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第91話

街に出ると人々が多く、そして花祭りというだけあって、街に花が溢れている。歩きながらあの広場に行きつく。ここで私はフェイロン様と初めて出会ったのだ。互いに互いの名を名乗る事もせず、それなのにフェイロン様は私に白百合の髪飾りを贈ってくださった、あの日。私の心に「恋」という炎が宿った日。不意に誰かが近付き、フェイロン様に何かを渡す。フェイロン様はそれを見て微笑む。


「見て。」


そう言われて見るとそれにはメッセージが書かれている。


【フェイロン

  リリーと共に広場にある露店で花カステラを買うと良いよ

  花カステラは互いに食べさせ合うのがマナーだそうだ  祭りを楽しんでくれ  フィリップ】


それを読んで少し笑う。フィリップ様はいつも私やフェイロン様の事にまで気を回してくださる。


「行こう。」


フェイロン様にそう言われて広場へ入る。




花カステラを買う。見れば周りの人たちも花カステラの袋を持ち、互いに食べさせ合っている。そんな風習があるなんて知らなかった。


「あったかいうちにどうぞ!」


店の店主がそう言う。私は袋の中の花カステラをひとつ取り出す。甘い香りが食欲をそそる。食べさせ合う…そう思いながらも勇気が出ない。フェイロン様を見上げる。フェイロン様は微笑んでほんの少しかがんで口を近付ける。私は花カステラをフェイロン様の口元へ持って行く。フェイロン様が花カステラを口に入れ、モグモグと食べながら微笑む。そして今度はフェイロン様が私の持っている袋から花カステラを取り出し、私に差し出す。


「食べて、私のリリー。」


そんな事を言われるとは思っていなくて、少し驚き、そして恥ずかしくて俯く。それでも差し出された花カステラを口に入れる。甘くて美味しかった。




その日の夜、空にはたくさんの星々が流れる不思議な夜だった。私とフェイロン様は王宮に戻って来ていた。王宮の中を二人きりでゆっくり歩く。いつの日だったか、王宮の中を歩いていた時に辿り着いた月桂樹の庭に出る。月桂樹の木が月明かりに照らされている。


