリアンナ様の心の内を考えました。」
そう言うディアス卿の手が少し震えているように見える。
「どのような心の内だったのか…きっと惨めで死にたくなるほどに、そしてリリー様を羨む余りに憎らしく感じていたのだろうと、そう考えました。」
ディアス卿は自身の手を握り言う。
「自身が無自覚とは言え、悪しきものを王宮に入れ、更に自身にその悪しきものを纏わせ、その悪しきものに巣喰われたエリアンナ様はもう目を覚まさないかもしれないと思った時、私は自覚したのです。」
そう言って私を見たディアス卿は少し悲しげだった。
「私にも似たような感情がありました。」
そう言われて少し驚く。
「似たような感情?」
そう聞くとディアス卿は自嘲的に微笑み、言う。
「私には一つ上に兄が居たのです。」
お兄様がいらっしゃった…。
「でも先程、嫡男と…」
そこまで言ってハッとする。そんな私を見てディアス卿が頷く。
「そうです、兄は病を患い、亡くなりました。」
お兄様を亡くされていると聞き、何て言葉を掛けて良いのか、分からない。
「兄は優秀な人でした。将来を約束された、そんな人だったのです。」
そこでディアス卿が悲しく笑う。
「そんな優秀な兄を持ち、私はその兄を誇らしく思う一方で、妬ましくも思っていました。何をしても兄には敵わない。だから私は黒い騎士を目指したのです。」
ディアス卿は私を見て言う。
「兄の訃報を聞いたのは二年ほど前です。兄が亡くなってからはずっと父にも母にも家に戻るように言われています。」
そして私に手を伸ばし、私の頬に触れる。
「だからほんの少しですが、エリアンナ様のお気持ちが分かると思っています。人を妬ましく思う気持ちも、そんな良からぬ感情を抱いてしまう人の弱さも、自分自身がそうだから分かるのです。」
ディアス卿に頬を撫でられ、私は少し笑う。
「ウォルター様。」
私がそう言ったのを聞いてウォルター様が少し驚くのが分かる。
「ご自身を変わり者とそう仰いましたが、それは違います。」
ウォルター様は驚いた顔のまま私を見ている。
「ウォルター様は心根が優しく、人を思える人です。その人の心の内までも見通す事の出来る、希少な方だと思います。」
ウォルター様が微笑む。
「でしたら更に胸を張って、私は私自身をエリアンナ様にお勧め致します。」
そう言われて私は笑う。
「でもおかしな人であるのは変わらないですね。」
聖女たちとのお茶会は和やかに進む。それぞれに本当に力の強弱があるのだと、話を聞いていて思う。そして私は彼女たちが言う、出来ない事を出来てしまうのだとその時、理解した。
「この後、中央神殿に移動して、皆で祈りを捧げたらどうだろう?」
フィリップ様のそんな提案で、私たちは中央神殿へ行く事になった。
中央神殿に私も含めた十人の聖女たちが揃う。
「荘厳な光景ですね。」
そう言ったのはハビエル大神官だった。白百合乙女様の銅像を見上げる。昨日、私はこの方にお会いしたのだ。優しく温かい方だった。そう言えばまだ昨日の話をフィリップ様にしていなかったなと思い立つ。フェイロン様を見上げる。
「ん?」
そう聞かれて私はフェイロン様に言う。
「昨日、この神殿の奥であった事をフィリップ様にお伝えしていなかったと思って…」
そう言うとフェイロン様が微笑む。
「大丈夫だよ、私から既に伝えてある。」
昨日、月桂樹の庭で二人の将来を誓った後、部屋まで送って頂いて、私はふわふわした気持ちで眠りについてしまったのだ。フェイロン様はクスっと笑って言う。
「リリーはそんな事、気にしなくて良いんだよ。些末な事は私が全てやる。」
細やかな気遣いを感じる。
「さぁ、祈りを!祝福を!」
そうフィリップ様が言う。十人の聖女たちが白百合乙女様の銅像を囲むように立ち、祈り始める。私も銅像を見上げ、祈る。
≪この国の未来永劫の繁栄と、病に苦しむ人々の救済、愛に溢れた国になりますように≫
目の前で不思議な事が起きた。リリーを含めた聖女十人が祈りを始めた途端、リリーの体から光が放たれる。その光は周囲の聖女たちを囲み、一つの光の柱になり、大きな白百合乙女様の銅像を中心に、天にまで届く程の眩い光を放つ。キラキラと光の粒が中央神殿の中を埋めていく。眩しくてリリーを見ていられない。それでも手を伸ばしてリリーに触れる。リリーは光を纏ったまま微笑んでいた。既に祈ってはいない。
「フェイロン様。」
リリーは微笑んでそう言いながら俺の手を取る。光の柱の中に入ると目の前に昨日見た、初代王と初代白百合乙女様がいらっしゃった。お二人とも微笑んでいらっしゃる。
「双子の王子よ。」
初代王の声が響く。見れば光の柱の中に兄上も入っていた。
「これより先の世は双子の王子の伝説を正しく伝え、白百合乙女の加護の元、国の繁栄に努めよ。」
初代王がそう言う。俺も兄上も片膝を付き、初代王に言う。
「御意にございます。」
初代王が微笑んで言う。
「白百合乙女よ、双子の王子を支え、国を加護で守り…愛する者たちと共に今世を全うする事を願っているぞ。」
リリーは膝を折り、お辞儀をして言う。
「はい、初代王様。」
そこでふわっと光が揺れる。
「リリー。」
そう呼び掛けたのは初代白百合乙女様だ。リリーが顔を上げる。
「はい、リリー様。」
そう返事をするリリーに初代白百合乙女様が言う。
「あなたは愛される人なの、それを忘れないで…」
初代白百合乙女様が手を差し伸べ、リリーに何かを落とす。落とされた何かは白い光に包まれ、ふわふわとリリーの目の前まで落ちて来る。リリーがそれを両手で受け止める。白い光がふっと消えるとそこに現れたのはティアラだった。
「そのティアラは白百合乙女しかつける事が出来ないものです。」
初代白百合乙女様が微笑む。更にティアラが光り、光が分裂して小さな球体を作り、それがフワフワと俺の元へ飛んで来る。両手でそれを受け止めるとそれは俺の手の上で指輪になった。
「それは白百合乙女を庇護する者、すなわち黒い騎士に与えられる指輪だ。」
初代王がそう言い、俺に自身の指輪を見せる。同じ指輪が俺の手の平の上にあった。
「今世では王族を守るのが黒い騎士と呼ばれているそうだが、本来は白百合乙女を庇護する者にその称号が与えられるのだよ。」
指輪はまた一度眩い光を放ったかと思うと、俺の中指に収まった。
「今世の王よ。」
今度は初代王が兄上に話し掛ける。
「はい。」
兄上が返事をすると初代王が微笑み言う。
「この国を任せたぞ。」