「今夜は流れる星々に私たちの未来を誓い合う夜だね。」


フェイロン様がそう言う。フェイロン様は私の足元に片膝を付いて私を見上げ、私に手を差し出す。


「私、フェイロン・エゼルバルドは生涯、リリー、あなたを愛して、守り抜く事をこの月桂樹に誓おう。この命尽きても、あなたを想うよ。」


フェイロン様の手に自分の手を乗せるとフェイロン様が私の手の甲に口付ける。顔を上げたフェイロン様が私を見て少し驚いている。


「リリー…。」




目の前のリリーは金色に光り輝き、そして涙を流していた。キラキラと金色の粒がリリーから放たれている。神々しい光を纏ったリリーに少し戸惑う。


「フェイロン様。」


名を呼ばれ、俺は立ち上がる。リリーを見下ろし、抱き寄せる。キラキラと祝福の光が俺たちを囲む。




王宮に戻って来ていた私とソフィアはテラスから流れる星々を眺めていた。ほんのりとした光が見えた。あの光り方は…そう思っているとソフィアが言う。


「リリー様ですね。」


ソフィアは何だか嬉しそうだ。


「嬉しそうだね。」


聞くとソフィアは私を見上げて言う。


「はい、嬉しゅうございます。」


そんなソフィアを抱き寄せ、その可愛い額に口付ける。


「私も誓おう、ソフィア。」


ソフィアを見つめる。


「君との未来を。」




王宮に戻る前にと、ウェルシュ卿に誘われて小高い丘の上に来る。流れる星々を眺めていると、ウェルシュ卿が言う。


「今日は一日一緒に居られてすごく心が躍りました。」


心躍ると言われたのはこれが初めてだった。ウェルシュ卿を見上げる。ウェルシュ卿は少しはにかんで笑い、自身のマントを外すと私に掛けてくれる。


「ウェルシュ卿…いえ、ベルナルド様。」


私がそう呼ぶとベルナルド様は少し驚いて、そして真摯な顔になり聞く。


「何でしょう?ロベリア様。」


赤い髪が夜風に揺れて、まるで燃える炎のようだと思う。


「私は今日、ベルナルド様のお誘いを受けました。そして贈ってくださったお花も受け取りました。それの意味をもう既にお分かりだと思います。」


胸が高鳴る。次の言葉を紡ごうとした時、ベルナルド様が私に手を伸ばし、私の髪をひと房掬う。


「その先は私に言わせてください。」


ベルナルド様がそう言い、掬ったひと房の髪に口付ける。


「今日、ここに誓いましょう、私、ベルナルド・ウェルシュはあなた様、ロベリア・ウェーバー様をこの命を賭してお守り致します。」


言い終えるとベルナルド様は私をふわっと抱き寄せる。ベルナルド様の胸が温かい。




「遅くなってしまいましたね。」


ディアス卿がそう言う。


「そうですね。」


そう答えながら、王宮の中を歩く。


「エリアンナ様。」


呼び止められて振り向くとディアス卿が言う。


「少し寄り道を致しましょう。」


そう言うディアス卿は私をエスコートして薔薇園に入る。せ返すような薔薇の香り。ディアス卿が言う。


「見てください。」


そう言ったディアス卿は夜空を見上げている。見上げると無数の星々が流れている。不思議な光景だった。


「今宵は花祭りの流星の夜です。この流れる星々に二人の将来を誓い合う日です。」


ディアス卿はそう言うと、私の前に片膝を付き、言う。


「種明かし致しましょう。私がエリアンナ様の監視についた件ですが、私自身が陛下に立候補したのです。」


ディアス卿自ら立候補した…。ディアス卿は立ち上がり、私に向き合う。


「お慕いしております。これからもずっとお傍に居たいと思っております。」


涙が溢れて来る。


「おかしな人…」


私はそう言うのがやっとだった。ディアス卿はクスっと笑って私の涙を掬う。




翌朝、朝食の後、セバスチャンが言う。


「陛下、謁見のご予定を申し上げます。」


着替えながらそれを聞く。


「続けてくれ。」


言うとセバスチャンが建国の祝いの為に来ている貴族たちの名を言う。その中に聞きなれない名があった。


「待て、もう一度。」


言うとセバスチャンが言う。


「隣国の皇国から何人かいらっしゃっています。いらっしゃっている方の中には皇国の英雄ヴィンセント・エヴァンス様もいらっしゃるとか。」


皇国の英雄か。会ってみたい気もする。


「それからソンブラが陛下に折り入ってお話があると。」


そう言われて私はセバスチャンに言う。


「そうか、聞こう。」




ソンブラからの話を聞いて、少し考える。


「そうか、それであれば許可するしかないだろうな。」


そう言うとソンブラが頭を下げて言う。


「ありがとうございます。」


私は少し笑って言う。


「だが、必ず戻ると約束してくれ。」


そう言うとソンブラが顔を上げ、私の瞳を真っ直ぐ見て言う。


「必ず戻ります。」




「リリー様、ソンブラ様がお会いしたいと。」


ロベリアがそう言う。


「ソンブラが?」


聞くとロベリアが頷く。


「はい。」


私は微笑んで言う。


「お通しして。」


ロベリアが部屋にソンブラを通す。


「王国の光、リリー様にご挨拶申し上げます。」


ソンブラが片膝を付いてそう挨拶する。


「ソンブラ、何かお話が?」


聞くとソンブラは少し笑って顔を上げる。


「はい。実は、この度、いとまを頂く事に致しました。」


いとまと聞いて驚く。


「どこかへ?」


聞くとソンブラが言う。


「故郷に一度、戻ろうと思います。」


ソンブラの故郷…。どんな所なのだろう。


「陛下には必ず戻るとお約束致しました。なのでご心配には及びません。」


私は立ち上がり、ソンブラに近付く。


「祝福を。」


そう言うとソンブラが微笑む。


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